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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第4章 望む者は導かれる
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海賊編(1)「子供を対象にした宝探しでもあるまいし」

 森は深い。見上げると、太陽に向かって高く伸びた木々が、視界を覆っている。思っていた以上に探索が困難な土地だ。キャルリアンを置いてきて正解だった。


 ガルドたちは、シガタが石碑を発見した地点から、川の上流を目指してしばらく進んだ。途中で大きな滝に遭遇し、あれ程の重量のある物がここなら落ちたとしたら、もう少し角が丸くなるだろうと予測した彼らは、森へと足を踏み入れていた。

 当然のように足場は悪い。この中を歩くような技術は、あの娘には無いだろう。


「川を流れてくるってぇことは、そんなに場所が離れているとも思えないんだがな」

 てっきり川沿いだと思っていた。

「同感ね」シガタも頷く。「あるいは、ワザトかしら。ドンペルクは、宝の在り処を示すヒントとして、アレを残した?」

「子供を対象にした宝探しでもあるまいし」

 ハッと鼻で笑いながら、足に力を入れ、太い枝を折る。人が踏み入れたことがない、というのは正しい情報だ。生い茂る草木には、誰かが掻き分けて進んだ痕跡は無い。

「どっちだ」

 くん、と鼻を動かす。濃い草の臭いの中で、異質なモノを探す。シガタとゾイは、ガルドの集中力を切らさないように物音を立てず、静かにしている。



 ……静寂。

 実際は森の音が広がっているはずだが、一度集中した意識は、目的のもの以外を次々に排除していく。シンと静まり返った世界の中で、奥へ奥へ、走らせた。

 違う、違う。これも違う。あれも。

 もっと。もっと奥だ。


 もっと、ずっと――――



「見つけた」



 バキリ。足元から音が聞こえた。知らぬ間に枝を踏み抜いていたようだ。

「それは良かったわぁ」

 悲鳴が響いた。自分たちの声ではない。獣特有の、甲高い声だ。鈍い茶の毛を持つ中型獣の群れに、気付けば囲まれていたらしい。獣の鼻があれば、異臭を放つ自分たちを見つけることなど造作も無いことだろう。ただし大人しく獲物になってやる自己犠牲精神は無い。


 ゾイは自慢のナイフで対抗している。シガタは本来銃がメインだが、この地形ではマイナスに働くと判断したのだろう、小振りのナイフを振るっていた。

 素早く周囲に視線を巡らせ、状況を正確に把握する。

「ガウッ」

 両側から攻めてくる獣を上方向に跳躍することで避けた。空中で身体を捻り、一匹目の獣の腹に蹴りを入れる。攻撃を受けて飛んでいくその行方を確認することのないまま、着地した力を利用して、一際大きな獣――おそらく群れのボスだ――に肉薄する。振り切る拳を避けたボスは、体勢を低くし、こちらを威嚇している。歯を剥いているところを見ると、まだまだ好戦的な態度は健在だ。

 グルルル、と唸り声。ハ、と嗤う。


「“テメェら、俺にソレを向けんのか”」


 一言。威圧感を込めた言葉に、相手の耳がピクリと動いた。途端にそれまでの威勢を失ったボスは、逆立てていた尻尾をくるりと丸め足の間にしまい、くぅん、と媚びるような声を出す。

 ボスの変化に、群れのメンバーも一歩、二歩と下がった。


「――“去れ”」


 弾かれたように獣達はその身を森の中に隠した。地を蹴る音が離れていく。

「相変わらず」くすり、と笑う声。「怖がられてんのね、ガルドったら」

「好都合だろ」

「でもすげーッスね。どうしたら言葉だけで撃退できんスか」

 ゾイの目がキラキラと輝いている。その視線は苦手だ。「実力の差だな」嘯くと、逃げるように歩みを再開する。目的地は決まった。足取りに迷いは無い。あるのは、精神的な居心地の悪さだ。

 ガルドの心中を察しているのであろうシガタは可笑しそうに口を押さえている。この野郎、他人事だと思って。長年の付き合いは、こういう時に厄介だ。


「しっかし、この道、あいつ歩けんのか」

 話を逸らそうと、先に頭に浮かべたことを口にする。あいつ、という呼び方だったに関わらず、ゾイはすぐに思い当たったらしく、「あー」と声を上げる。面倒くさそうだ。しかし以前のような嫌悪感はなりを潜めている。それに気付き、彼の顔を見る。ゾイは視線には気付かず、ハンッと鼻で笑った。

