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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第4章 望む者は導かれる
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海賊編(5)利になろうが害になろうが

 はーーーー。大きく息を吐き出す。考えてみれば、腹を割って話をするのは久々のことであった。ましてや、こんな子供に。

 ばかげている。そう思いながらも、口は自然と開く。

「俺の探し物は、金銀財宝じゃない。ドンペルクが隠した、もっと別のものだ。俺自身にも関わるもの」

「ガルドさんに?」

「そうだ。……俺の父親の話は、この前少ししただろ」

 ガルドの幼少期に、家族の前から姿を消した父。


 話をする時の自分の顔を見られたくなくて、キャルリアンから顔を背ける。無意味に、壁に掛けてある帽子を睨み付けた。


「俺の父親は、一時(いっとき)、ドンペルクの海賊団に身を置いていた。船を降りる時に、ある研究資料をドンペルクに預けた」

「研究資料……ですか」

 キャルリアンの声は硬かった。そのことに注意を払う余裕も無いまま、続ける。

 続けた言葉こそ、ガルドが長く秘密としていた事柄だった。

 ――あるいはそれは、キャルリアンが人魚であったからこそ、口にできた真実だったのかもしれない。



「ああ、俺の父親の身体に関して記された資料だ。あの人は、狼人間だった。――人の形を持ちながら、獣として生き、血肉を食らう“化け物”だ。高い身体能力、優れた五感。自己治癒力が高く、軽い怪我ならすぐに治る」



 懐から取り出したナイフで、手のひらを浅く切る。飛び出た血が壁を汚し、遅れて傷口から血が滲んだ。そこに舌を這わせる。口の中に、血の味が広がった。顔を離し、血が流れていたはずのそこを、彼女に向ける。血に驚いているキャルリアンの目の前で、横に伸びた傷口が、端から塞がっていく。

「俺にも、その血が流れている」

 は、と息を呑む音がした。その瞳に怯えが灯る前に再び視線を外す。今更、そんな目を向けられて傷付く程、可愛らしい心など持ち合わせていないはずなのに、そうせずにはいられなかった。


「ドンペルクの没後も、未だにそれらは見つかっていない。よしんば見つけたところで公表などできないだろうから、本当のところがどうだか知らないがな。俺はまだ見つかっていないと思ってる。そんなに簡単に見つけられるような場所に、隠しちゃいない。処分も……してないだろう、おそらくな」

 したくてもできなかったのだ、と聞いている。直接ではない。母からだ。狼の血を継ぐガルドのため、父は自分の秘密を母に伝え、蒸発した――そんなことが“ガルドのため”だとは、決してガルド本人は認めないが――。


 ぺたり、と包帯を巻いた足が床を踏む音がした。ガルドと視線を合わせる位置に、彼女が立つ。予想外に、強い眼差しを携えて。

「見つけて、ガルドさんはどうするつもりなんですか?」

「……処分する」

 今度こそ、と胸の中だけで呟く。父親たちができなかったことを、するのだ。最初からそれを目的に探している。


「狼人間が持つ治癒能力を解明するための研究資料だ。利になろうが害になろうが、本来あってはならないものだ。二度と人の手に渡らないように全て燃やす」

 そもそも、狼人間は母体が少ない。雄のみで構成される種族で、他種族の雌に子を産ませ、種を繋いでいく。ひっそりと身を潜めて生き、半ば伝説上の生き物として語られる。――それでいくと、人魚と似たようなものだ。

 それは、人間とは明確に異なる在り方。だからこそ、決して超えてはならない壁がある。


「そうですか」不思議な程、キャルリアンの声からは感情が読み取れなかった。ただ、彼女は静かに告げる。「なら、私はそれをお手伝いします」


「――そうか」


 我ながら素っ気ない返事にも、キャルリアンは静かな声で、はい、と頷くのみだった。

 ガルド自身、なんと返せば良いかわからなかったのだ。ありがとう、と礼を言うのも違和感がある。かといって、良い言葉は浮かばない。彼女も同じなのかもしれない。ただ本心から手伝うと口にしたのだと、それだけは瞳に浮かぶ感情を通して理解した。


