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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第4章 望む者は導かれる
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人魚編(5)「運命とかいう陳腐な言葉を使っても許されるじゃろ」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 階段を下りると、水路が広がっていた。東西南北、どれも真っ直ぐ伸びており、方向感覚を狂わせる。

 平時であれば多くの迷子を生み出すであろう水路を、先頭を歩くリロは、迷う素振りさえ見せずじぐざぐと進んでいく。


「遠いねー」

 ミリュリカが素直に不満を零す。

 すかさずリオが「そう思うじゃろう!」と同調した。どことなく嬉しそうである。


「わしも常々そう言っとるんじゃがの、リロがこのままが良いと我儘を言うのじゃ」

「我儘なのは、リオの方。リロは、大切なものを護る最適な手段を選んでいるだけ」

「ほらの?」


 ぶす、と片方だけ頰を膨らませるリオを、リロがじっとり睨む。

 仲が良さそうに見えていたが、喧嘩もするようだ。それとも逆で、喧嘩するほど仲が良い、ということか。


 キャルリアンには、喧嘩をする相手もいなかった。喧嘩というのは、難易度が高い行為だ。相手を信頼していなければ、あるいは差し違える覚悟が無ければ、することができない。

 だから彼ら二人が羨ましい。



「もう着くから」

 (たしな)める声が向けられた先は、紅の子供か。それともミリュリカたちか。

 判断する暇を与えず、リロは足を止めた。

「ここ」

 無造作に壁に手を当てる。



『――ひらいて』



 ぎょっとしたのは、キャルリアンだった。

 少し片言ではあるが、リロが口にしたのは、紛れもなく人魚の言語だ。まさか言葉まで扱えるとは思っていなかった。

 思わず上半身を起こして目を見開くキャルリアンの様子に何を察したか、ガルドが「落ち着け」と囁く。しかし彼自身の声も、いつもより上擦っている。


 命令に従い、壁が左右に開いていく。ちょうど人が一人、ぎりぎり通れるくらいのサイズだ。

「どうぞ、中へ」

 無機質な声は、ガルドたちを試しているようだった。自分たちは入らずに、わざとガルドたちを先に通そうとしている。

 真意を探るように一度目を細めたガルドは、くん、と一度鼻を鳴らし、大きく一歩前に踏み出した。

 彼の身長では、少々窮屈な大きさだ。屈みながら(くぐ)る。


 さすがに今いる場所が気になったキャルリアンは、身体を捩じって周囲を見渡す。

 石を積み重ね、隙間を埋めた壁に四方を囲まれた空間。下には古ぼけた絨毯が敷かれていた。湿ってはいないように見える。

 先程まで歩いていた通路は、直前まで水に浸っていたため、びっしょりと濡れていた。だというのに、ここには浸水の気配は少しも無い。この部屋には、水は来ないのか。


 遅れて、リロ、ミリュリカたちが続き、最後にリオが入り込んだ。リオは顔だけを外に出して、左右を確認した後、『とじて』と命じた。穴が塞がる。

「すごい仕組みねぇ」

「ふっふーん、なにせわしらが総出で力を出し合った結果じゃからの。当然じゃ」

 素直に感嘆したシガタに、リオがにいっと笑い、薄い胸を張る。


 ここなら転ぶ心配は少ないと判断したのか、ガルドがキャルリアンを下ろした。

 久方ぶりに自分の足で立った所為で、少しよろめく。元々、地上で動くことは得意ではない。ガルドに運ばれている間はまるで海の中にいるような浮遊感があって居心地が良かった。――ぽやぽや考えた後に、慌てて頭を振った。力不足が原因で運んでもらっておきながら、……不謹慎だ。


