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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第4章 望む者は導かれる
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人魚編(2)「キャルちゃん!? 何この穴!」

「これだ」

 開けた空間の中央で立ち止まったガルドが、石碑の表面に手を置いた。左上には大きくヒビが入っている――当初の発見時には欠けていたであろうその場所には、シガタの拾った石碑の欠片が丁寧に嵌め込んであった。ずり落ちてこないところを見ると、何らかの方法で固定してあるのだろう――。他の箇所は目立つ損傷は無かった。

 途切れていた文字の線が見事に繋がっている。


 これなら。


「……読めるか?」

 質問に対し、大きく頷く。これなら、読める。やはりこれは人魚の文字だ。



 ……だが。



 泣きそうな心境で、眉尻を下げる。

 ここに書かれている内容は、ガルドの探し物とは関係ないように思える。

 一番起こって欲しくなかった出来事が、目の前にどんと鎮座している。逃げるように一歩下がった。

 ミリュリカが不思議そうに、キャルリアンの名を呼ぶ。大丈夫、と嘘でさえ言えなかった。


「構わない。良いから話せ」


 促すガルドに、キャルリアンはようやく口を開いた。



「石碑の言葉を、そのまま読み上げます。


『貴方よ、どうか幸福でありますように。

 再び(まみ)えることが、もはや二度となかろうとも、貴方の幸せをただ祈ります。共に手を繋ぎ眠ることができぬのならば、夢に落ちた先で愛を紡ぎましょう。

 貴方に与えられたもの、貴方に与えたもの。それら全てを、繋げるために。託された物を、託すべき者の手に。』


……以上です」



 ぱちくり、とミリュリカが瞬きを繰り返す。その反応に、キャルリアンは微かに身体を強張らせた。やはり、がっかりされる。

 怯えるキャルリアンに気を遣ったわけでは決してないだろうが、ミリュリカはぱあっと顔を輝かせた。


「えー。なんだろ、これ。詩? むしろ、恋文~? ね、誰に宛てたのかな!?」

「……なんであんたはそんなお花畑な感想しか出ないんスか」


 石碑に刻むなんてロマンチック! きゃーっと頬を両手で包みながら興奮気味のミリュリカに、ゾイが呆れ果てたと言わんばかりに大きなため息を吐いた。

 なによ、とミリュリカが睨む。

 当然、ゾイも睨み返す。

 ……後はいつも通りだ。


 ぎゃあすか騒ぐ子供二匹を余所に、シガタが顎に指を押し当てた。

「そう簡単に宝の在り処は教えないわよってことかしら。……託すべく者、ねえ?」

 それはいったい、何を基準として決めているのか。

 訝しみ、石碑を睨むシガタとは対照的に、ガルドは周囲の森にぐるりと視線を走らせ、すっと目を細めた。


「……あれ(・・)のお眼鏡に適ったら、ってことだろうな」

「あれ?」


 心当たりがある、と言わんばかりの口調に、シガタは「知ってるなら情報開示しなさいよ」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「知ってる、つーか、なぁ」

 彼にしては珍しく歯切れが悪い。

「……俺にも、よくわからん。ただ……」

 髪を乱暴に掻き上げる。少し、苦々しい表情。そこには彼自身の困惑が現れていた。


 不意にガルドは、キャルリアンに話を振った。

「お前は?」

「え、私……ですか?」

 急に話を振られ、ぱちりと瞬きする。抽象的な質問に何を求められているのかわからず――そもそも、何故自分なのか、というところから思考がスタートした――言葉を詰まらせる。それでも何かしらを答えようとしばらくウンウンと唸っていたが、結果、何ひとつ言葉は浮かんでこなかった。

 しまいには湯気が出てきそうな彼女の様子に、ガルドは肩を竦め「何も無いならいい」と質問を取り下げる。同時に、視線も外れた。



 ……失望、させてしまっただろうか。



 多少の恐怖心を抱きながら、ガルドに目を向ければ、彼はいつもと変わらない余裕のある表情を浮かべていた――いや、むしろ口元は緩んでいる。穏やかに、というよりも、ひどく好戦的に。


「さて、アテは外れたわけだけど、次の一手はどうする、我らが船長サン?」

「元々、手掛かりがあればラッキーくらいの心算(こころづもり)だ。気にするこたぁねえ。それにこの言葉が本当に無関係かどうかも、現時点じゃ判断できねぇよ。……待ってたって何も得られない。なら、進むしかねぇだろ」