 漂う空気に異様なむず痒さを覚え、話題を変えようと、口を開く。

「悪いが、このことはまだ船員でも知らないから……」

 黙っておいてくれ。そこまで言い切る前に、遠くからドタドタと騒がしい足音がした。音は徐々に近付いてきている。ぷつりと言葉を切り、部屋の出入り口を見やったガルドにつられるように、キャルリアンもそちらへ向き直り、



 ――バアンッ、と壊れんばかりの大きい音を立てて、扉が開け放たれた。



「話は聞いたわよ、ガルド!」

 ミリュリカが、小柄な身体で目一杯胸を張っていた。

「水臭いじゃない、言わないなんて! ずっと一緒にいたのに! お宝見つけても、な~んか表情暗いから、変だなって思ってたのよね。これぞオンナの勘よ、オンナの勘!」

「あんたそれ、その単語、使いたいだけじゃないッスか……? 別に兄貴がナニカを探してることくらい、そんなワケワカラン勘頼らなくっても、わかるッスよ」

 入り口を占拠するミリュリカを押し退け、ゾイが呆れ顔を覗かせた。彼の物言いに腹が立ったのか、ミリュリカが「なによ!」と食ってかかる。いつも通りの喧嘩が始まった。キャルリアンが、止めるべきか否かと悩み、おろおろしている。



「………………、モールインか」



 遅れて、事態を把握する。基本的にこの船での全てのやり取りは、モールインに筒抜けだ。どんな物音でも受信できる。逆に、どんな物音でも発信できる。他人の会話でさえ、やろうと思えば、いくらでも横流しが可能だ。――油断した。可能であることと、やるやらないは全くの別物だ。だからこそ、いくらなんでもそんなことしないだろうと、高を括っていた。ガルドのトラウマを知ってなお、それを船員に……それも、こんなガキどもに……。

『いや~、ま、良い機会じゃないかなって思って。船長の性格上、改まって説明なんて無理っしょ~?』

「……余計なお世話だ、クソ野郎」

 ぼそっと文句を垂らしたら、目の前を吹き矢が横切った。『侵入者撃退』『非常時用装備』という大義名分を掲げた仕掛けは、時にモールインの無言の訴えにも使用される。



「ま、ドーンと構えていればいいからね、ガルド。あたしも味方なんだから! その大事な資料とやらは、あたしがバッチリ見つけてあげる!」

「俺は前に言った通りッスよ」

「あ〜、そりゃ心強いこった」

 ガルドが返事をした段階で既に、今度は「前にって何! 抜け駆け!? ずるーい!」とまた喧嘩が再開されている。この分だと、こちらの言葉などひとつも届いていないだろう。やれやれ。


 しかし、まあ。

 気が楽になった部分は、ある。非常に悔しいことに。

 ここにはいない他の船員にも聞こえたことだろう。シガタは初めから知っているとして、ドーザルは……察していた部分はあっただろうが。

 ふ、と息を吐く。



「ありがとう」



 ひっそり囁く。誰の耳に届かなくとも良い。

 くん、と服の袖を引かれた。少し目線を下げれば、キャルリアンと真正面から視線が絡む。透明感のある眼差しだ。心配しているようでもあり、問題など何ひとつ無いと力強く告げているようでもある。

 応えるように、自分よりも頭ひとつ分低い位置にある頭のてっぺんに、ぽんと手を乗せた。ぽん、ぽんと軽く叩く度に反射的に目を細める様が、どうしてか笑いを誘う。




(――ああ、けど……)




 心に、一点の迷いがあることを自覚する。

 ガルドはそれを殺しきれないまま、すっと目を細め、キャルリアンの旋毛を見下ろした。




いつも読んで頂きありがとうございます。

申し訳ありませんが、多忙の為、更新いったんストップします…!また必ず再開します!

(詳細は活動報告にて)

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