「躊躇う時間、少なかった。なんで?」

「入らなきゃ話が進まねぇだろ。それに一応、死臭はしなかったからな」

 刹那黙り込んだリロは、不意に、この場にそぐわない柔らかい笑みを浮かべた。

「ああ、そういえば、きみ、狼男の子供だったか」

「……だからなんだってんだ」

「別に。ただ、人魚の子だけではなく、きみにも権利(・・)があるというだけ」

 わけがわからない、と顔を歪めたガルドは、「それより、どこで話をするんだ」と視線を部屋中に走らせた。机も椅子も無い空間なら、わざわざ移動した意味は無い。立ち話と変わらない。

「そう()くでない、若造よ」

 かっかっか、とリオが笑う。

「はあ? アンタだって子供だろ」

 ゾイが食って掛かると、服の袖で口元を覆ったリオは、こてりと首を傾げた。子供らしい動きだ。しかし彼女の口から飛び出たのは、それとは真逆の言葉だった。



「見てくれだけで判断しては、いつか足元を掬われるぞ、小童(こわっぱ)



 額を、ぴんっと人差し指で弾く。それ自体は、さして強い力ではない。反射的に肩を竦めるくらいだ。

 だがこれは、リオの力が弱いというわけではないだろう。あえて、手加減してみせたのだ。

 ――自分の力を誇示するように。

 リオとゾイの間には、短く見積もっても、キャルリアンが大きな歩幅で五歩は進まなければ手が届かない程の距離があった。それを一気に詰めた。音もなく、誰も反応すらできない速度で。

 おおよそ人が為せる技ではない。それなのに弾く威力だけが著しく弱いというのは、むしろ不自然だった。


 余裕綽々なリオは、目を見開いて驚くゾイの反応を見て、愉快そうにしている。

「リオ、あんまり苛めない。……奥に案内する」

 リロは壁際に近付くと、再び『ひらいて』と命じた。何の変哲も無かった石造りの壁が消え、道が出現する。全員が足を踏み入れると、リオが『とじて』と唱える。役割分担でもあるのか。


 二つ目の部屋は、一つ目の部屋と比べ、少し広い。机と椅子がある分だけ、最初の部屋よりも生活感がある。床には赤い絨毯が敷かれ、壁には、キャルリアンには何が描いてあるのかよくわからない絵が飾ってある。子供のラクガキのようだ。リオとリロが描いたのか、それとも他に誰かいるのか、――あるいは、“いた”のか。

