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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第1章 その出航、荒れに荒れ
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海賊編(1)「さぁて、一稼ぎといくか」

 ターリスの港町は、常に喧しい程の賑わいを見せている。

 町には二本の大きな通りがあり、それを支えるように、細い通りが連なる。通り同士はまるであみだくじのように乱雑に繋がっており、迷路のようだ。地元の連中でもその全容を把握しているかどうか。売られている町の地図にも、当然全ての道は書かれてはいない。

 何故か? 決まっている。誰も全てのルートを知る必要が無いからだ。


 要は、『ターリスの港町にはメインとなる大きな通りが二本ある』――この港町を歩くのであれば、これさえ憶えておけばいい。あとは、自分がどちら側(・・・・)に振り分けられる人間なのかを正しく判断し、通る道を選ぶだけだ。


 まず一本目。フィーガ通り。

 ここには、土地の名産品を取り扱っている店や、果物、飲み物、衣料や生活用品を売っている店などが並んでいる。店頭に立つ店員は、みな身なりもよく、親切そうである。事実、人を騙すような輩は少ない。


 二本目のガタセ通りは、いささか柄が悪い。

 そこらかしこで行われる賭博。飛び交う怒号。道の端には酔っ払いが積み重なって倒れている。中には財布をスられている者もいるだろう。――いや、逆か。盗られていない者の方が少ないはずだ。

 とはいえ、彼らの持ち合わせなど最初から大した額ではなかろうが。

 そこから少し外れた辺りに立ち並ぶ娼館の前では、流し目の女が昼間から熱心に勧誘をしている。


 ターリス港の大酒場も、当然ガタセ通りに存在する。集まる連中がどんな輩かなんて、わざわざ上げ連ねる必要すらないだろう。

 だだっ広い空間に乱雑に置かれたテーブルと椅子は、ほぼ満席だ。店の壁際では、立って飲んでいる者も多数いる程。テーブルとテーブルの間をすり抜けるように、従業員が食事と酒を運んでいる。がやつく店内では、隣席の会話すら、はて、耳に届くかどうか。対面した状態でも少々厳しい。だが、ガルドはこの雰囲気が嫌いではなかった。お上品な店よりも、余程好感が持てる。



 その日、ガルドは入り口寄りの端席に、連れの男と向き合う形で座っていた。机の上には空の酒瓶が数本。それから、汚れた皿が積み重なっている。ただしこれらの内のいくつかはガルドたちが着席した時には既に置いてあった。自分が空けた皿はどれだったか、今となってはわからないし、知る必要も無い。

 話も終盤。むしろ、ガルドとしてはこれ以上に話すことは何もない。さて、店を出ようか。そんな頃合いだ。

 膨らんだ布袋を机に放り投げる。酒代と、それから、情報料だ。袋の紐を緩め、中から金貨を一枚摘み上げた連れは、「お~、毎度アリ~」とやる気なさげに返した。



「つーかテメェ、コレの片が付いたら、そろそろ年貢の納め時だろうよ?」

「ハッ、そりゃ俺の仕事じゃねぇよ」


 納めさせたかったら、捕まえてみろってんだ。


 ニッと白い歯を剥き出しにして、男は笑う。そこに嫌味は見て取れない。まるで子供が追いかけっこを楽しむような気軽さがある。

 大海賊ガルド=アーヴァン、時にボヴィルグイ海の魔物とさえ呼ばれる男には、今から十年ほど前に初めて懸賞金が掛けられた。その額は年々上へ上へと更新され、今となっては他の海賊とは比べ物にならない程に高額となっている。それでも今なお捕まっていないのは、つまり、“そういうこと”だ。



「じゃあな、精々死ぬなよオッサン」

「あン? テメェも良い歳だろうよ」

「一緒にすんな。俺はまだまだ若いんでね」



 憎まれ口を叩きながら腰を浮かせたガルドは、挨拶代わりにひらひらと手を振り酒場を後にした。

 あの男から手に入れた情報は、豪邸ひとつが買えるだけの金貨に相応しい価値があるものだ。あるいは、それ以上の価値が。あれでもまだ、破格だと言える。それをモノにできるかは、実力次第。――その実力が自分にはある。


「さぁて、一稼ぎといくか」


 程々に伸びた赤髪を揺らしながら、ガルドは大通りを悠々と歩く。

 周囲は彼の存在に気付きながら、見ないフリをしている。見過ごした方がメリットが高いと誰もがわかっているのだ。これはガルドの自惚れなどではない。

 波止場に着けた自前の船に乗り込む。


「兄貴、どうっしたぁー?」

 ガルドの胸あたりの身長をした少年――ゾイが、ひょっこりと顔を出した。背は低いが、身体には筋肉が程よくつき、決してひ弱そうではない。むしろ小柄ゆえに、敏捷(びんしょう)な印象を強めている。

 兄貴、と彼はガルドを呼んでいるが、実際に血の繋がりがあるわけではない。あくまで『兄弟みたいなもん』、だ。ゾイに限った話ではなく、この船に乗っている輩は、みな、“そんなもん”だった。


