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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第4章 望む者は導かれる
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人魚編(4)目を逸らすことは罪だと思う。

 くん、と繋がれた手を引かれる。

「どうしたの?」

 手の先にあったのは不思議そうなミリュリカの顔だ。

 ひゅ、と息を吸う。その瞬間、自分の身体が慌てて空気を掻き込んだ。知らぬ間に息を止めていたことに気付く。


 甘えている自覚があって。

 甘えさせてくれる人たちがいて。

 それはキャルリアンに、限りのない居心地の悪さと、どうしようもない戸惑いと、認めがたい喜びを同時にもたらす。故に、彼女は思う。



 ――もし自分にしかできないことがあるのなら、それを、したい。



 恩返し、とは違う。それよりも、もっとずっと利己的だ。

 認められたい。役に立ちたい。彼らにとって、役に立つ存在でいたい。傍にいても許される何者かになりたい。

 それが限りなく真実に近い。



「……っ、やっぱり、私」



 口にすると同時に、ぐんと視界が上がった。

 突然の浮遊感。共にやってきたのは、先程も感じた温もりだ。

 戸惑う頭がそれを認識するのに数秒。そこから更に時間を使い、ようやくキャルリアンは、自分がガルドに抱えられている状態だということを理解した。気付けばミリュリカと繋いでいた手が外れている。


「う、え……!?」

「あーっ、ガルドったらそんな荷物みたいな持ち方して~。するならお姫様抱っこだよ!」

「阿呆か。両手が埋まるだろうが」


 呆れ顔で却下する。主張は理に適っていた。せめて利き手が使えないと、剣を引き抜けない。

 我に返ったキャルリアンが、ばた、と足を動かすと、じろりと睨まれた。

「お前も、大人しくしてろ」

 手間を掛けさせるな。

 投げられた言葉は冷たく鋭利であるのに、どうしてかそれはキャルリアンの心を抉ったりしない。

「でも、私」

 役に立ちたいんです。足手まといのお荷物のままは、嫌なんです。

 彼女がそう告げる前に、聞き覚えの無い(・・・・・・・)声が弾けた。



「ご~~~~~~かっっく!!」



 突如響き渡った声に、全員が素早く臨戦態勢に入った。ガルドもキャルリアンの腰に回した手に力を込めながら、剣の柄に手を掛けている。

 声は背後から聞こえた。つまり、水面の方から。


 ざばり、と水を掻き分ける音がした。次いで、水を含んだ重い足音が洞窟内に反響する。

 暗い洞窟の中で、その姿はぼんやりと光っていた。

 年若い少女、あるいは少年のように見える。ほっそりした体躯からは、性別ははっきり見て取れなかった。

 床を擦るほどの長い紅の髪の間から、妖しげな金色の瞳がきらりと光り、ガルドたちを見据えた。



「その気配、……あんた、誰だ。何の用がある。島に着いた時から近くをうろついてた奴だろ」

 警戒心を存分に孕んだ声で、誰何する。彼、ないし彼女は、「ぶっぶー、はずれじゃのう!」と笑う。見た目に反し、まるで老人のような口利きに鼻白む面々を無視して、ソレはにんまり笑った。


