海賊編(2)「――いつか貴方を越えるんで」
早速解鍵に取り掛かるシガタから視線を外し、今来た道をぼんやりと眺める。これまでにも洞窟などを探索したことはあるが、獣たちの魔窟になっていることがほとんどだった。今回のように、何事もなくポイントに辿り着けたことなど、ほぼ無いに等しい。とはいえ、非常に浅い洞穴だ。入り口からここに来るまで、感覚的には数分程度。それ故かもしれない。
こちらとしては好都合だが、――いささか、できすぎている気がしないでもない。
それに、とガルドは頑丈そうな扉を横目で見やる。
仮にここに金銀財宝が眠っているとしても、だ。ガルドが真に求めているものは、そのお宝ではない。もっと別の、もっと大事な、もの。
それがここに眠っているとは、どうにも思えないのだ。
ドンペルクは、その宝の価値を知っていたはずだからこそ。
「――……ん?」
不意に視線を感じた。声を上げた時には、既に掻き消えている。初めは気のせいかとも思ったが、この島に来てから何度も同じことが起こっている。何度も起こるなら、それはもう気のせいでもないし、偶然でもない。ただの必然だ。起こるべくして起こっている。
ただ正体を探ろうにも、気配は完全に断たれており、取っ掛かりが無いのが現状だ。
あるいは。
気付いているぞ、と声を張れば、あちらから何かしら仕掛けてくる可能性は、無きにしも非ず、だが。
今はひとまず、放置しておく。
無暗に追うより、相手に、仕方ないから出てきてやってもいい、と思わせるような餌を撒いた方が確実だ。とはいえいったい何が餌となり得るのか、今のところは謎だが。
「兄貴」
ゾイの声に、なんだ、と応える。
「ここに、兄貴がずっと探してたモンがあるんッスか?」
その問いに対し、ガルドは無言を貫いた。どう反応して良いのか、決めかねていたのだ。ガルドが“何か”を探しているのは誰もが知っているが、“何故”“何を”探しているのかは、特定の人間しか知らない。この期に及んで、言えずじまいでいる。
「……俺、兄貴のこと、すげえって思ってるんス。昔からずっと。こんな風になりたいって」
唐突に話を変えた彼の表情を、横目で盗み見る。存外に真面目だった。この暗がりの中で、眩しい程に真っ直ぐだ。
「だから兄貴がしたいようにして欲しいッス」
穏やかな締め括り。急にどうした、と茶化すように笑えば、ゾイは苦笑のようなものを顔に浮かべ、目を細める。
“したいように”。何について語っているのか。宝のことか。探し物のことか。あるいは、キャルリアンのことか。もしかするとその全てかもしれない。
本当に、したいようにしてください。彼はその意味を強めるように、繰り返し音にする。
「俺は、何が何でもその後ろをついていくッスから。それで――」
にかりと歯を見せ笑った。何かが吹っ切れたように。
「――いつか貴方を越えるんで」
これまでにない挑戦的な発言にぽかりと口を開いたガルドは、はっ、と息を吐く。
「そりゃあ来るかもわかんねぇ未来の話だなぁ?」虐めるつもりで続ける。「ところで、あの娘はもう良いのか? やけに気にしてただろ」
揶揄いを受け――しかもそれは荒唐無稽な話でもなく、現に少し前まで、もっというなら今だって多少なりとも継続されているわけで――、ガッと頬を赤く染め上げる。怒ったように目を吊り上げ、声を荒らげた。
「べっつに! ただ、気にする程の奴じゃないなって気付いただけッスから!」
「そーかよ」
ゾイのいつも通りの子供らしい反応。情けのないことに、その反応に安堵する自分がいることを自認する。
彼から視線を外して、暗闇を睨んだ。自分の目には奥まで見渡せる暗闇を。
――闇を前に、立ち止まっているのは、自分の方か。
先の見えない場所を歩く彼の方が、勇敢である。自分はどうだ。自分を越えていくと、彼は言った。うかうかしていると、本当にそうなりかねない。
お前はそれを許すのか。
自分に問い掛ける。答えは当然、否、だ。なめんな。ガキに気遣われる程、落ちぶれちゃいない。
ただ、思うこともある。
必死にもがいて“自分”を手に入れようとしている小娘の姿が脳裏に浮かぶ。ゾイは否定するだろうが、彼が一歩踏み出したのは、彼女の影響もあるのだろう。
人の世に触れ、勝手がわからずに惑う姿は、確かにゾイの幼い頃とも被る。当時のことが蘇ったのかもしれない。不恰好に足掻くキャルリアンを前に、このままでいるわけにはいかない、と発起したのか。
そこまで想像ができるのは、その一端を自分自身が体感しているからのようにも思う。
「――ぐずぐずしてらんねぇなぁ」
ぼそりと呟いた言葉は、幸か不幸か、誰の耳にも留まらなかったようだ。耳の働く彼女が近くにいたならば、「何ですか?」と不思議そうに訊ねただろうが、今ここに、彼女はいない。それに対して、多少の物足りなさを感じた。ただの捕虜に抱くには、不釣り合いな感情。けれどその気持ちに名前を付けることはまだ早い。
目を閉じ、ふー、と息を吐く。
ガキン、と鈍い音がした。次いで、重たい物が地面に落ちる音。
「ほら、早々に開けたわよ?」
どうやら「遅い」と言われたことを根に持っていたらしい。過去最速で錠を外してのけたシガタは、自慢げに胸を張った。
「おー! すげ、さすがシガタさん!」
目を輝かせるゾイに、満更でも無さそうなシガタ。
確かに腕は認めてやらないこともない。
しかしながら、素直に褒めるのは憚られる。
自慢気な顔をする男にやれやれと肩を竦め、錠の外れた扉に両手を置く。そのまま、奥へと力一杯押した。ズズ、と扉が床に擦れて動く音が響き渡る。少しずつ、両開きの扉が開いていく。
その先の空間で。
金が光った。
「うっわ、マジであったし……」
ドンペルクの財宝は、そこにどっしりと鎮座していた。山のような宝。これだけあれば一生豪遊ができるであろう額だと、すぐに知れる。
ガルドはそれらを一瞥してから、更に周囲に目を走らせる。
「――無ぇな」
落胆は一瞬のみ。次の瞬間には色を隠し、「宝を運ぶぞ」と声を張る。
片膝をつき、雑に転がっていた宝石を拾う。発光する素材か。かなり貴重だ。それにしても。
「運びやすい小物ばっかか。ありがてぇな」
自らも海賊だったからこその“気遣い”か。余程この宝を持って行って欲しいようだ。これはカモフラージュだ。豪華で、豪勢な。
これまで見たこともないような宝を前に、すげーなこれ、とゾイが目を輝かせている。宝を仕分けるスピードは、神業の如く素早い。出逢った頃から、手先は器用だった。手癖が悪かった、とも言う。
「何度かに分けて運び出すから、焦んなよ」
「へーい」
早々にゾイが立ち上がる。遅れて、ガルドとシガタも目の前の物を片付けた。あと五、六回でも往復すれば、運び出せる。
暗闇を抜け、太陽の下に出る。
真っ先に目に飛び込んできたのは、あの石碑だった。欠けた石碑。
結局、何が書かれているのか、わからないソレ。
「…………行くぞ」
短い指示を出し、歩き出す。