 こちらの部屋も、一つ目の部屋同様、水路に面しているはずなのに、どこも濡れた様子は無かった。



「貴方たち、ここに住んでるの?」

 シガタが部屋を見回しながら訊ねると、「心外じゃの」とリオの頬が膨らんだ。

「わしらの部屋はもっときゅーとなのじゃ! こんな殺風景ではないわ!」

「リオだけね。リロは関係ない。リロの部屋は大体こんな感じ。一緒にしないで」

「う、裏切り者……!」

 半べそを掻き始めた紅を一瞥したリロは、リオの相手をするという選択肢を捨てたらしい。

「その辺りにある椅子、座ってくれていいから」

「お、お主……唯一の肉親を無視するじゃと……!?」

 わなわなと身体を震わせるリオに、キャルリアンは「大丈夫ですか?」と思わず声を掛けた。

「わざわざ構うこたぁない」

 ガルドが冷たく言い放ち、キャルリアンの頭を掴んで椅子に座らせる。リオは恨みがましい目をガルドに向けている。

「……その小生意気な態度、あやつそっくりじゃの……」

 どういう意味か。問い掛ける前に、リロが割って入った。



「――無駄話はおしまい。本題に入る。リロたちの話をする」



 しんと静まり返った場に、リロの落ち着いた声だけが響く。

 キャルリアンの頭に添えられたままのガルドの手が、微かに強張った。当然だ。これは彼が長い時間を掛けて、ずっと探していたものの話なのだから。


「リロとリオは、双子の吸血鬼。ここで五十年、仲間たちの秘密を守ってる」

「吸血鬼、秘密……?」


 戸惑うキャルリアンに、リオは「理解の上で来たんじゃないんかの?」と不思議そうに首を捻る。つ、とガルドを指差す。

「そっちの若造が言っておったではないか。研究資料、と」

「ここにあんのか?」

 リオの発言に食らいつく勢いでガルドが身を乗り出した。

「ある。……さっきそう言った」

 小馬鹿にしたような発言にも、ガルドが頓着した様子は無かった。その余裕が無かった、と言い換えた方が適切だったかもしれない。

「まあそう焦るでない」

 リオがリロの隣に並んだ。



「それにしても、不思議じゃのう」



 同調するようにリロが頷いた。ガルドは、何がだ、と目だけで問う。これまでの言動からして、それに答えるほど、彼らは素直ではないように見受けられる。

 だから次にリロが口を開いて零したのは、ただの独り言、あるいは追憶だったのかもしれない。


「吸血鬼に、狼男、人魚、それから海賊。――あの時のメンバーそのまま」

「血まで継がれているともなれば、これはあれじゃ、運命とかいう陳腐な言葉を使っても許されるじゃろ」


 顔を見合わせ、笑い合う二人の吸血鬼。


 リオがガルドに指を向ける。けたけたと揶揄するように笑う。

「狼男・ガルディウスの血を引く者。ほんに、その生意気なところは遺伝かの」


 リオがキャルリアンに指を向ける。……彼女はまず、そのことに驚いた。

「人魚・ファニタの血を引く者。加えて、貴方は」

 余分な飾りの一切を省いた言葉が、キャルリアンに衝撃を与えた。



「――ドンペルクの血族でもある」



 え、と声を漏らしたのは誰であったか。複数人だったような気がする。そしてその内の一人は、自分だ。動揺から、言葉を失う。


「わしらの再会はもう叶わんことじゃが、こうして別の形で再び集合したというわけじゃの」

「託された物を、託すべき者の手に。――貴方たちが『託すべき者』かどうかは、まだわからないけど」


 互いのみ納得してしたり顔をする二人の間に、慌ててゾイが割って入った。

「ちょっと待った! 勝手に話を進めないで欲しいッス。そっちの人魚がドンペルクの血族?」

「いかにも」見ればわかるだろう。むしろ何故わからないんだ。そう言いたげな顔だった。

 ゾイは、何故黙っていたんだ、という非難交じりの視線をキャルリアンに向け――彼女のあんぐり開いた口を見て、即座に引っ込めた。悟ったからだ。彼女自身、そんなことは青天の霹靂だったのだろう、と。

 現にキャルリアンは、「どこかで誰かの思い違いが発生しているのでは」と疑っていた。いや、そうであることを切望していたのかもしれない。



 だって、もしそれが本当だとするなら、何がどう巡り巡って、自分は今、こんなこと(・・・・・)になっているのか。



「なんじゃ、自分の出生も知らなんだのか」

「……私は、」自分の胸の前で、無意識に手を組む。「何も、知りません」

 本当だ。何も、知らない。何もわからない。

 それに、もしリロとリオの言ったことが本当だとしたら、キャルリアンの先祖である人魚も『研究』されていたということになる。それはつまり、『私たち』は昔から、何もかも……。そして、今も変わらず……変えられずに……。


 ――足元が崩れそうになる。頭がくらくらする。


 指を組み替える。落ち着いて、落ち着いて。何度も言い聞かせる。大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 ふ、と短く息を吐く。

 その傍らに立つガルドが、「昔話なんざどうでもいい」と苛立ちを隠さず吐き捨てた。

「俺が知りたいのは、その研究資料を、あんたらが寄越すのか寄越さないのか、だ。俺とこいつには権利があると言ったな。その上で、まだ(・・)わからねぇと言った。ならそれは、いつわかる」

 リロが静かに告げる。

「――次に潮が満ちた時に」

「決めるのは、わしらではない。わしらの役割は、あくまでも秘密の守護者。託す役目を担っておるのは、ファニタじゃからの」


 双子の吸血鬼の視線が自分に集まった気がして、キャルリアンは身を竦めた。




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