「島に着く前からに決まっておろう?」

「えーっ、やだなあ、ストーカーってやつ?」

「失礼な娘っ子じゃ。もっと格好いい言い方は無いんか。たとえば、そうじゃのー、島の守護者(ガーディアン)とか言って欲しいのう」


 ふふんと胸を張った相手に、ミリュリカはしばし沈黙した後で、ガルドの方へ振り向いた。

「ねえガルド、この子、変」

「アンタに言われるとか、向こうも心外っしょ」

「どういう意味よ、ゾイのばか!」

「ばかあ!? 俺はフツーのこと言っただけッスけど!?」

 がるがると威嚇し合う子供二人を、どうどう、とシガタが(なだ)める。



「……で、合格ってどういうことかしらね?」

 二人の頭をぽんぽんと叩きながら、鋭い目を向ける。敵とも味方とも知れぬ相手は、それを歯牙にもかけず、またにんまり笑う。


「文字通り、合格は合格じゃ」

「――リオ、それじゃ伝わらない」


 ざばり、ともうひとつ、水が大きく音を立てた。

 無言で水から身体を引っ張り出した子供は、先に現れた紅髪の子供とよく似た顔立ちをしていた。

 違いがあるとすれば、髪と表情だ。

 対照的な蒼い短髪。表情からは、溌剌そうな紅とは違い、物静かで、まるで氷のように冷え冷えとした印象を受ける。


「もっと言葉を足した方が良いと思う」

「十分説明しとるじゃろうて」

「それでも、全然足りてない」


 リロと呼ばれた蒼い子供は、リオと呼ばれた紅い子供から視線を外した。



「貴方がた、命拾いしたな。ここでその子だけを先に行かせていたら、全員死んでた」



 さらりと告げられたのは、その軽さには不釣り合いな、なんとも物騒な言葉だった。

 その子、と指差されたキャルリアンはびくりと身体を震わせる。


「どういう意味だ」

 問うガルドの声は、静かだ。静かでありながら、真っ当な警戒心を、隠さずに向けている。そこに必要以上の気負いは無い。

 彼の落ち着いた対応は、キャルリアンに安心感を与える。彼女だけではなく、他のメンバーにも。


 最善の反応だ、と蒼は嗤い、初めて感情を動かした。その拍子に短い髪の先から弾き飛んだ水滴が、地面に落ちてぴちゃんと音を立てる。広がる音が大人しくなる前に、リロは次の音を紡いだ。

「自らの安全のみを確保して、『人魚』を先に行かせる輩を、リロたちは信じない。信じられないものは、この島には要らない。よって、排除する」

「そうそう、そういうことじゃの!」

 調子よく、紅がにかりと歯を見せて笑った。

 笑顔は無邪気だが、内容が内容だけに、とても微笑み返すことはできはい。


 キャルリアンはまず、彼らの判断基準に『人魚』が絡んでいることに驚愕した。

 突然現れた二人組に対する警戒心を、更に強める。

 彼らは人魚の存在を知っている。キャルリアンが人魚であることも知っている。その上で、キャルリアンの意思よりも、『人魚』という種の生存を優先しているように見えた。

 それは、キャルリアンの望むところではない。



「――けど、今回排除はしないことにする。貴方がたは人魚を囮にはしなかった。だから、命拾い(・・・)

「よかったのう、お主ら。寛大なわしらに、存分に感謝するがよいぞ!」


 板についた高慢な物言いに、各々が苦い顔をした。

 当然といえば当然だ。見てくれは完全に子供。そのそんな二人組に、「自分たちの手によって排除されなくてよかったね」などと言われて、気分は良くない。

 挑発しているのか、あるいは……相当、腕に自信があるのか。


 前者の意図も含んではいるのかもしれない。だが、比率として高いのは後者だろう。前者ならば、発言後にキャルリアンたちの反応を窺うはずだ。しかし、彼らにはそれがない。確固たる事実をただ淡々と、ごくごく自然に口にしただけのような気楽さがある。

 彼らは、自分たちの腕を信じているのだ。ガルドたちを倒すことなど、造作も無いことだ、と。本気でそう考えている。

 キャルリアンは、ガルドたちが剣を振るっているところは見たことがない。だから、実際に彼らの実力は知らない。だが、そこいらにいる者に簡単に負けるようには思えない。

 その彼らに向かって、平然と、排除する、と告げる。


 ――いったい彼らは、何者なのか。

 