「トロいんで無理っしょ」

 何を思い出したのか、言葉に反し、口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。


「……ほお?」

「な、なんスか!」

「いや別に?」


 にやにやしていると、シガタも便乗して「あらー? ゾイったら顔が赤いわよー?」と揶揄う。


「恋でも芽生えちゃった?」

「はあ!? なんで俺が! 大体、あの女は――」


 そこまで言って、ハッと口を噤む。ちらちらと盗み見るようにこちらを見るゾイに、なんだよ、と返す。

「……なんでも、ないッス。とにかく、変な勘繰りは止めてほしいッス。そりゃ、ちょっとは、ちょっとだけは、感謝してないこともない、ッスけど……」

 むすー、と口を尖らせている様子に、まだまだガキだなと笑う。ゾイはまだじっとりとガルドを見ていた。「あっちがあっちなら、こっちもこっちだ」ボソボソと呟く声がする。あっちこっち? いったいどっちのことだ。


 純粋な疑問に片眉を上げたガルドに対し、シガタはその意図に気付いたらしい。「前途多難よねえ」とゾイの肩を叩く。


「ま、素直に認められるようになっただけ、成長したのね。大人への一歩よ」

「……それ、褒められることッスか?」

「どうかしら。わからなければ、とりあえず誇っておけばいいのよ」

「トンデモ理論ッスよ、それ」


 肩を竦める彼の顔立ちは、確かに前よりも精悍に見えないこともない。気のせいかもしれないが。子供の成長というのは、思い掛けず一気に来るもんだな、と驚く。あるいは少しずつ成長していることに、こちらが気付いていなかったのか。



 脳裏に蘇るのは、必死に生に縋り付く、まるで獣のような獰猛さを帯びた瞳の光だ。

 それは、今よりももっと小さかった、出会ったばかりのゾイであり、――今よりももっと小さかった、自分の姿でもある。

 “成長”。シガタが口にした言葉。前に進むことを意味する言葉。

 しかしどうもあの場所から、自分は一歩を踏み出せていない気がする。



 ぎゃあすぎゃあすと騒ぐ二人が立てる音を聞きながら、枝を退かして(くぐ)ると、大きく開けた空間に出た。そこだけぽっかりと草木が無い。その中央に、灰色の巨大な石碑が立っている。紛うことなき人工物だ。未開の地に、異質感丸出しで突っ立っている。

 左上が大きく欠けていた。この欠けた部分にシガタが拾ったあの塊が嵌ることは明白だ。

 石碑に刻まれた文字は、やはり読めない。あの娘ならば、意味が読み取れるのだろう。


「兄貴、あっちになんかあるッスよ」

 指差す方向を見ると、あったのは洞穴の入り口のようだった。光が射し込まない造りになっているのか、奥までは見通せない。

 近寄って覗き込んだシガタが、ひゅう、と口笛を吹いた。

「地下に広がってるみたいね」

 声がその壁に反響し、二重、三重に被さって聞こえる。

「入るぞ」

 先頭に立ち、足を踏み入れる。背後で、シュボ、という音がし、小さな灯りが灯る。ゾイが自前の火の魔法を使ったのだろう。

 どこからか、水の滴る音が聞こえる。水が溜まるような場所があるのか。

 暗い空間を突き進んでしばらく、急に目の前に頑丈な扉が出現した。試しに押すが、ビクともしない。これはかなりの重量感があると踏んだ。とはいえ無理に開けようものならば、反動で洞穴ごと潰れかねない。


「これ、開くんスか?」

「開いてもらわきゃ困るな」

 扉に手を這わせる。中央に、重たそうな錠がかかっている。持ち上げ、横から錠穴を覗き込む。

「シガタ」

 名を呼べば、ハーイ、と軽い調子の彼が、口調と同じくらい軽い足取りで、錠の前に立った。

「これは結構な大物ね〜?」

「ああ。解除にどのくらい掛かる?」

 開くことが前提の問い掛けに、シガタが目を細める。

「おやつの時間には間に合わせるわよ」

「なんだ、割と掛かるな」

「他の人ならもっと掛かると思うけど? なんならやってみる?」

 挑戦的な視線を受け、「冗談だ、信頼してる」と肩を竦めた。彼以外の腕では、どれだけ時間を掛けても開かないだろう。シガタはしたり顔だ。


「最初から素直になっておけばいいのよねー」

 なって堪るか。そうしたらそうしたで、あーだこーだと理由を付けて笑うに違いない。まったくもって厄介な。




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