「次の目的地が決まった。狙いは、ドンペルクの財宝だ」

「ドンペルク? って、あのドンペルク、ッスか? 確か二ヶ月くらい前に、財宝の一部が無人島から見つかったとかなんとか」

 正解、とばかりにゾイの頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。「あああせっかくセットしたのに!」口を大きく開けて放たれた悲鳴に「一丁前にカッコつけてんじゃねーよ」とガルドはニヤリと笑う。

「残りの財宝の在り処――かもしれねぇ場所――の情報を得た」

 ゾイは髪を手櫛で直しながら、ひゅう、と口笛を吹いた。


「ガセじゃないなら、すげぇ情報ッスね」

「ガセじゃないなら、な」


 どちらなのかは、現段階ではわからない。あの男も存外強かなので、間違った情報を掴まされてもおかしくはない。このご時世、騙される方が悪いのだ。判断は購入者に委ねられる。答え合わせをするには行って探す他ない。

 つまりは、購入した以上、この情報が本物だろうが、偽物だろうが、今からやることは変わらないということだ。

 とはいえ、ガルドの嗅覚は今自分が握っている情報が真実であると語っていた。成功率がいかほどかなど知ったことではない。この鼻を信じてここまでやってきたのだ。それを信じずにどうする。


 奥から、別の船員が顔を覗かせた。今度はゾイとは対照的に、ひどく大きな体躯をした強面の男だ。可愛らしい熊のアップリケの付いたエプロンが、見た者に寒気すら催す。そんな彼の名はドーザルと割合ごつく、そして見た目通りの怪力持ちである。格好だけが合っていない。

 ――が、長く一緒にいた身として、もはや慣れたもんである。今更格好がどうのと気にしたところで仕方がない。

 元来が物静かで優しい性格をしていることもあり、むしろその服の選択は、内面を知っていれば「当然だな」と答えるかもしれない。そんな性格をした男が海賊とは。ちゃんちゃら可笑しい。可笑しいが、彼にも事情がある。というより、事情も無しにこの世界に身を投じる者などいないだろう。


「………………」


 ドーザルはひたすら黙り込んだままだ。

 無言の訴えの内容を、ガルドは瞬時に読み取った。

「夕飯の献立なら、好きにしろ。ただし今すぐ出発するから、そっちの準備を先にしろよ」

 微かに目が輝く。初対面ならわからない程度の変化だ。彼は嬉しそうに無言で頷き、踵を返した。出航の手配を掛けにいったのだろう。

「他のやつは?」

「大丈夫ッスよ、みんな戻ってっから」

「シガタも?」この確認にも肯定が帰ってきた。あまりに驚いて目を大きくさせる。「あの遅刻魔が予定通り戻ってるだって? こりゃ嵐でも起きるか?」

 くつくつと笑っている間に、船が動き始める。



 ――ガタ、



「あ……?」

 微かな物音に、眉を寄せる。確かに出航の反動で船は音を鳴らしているが、しかし、それとは違う何かのように思えた。

「今、なんか聞こえたか?」

「へ? 聞こえた? 何がッスか?」

「……いや」顎に手を当て、首を捻る。気のせいだろうか。しかし、これまでの経験上、自分の勘が外れたことはない。「ちょっと見てくる。お前は先に戻ってろ」


 それなら俺も行くッスよ、と乗り出したゾイを制して、ガルドは単身、勘を頼りに進む。

「上か」

 どうやら対象は移動しているらしい。これはいよいよもって、自分の勘違いではなさそうだ。大股で進む。傍目にはゆっくりと動かしているため急いでいないようにも見えるが、足の長さがものを言い、その速度はかなりのものとなっている。

 鼠を追い詰めている気分だ、と内心で呟く。


 外に出ると、雲ひとつない晴天だった。絵に描いたような出航日和。

 シガタは遅れなかったが、嵐が来ることはなさそうだ。

 数秒、その場に留まる。ふ、と息を吐いて、適度に緊張を解すように頭を掻く。そうしながら反対側の指先で、腰に差した剣を撫でた。


 大きく、一歩、二歩、三歩。木箱を固めて置いてある一角の前で、ガルドはピタリと足を止めた。物音は、既にしていない。

 風を切り裂く、短く高い音が響いた。その音の正体――抜いた剣の切っ先を向ける。

「どこのどいつだか知らねぇが、俺の船に無断で乗るたぁ、イイ度胸だ。――面ぁ見せろ」

 ごく、と唾を飲み込む音がした。場慣れしてない素人か。

「今すぐ出てこねぇと、ぶった斬るぞ」

 脅しではないことを証明するために、膝を曲げ、中腰になる。『いつでも踏み出して斬ることができる』。自分が纏う殺気を、徐々に強めていく。


 一拍置き、音がした。


 固い表情のまま姿を現したのは、若い――若いというよりも、まだ乳臭い餓鬼に見える――娘だった。ボロ切れのような服を纏い、肌は煤汚れている。しかしその肌は透き通るように白い。細い髪は指を通せば、するりと梳くことができるだろう。そうなると、ボロ服も煤汚れも、そう(・・)見せるために取って付けたような印象を植え付けた。




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