 身体に緊張が伝わり、全身が強張る。それを(ほぐ)すかのように彼女の背中を、二度ほどぽんぽん叩いたガルドは、キャルリアンをゆっくり肩から降ろした。

 とん、と足を着いたキャルリアンの隣で、ガルドが纏う気配が強まっていく。

 ――場合によっては、動く。

 そう考えているのだろう。

 ガルドは正反対の二人をじろりと睨む。その一睨みで、そこらの獣ならば即座に退く。

 一瞬で殺意へと変貌するであろう、敵意。

 真正面からそれを受け止めた紅の子供は、しかし、それには一切頓着せず、無邪気に誘った。



「こんなところで立ち話もなんじゃからの。わしらの家に招待してやろう」

「リロたちの正体が知りたいなら、そこで話をしてあげる」



 完全なる上から目線。

 あくまでもぶれない姿勢にキャルリアンは度肝を抜かれた。自分では、とてもではないがガルド相手にそのような口は利けない。

 ちらりと彼の方を窺うと、ちょうど目が合った。まさか彼も自分を見ているとは思っていなかったキャルリアンは、更にびっくりして目を大きくした。

 交わす言葉を見つかる前に、すっと視線が外れる。



「――行ってやらぁ」



 リオとリロは、揃ってにんまり笑った。そうすると、この二人組はますますそっくりだ。

「それじゃ、行こう。ついてきて」

 リロは、ガルドたちを先導するために背を向けた。足は水面の方へ向かっている。


 そっちには道なんて、と声を掛ける前に、ごぽぽぽぽっ、と水が蠢く音がした。

 下へ下へと、渦を巻いて引き摺り込まれていく水。徐々に騒がしくなる音に、つい耳を塞いだ。キャルリアン同様、五感に優れているガルドも眉を寄せ、不快感を露わにしている。


 やがて水がなくなったその場所に、階段が出現した。

「足を滑らせたら、周りを巻き込んで雪崩状態になるからの。くれぐれも気を付けるのじゃぞ」

 多少の揶揄を含んでいる忠告を受けたガルドは、一歩前に出そうとしていた足をぴたりと止め、無言のまま、再びキャルリアンを肩に担いだ。


「う!?」


 何事か、と顔を上げようとするが、「暴れるな。落ちるぞ」と釘を刺されて大人しく項垂れる。


 ……要は、雪崩を引き起こされたら困る、ということだろう。


 二人分の体重を支え、濡れた足場をいつもよりも慎重に、一歩一歩確かめるように階段を下りるガルドを見て――ふ、と悟る。


「だーからさー」

 後ろに続いたミリュリカと自然と目が合う。彼女はにんまり笑った。

「キャルちゃんが怪我したら大変だって、言えばいいんだってば!」

「……煩ぇよ。巻き込まれるのが嫌なだけだっての」

「もー、またそんなこと言ってー」

「大丈夫ですよ」

 口を出したのは、反射的なことだった。するりするりと言葉が飛び出る。ミリュリカに返すように、……ガルドに返すように。



「大丈夫、わかっています。ちゃんと。わかりました」



 ――だって。

 本当に巻き込まれるのが嫌なだけなら、キャルリアンのことなど気にせず、先頭を歩かせれば良いだけだ。

 水の中を一人進ませても良かった。

 やろうと思えば、いくらでも。ガルドはキャルリアンに、何をやらせることもできた。


 石碑の内容が宝の在り処を示すものではなかった以上、ガルドにとって『人魚』の価値は限りなく低くなったはずである。

 それでも、彼は投げ出さなかった。態度を変えたりしなかった。

 ――憶測ではない。希望的観測でもない。

 ならば、そこに潜む想いは何か。それがどういう意味を持つのか。目を逸らすことは罪だとキャルリアンは思う。



 広い背中を、ぎゅっと握る。

 役に立ちたい。気に入られたいと思うのは、彼が――彼らが、優しいからだ。そこにちゃんと、他の誰でもない、キャルリアン個人に向けられる心があるからだ。

 ああ、それがどれだけ自分の心を揺らしたことか。きっと彼らは知らない。

 ……それでも。



「生意気言うんじゃねぇ」



 後ろからぺしりと頭を(はた)かれた。落ちるよ危険だよ何するの女の子殴るなんて! とミリュリカが騒ぐ。

 俄かに戻ったピクニックの雰囲気に表情を緩めながら、キャルリアンは一人悩む。


 私が彼らのためにできることは何だろう、と。


 認められたい。――そう思うのは、当たり前のことだろう。

 だって、こんなにも、この人たちは優しい。

 その人たちのために、何かできることはないかと思うのは、普通だ。胸を張って言える。




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