海賊編(3)「ふぉいひい、れす」
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「わああ〜っ、すごい! きれーい!」
「ミリュリカ、もう少し、落ち着く」
豪華な宝石を前に、頬に手を当ててぴょんぴょんと飛び跳ねて興奮しきっている妹に対し、ドーザルが、どうどう、と宥めている。
不用意に手を出さないことは、まあ合格だ。いいなーいいなー、と言うからには触れたいのだろうが。
一歩下がったところでキャルリアンがおろおろしながら立っている。宝を見る目も、どこかおっかなびっくりだ。見慣れていないのならば当然の反応かもしれない。
『さっすが船長、仕事が早いですねー』
無線からモールインの声がする。どこから見ているのだか。
「そうでもない。宝の運び出し自体は、数日もありゃあ片が付くけどな」
頭を掻くガルドに、ミリュリカがとととっと小走りで近寄ってきて、手枷に繋がる鎖を手渡してくる。
「離しちゃダメだよ〜」
「は?」
何を言い出した、この小娘。
胡乱げに見返しながら、鎖を受け取り、腰のベルトに繋ぐ。すっかりこれに慣れた。自分もだが、さも当然のようにガルドの近くに移動するキャルリアンも、だ。いい事なのか、悪い事なのか。判断に困る。
「ご飯、できてる」
受け渡しが済んだ頃合いを見計らってか、珍しくドーザルが自ら発言した。心なし胸を張っている。今夜のメニューも、相当な自信作なのか。
「あら本当? いただこうかしらね」
「デザートもあるんだよ! 美味しかったよ!」
「つまみ食いッスか」
「味見だもーん」
何を思い出したのか、ぺろりと舌舐めずりをしたミリュリカに、ゾイが「がっつり食ってんじゃないスか」と心底呆れ果てた視線を送る。
相変わらず騒がしい仲間を見下ろし、やれやれと頭を掻く。世界でも指折りの宝を手に入れたところだというのに、なんだ、この緊張感の無さは。いつものことか。
しかし、飯を優先することに異論は無い。昼は適当に済ませたので、夜はしっかり栄養をつけておきたい。
一度、ミリュリカ達と別れ、宝物庫に向かう。
キャルリアンは当然のようにガルドの後ろをついてくる。ちらりと足元を見ると、細い足に巻かれている包帯の白が視界に入る。結び目は少し緩んできているか。
あの石碑を、実際に彼女の目で確認する時がいずれ来る。それは遠い未来の話ではなく、もはや目前に迫った事案だ。
そのためにも。
ほぼ裸足に近い状態で、山道を歩くのは無理がある。彼女に合う靴があれば良いのだが、あいにくミリュリカとはサイズが違う。ミリュリカの方が、流石に小さい。年の差だ。せめてまだゾイの方が合うか。詰め物をすれば履けないこともないだろう。
そういえば、物置に以前履いていた物が残っていた気がする。足が大きくなって履けなくなったものだ。その内、捨てようと思って……さて、どこに置いたか。飯の後ででも探すか。
「おっそいよ〜!」
食堂に戻ると、待ちくたびれた、と言わんばかりに頬を膨らませたミリュリカが、着席をしていた。片手にはスプーン。既にスープに手を付けていた。
待ってないじゃねぇかよ、とは誰も言わない。ゾイが言いたそうに口を開いたが、二度目だからか、賢明にもそのまま閉じた。キャルリアンだけが額面通りに受け取り、申し訳なさそうにしている。
各自、ダイニングに足を運び、自分の分を受け取る。ドーザルが甲斐甲斐しく動いている。不用意に手を出そうものなら、ギラリと目を光らせてくる。ここは彼のテリトリーだ。
最初はおっかなびっくり世話を焼かれていたキャルリアンも、自分の気遣いが逆に邪魔になることを自覚したのだろう。最近になってようやく大人しく受け取るようになった。自然とミリュリカの隣に着席し、いただきます、と手を合わせる。
「……美味しい!」
ぱあっと顔が綻んだ。うんうんとドーザルが頷いている。口角が微かに上がっている。嬉しいのだろう。
「ガラ鳥、いた。出汁に使った」
旅人には人気の鳥だ。無論、食用的な意味で。足が速いので捕まえられることが稀だが、ドーザルは巨体の割に素早い。なるほど、自慢げだったのはこのためか。
「がらどり……?」
疑問符を飛ばすキャルリアンに、ドーザルがたどたどしい口調のまま、懇切丁寧に説明している。キャルリアンもスープを口に含みながら、興味深そうに聞き入っている。
スープには、削ぎ落としたガラ鳥の身が具材として入っていた。柔らかい肉は、噛めばするりと解けて、口の中いっぱいに旨味が広がった。全員が全員、無我夢中でスープを飲む。「お代わり!」と空の器を突き出したのは、ゾイとミリュリカだ。二つの器を受け取ったドーザルが、いそいそとダイニングに向かう。
「お前は良いのか?」
「え?……あ、はい。お腹いっぱいになっちゃうので」
スープを飲み終え、本日のメインであるらしいハンバーガーに手を付け始めたキャルリアンが、満足げに笑う。その顔をじろじろと眺める――まあ無理に我慢している風でもないので良いか。
「これも美味しいですね」
器用にナイフとフォークを扱って、バンズとパテを程良く切り分けると、頬張る。上品なことしてんなぁ、と横目でそれを見ながら、片手で掴んで齧る。隣でキャルリアンがビックリしている。
「んだよ」
じろりと睨むと、ぶんぶんと首を振る。とんでもなく真剣な眼差しでバーガーを睨むと、やがて意を決したように両手で持ち、噛り付いた。
「ふぉいひい、れす」
もごもごと口を動かしながら咀嚼する。コラ食べながら喋んな、と自分の事は棚に上げて注意する。ふぉへんらはい、とやっぱりもごもごとした謝罪。懲りていない。時間を掛けてコクリと嚥下したキャルリアンは、ふんわりと笑った。
「こっちの食べ方の方が、美味しいです」
面食らうガルドの前で、彼女は手についたソースをどこで拭こうかと悩んでいるようだった。ほら、と手拭き用の紙を一枚渡してやると、肩を窄めて恐縮している。慣れていない感が丸出しだ。じゃあ何故やった。意図が読めずにじろじろと観察していると、不躾な視線を向けられていることに気付いたキャルリアンがあたふたし始めた。
「ご、ごめんなさ、い。次は、次こそは、ソースも零さずに食べてみせますから!」
――どんな決意だ。
勘繰っていたこと自体、馬鹿馬鹿しくなってきた。机に突っ伏さんばかりに大きく肩を落とすガルドを見て何を思ったか、キャルリアンはしきりに「次は大丈夫ですから!」と繰り返す。
「別に、好きなように食べりゃイイ」
「好きにしてます。ガルドさんを見て、やってみたくなったんです」
彼女は目を吊り上げて反論してから、不意に、寂しさと懐かしさ、それから戸惑いを綯い交ぜにした表情を浮かべた。自分でも取り扱いに困っているのか、汚れた手や部屋の壁、至る所に視線が逃げる。
「……なら良いけどな」
困り顔を見て一歩引けば、今にも消え入りそうな声で「はい」と呟くのが聞こえた。返事のようにも思えるし、ただ単に自分に向けられた言葉に反射的に反応してしまっただけのようにも思える。キャルリアンの視線は、未だに宙を彷徨っていた。
「食べ終わったなら、行くぞ」
「……はい」
彼女はしおらしい声で返事をした。