「どこに?」


 ガルドはにやりと笑う。立てた親指で指し示したのは、これまで何度も出入りをした洞窟だ。



「木を隠すなら森の中。宝を隠すなら宝の中、ってな」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「何度来ても暗いわねぇ」

「暗いねー。ガルドぉ、くらーい」


 夜目が利くガルドと違い、他のメンバーは暗闇の中を自由に動くことができない。ぶーぶーと口を尖らせるシガタとミリュリカ。二人の様子に、キャルリアンもまた洞窟の奥を覗き込んだ。



 ……うん、暗い。



 五感は人並み以上に優れているキャルリアンであるが、夜目は利かない。水の中なら感覚で進むことができるのだが。


(どうしよう……)


 挙手して、自分も見えない、と訴えるべきか、否か。口にしたら、我儘と思われてしまうかもしれない。ただでさえ迷惑を掛けているのに。だけれども、見えないものは見えない。

 ちらちらと視線を寄越すキャルリアンに気付いているのかは定かではないが――おそらく気付いているだろう。彼は勘が鋭い――、ガルドは自分の隣に立っているゾイの名前を呼んだ。

 うぇ、と嫌そうに顔を歪めたゾイだったが、彼も自分がどうにかしない限り場が治まらないということはわかっていたのだろう、手持ちのランタンに魔法で火を灯した。


「それでもやっぱり暗ぁい」


 ぶーぶー文句を垂れながら、先に進む。一本道だ。迷う危険性すらない。やがて分厚い扉が構える場所に辿り着いた。



「この奥に宝があったんだってー」

 ミリュリカがこっそり耳打ちした。そうなんだね、と返しながら奥に足を踏み入れる。


 扉の向こうには、丸い形をした部屋が広がっていた。楕円というよりも、真円に近い。

 金目の物は一通り運び出されているため、ぽっかりと空間が開いている。

 元々部屋として作ったわけではなかったのだろう、壁には自然な凹凸が目立っていた。


 行き止まり。そうとしか見えない場所で、ガルドはしきりに周囲に視線を走らせている。

 宝を隠すなら、宝の中。――大量の貴金属で気を引いて、本当に隠している物から注意を逸らす意図があったのではないか。彼はそう踏んでいるようだ。

 だがここに隠されているものなんてあるのだろうか。一見すると、もう何も残っていないようである。扉も、道も見当たらない。



 各々が部屋の調査をする中、キャルリアンは邪魔にならないようにと部屋の入口近くまで下がった。自分も手伝いたい、……が、狭い部屋では四人もいれば十分で、五人目は動かない方が助かる、という具合であった。

 しょんぼり肩を落としながら、すっと視線を上に向ける――いつかの夜、星を見た日から、つい上を見る癖がついていた――。

 くるりと円を描く部屋は、天井も丸く象られていた。ところどころに嵌っている鉱石の欠片が、灯りに照らされて仄かに光る。まるで夜空のようだ。


「きれい」

 引き寄せられるように、部屋の中央へ進む。

 本物の星空の方が綺麗であることを、キャルリアンは知っている。最近、知ったのだ。だけど、これも綺麗だ。真っ暗闇の中で小さく灯る色とりどりの光。



「……あれ?」



 首を傾げる。入口から見たら、てんでばらばらの光に過ぎなかったのに、真下から眺めると、どういうわけか文字が浮き出ていた。ただの文字ではなく、石碑に描かれていたものと同じ、人魚の言葉だ。


『した』


 単語のみ。した? した、って、上下の、した? ぱちりと瞬きをしてから、キャルリアンは素直に足元に視線を移した。

「……?」

 大きさの違うふたつの手形。右手と左手、一組の絵。考えるよりも先に、そこに自分の手を置いた――この考えなしの行動について、後でこっぴどく叱られたことは記すまでもない――。



 ぱかん、と。

 間抜けな音と共に、床が消えた(・・・・・)



「え……」

 状況を把握するよりも早く、キャルリアンの身体は重力に従い落下した。遅れて襲ってきた浮遊感に、ようやくきゃあっと甲高い悲鳴を上げる。

「え、なに!? キャルちゃん!? 何この穴!」

 ミリュリカの慌てた声とほぼ同時に、黒い影が上から降ってきた。ぬっと伸びてきた二本の何かがキャルリアンの身体を掴む。


 ――あ、これ知ってる。


 フラッシュバックしたのは、ここに来るまでに何度か転び掛けた際の記憶。自分を包むソレの温度は、その時と同じだ。

 着地の衝撃は、ひどく軽かった。それが誰のおかげか、などとは、考えるまでもない。キャルリアン一人だったら、腰から落ちていたに違いなかった。




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