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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第3章 島は侵入者を拒む
18/50

人魚編(1)「楽しそうだなって思うことは、より積極的に関わることにしてるの」

「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃーい!」

 この状況には似つかわしくない、なんとも能天気な挨拶だ。当初より目的地は確かにここだった。それは間違っていないのだけれど、半ば以上嵐に押し流されたに近い形で辿り着いたというのに、このあっけらかんとした対応はいかがなものか。

 かくいうキャルリアンも、ぶんぶんと手を振るミリュリカの隣で、小さく手を振っているわけなのだが。



 ガルドとキャルリアンが合流した明くる日、ガルドは事前に話していた通り、早朝から支度をし、キャルリアンの鎖をミリュリカに渡すと、さっさと探索に出て行ってしまった。

 ミリュリカの兄であるドーザルもまた、今日も今日とて食材の確保のために森に足を運ぶらしいので、しばらくの間は、ミリュリカとモールインと一緒にお留守番だ。

 留守番組であるモールインといえば、操舵室に篭っていることがほとんどで、朝晩にガイルが彼を訪ねて行く以外では、船内で見掛けた記憶は無い。「不測の事態に備える意味でも、操舵手は舵をすぐに握れる場所にいるべきでしょー?」とは本人の談で、ミリュリカは「えー、単に好きだからじゃないの?」と疑いの眼を向けた。

 とにもかくにも、船が停まっている間もそのポリシーは変わらない。



「さて! 女の子が二人きり。となると、やることは決まってるわよね」

 ミリュリカは、一人満足げに、うんうん、と頷いている。

「と、いうと……?」

 一体全体、何を口にする気なのだろう。わかるのは、ミリュリカがきらりと目が輝せたことだけだ。


「ずばり! ――女子会、よ!」


 ばーん、と効果音が聞こえそうな程、堂々と仁王立ちを決めたミリュリカに、キャルリアンは「え、う、ん……?」と勢いに飲まれていた。

 ……女子会って、何?

 知らないワードに、く、と眉を寄せた彼女を置いて、ミリュリカはさっさと船に戻っていく。繋がれた鎖に引かれ、キャルリアンも混乱を抱えながら歩き出す。


「じゃ、そこ座って!」

 通されたのは、小さな部屋だった。ミリュリカの個室だという。ガルドの部屋と違って既に部屋は綺麗に片付けられていた。シンプルながら、棚の上に置かれた綺麗な貝殻など、ところどころに女の子らしさが出ている部屋だ。

 きょろきょろと部屋を見回しながら、ベッドにぽすんと腰を下ろす。ミリュリカも、んしょ、とその隣に勢い良く座った。


「あの……じょしかい、って、何をするんですか?」

「んっとね、無駄な話をいーっぱいするのよ。最近あったこととかー、愚痴とかー」

「無駄な話……」

 要は、話題ということだろう。果たして、自分の人生にそんな引き出しはあるだろうか。考えるまでもなく、結論が出た。――無い。

 顔を青くしたキャルリアンの方を向かないまま、ミリュリカは足をぱたぱたと動かして、むふむふと笑っている。「これも夢だったんだよね」と。


「夢?」

 きょとりと目を瞬かせれば、そう夢、と何度も頷かれた。

「普通の女の子が、普通にできること。――あ、別に今が嫌ってわけじゃないんだよ? ないんだけど」言い淀んだミリュリカは、んー、と唸る。「やったことがないと、やりたくならない?」

 キャルリアンは視線を彷徨わせた。それは、わからない、かもしれない。やったことがないことをするのは、正直に言って怖い。だからこそ、目を輝して前を向くミリュリカが羨ましかった。

「とても、素敵だと思います」

 考えてから、ようやくその一言を口にする。それは肯定も否定も避けた言葉だったけれど、ミリュリカは「でしょ!」と満面の笑みを見せた。ひとまず場の空気を悪くしなかったことに、安堵する。


「ミリーちゃんは、夢がたくさんあるんですね」

 羨望の気持ちと共に口にする。うん、と彼女は素直に頷いた。だってあたしはシアワセにならないと。そう言いながら。



「あたし、フグーなんだって」



 ミリュリカの発言を受け、何度かその言葉を頭で変換するが、上手くいかなかった。該当無し、の状態でぐるぐる考え込むキャルリアンを見てケタケタ笑いながら、「カワイソーな人のことなんだよー」と明るい声で言う。

 フグー。ふぐう。……不遇。

 思ったよりも重たい言葉に、びしりと固まったキャルリアンだったが、ひたすら笑い続けるミリュリカの姿に、ついつられて笑ってしまった。

「ふぐー、って。押し潰された時に出る声みたいですね」

「あははっ! 確かにそうかも!」

 そう考えると、なんだか可愛らしく思えてくるから不思議だ。二人でさんざん笑った後に――最後の方は、もはや何が可笑しくて笑っているのか、それすらわからなくなっていた――、ようやくお腹から手を離したミリュリカは、目尻に溜まった涙を指ですくった。


「あたしね、物心ついた時からここにいるの。だから、ここ以外は知らないんだよね。そのことが、他の人にはカワイソウに見えるらしくって。年頃の女の子だったら、危険と隣り合わせの生活よりも、もっと安全で、もっといろいろな楽しみがあるはずなのに、って」

 向けられる憐みは、ミリュリカにとっては不本意なものなのだという。十分楽しんでいるのに。仮に他の子と比べたってちっとも見劣りしないくらい、楽しんでいる。だからこそ。

「楽しそうだなって思うことは、より積極的に関わることにしてるの」

 ムンと胸を張った彼女は、声高々にそう述べた。

「キャルちゃんと一緒にいるのも楽しいよ、すごく!」

 好意を前面に押し出した直球に、キャルリアンはたじろいだ。躊躇ってから、ぼそぼそと口を開く。

「私も……楽しい、です」


 照れを覚えながら、“おともだちとおしゃべり”を、好きなことのカテゴリーに振り分ける。

 顔を見合わせ、お互いに、えへへ、と笑った。


 そうしながら、ふと思いついたことを口にする。

「ミリーちゃんは、ずっと前からこの船に乗っているんですね」

 物心ついた時から、と彼女は言った。当然だ、と思う反面、どこか不思議な気がする。自分が会った時には、既にこの船のメンバーはみんな強い信頼で繋がっていた。キャルリアンには、誰か一人が欠けた状態など想像がつかない。けれど今の形になるまでに、当然ながら紆余曲折あったはずなのだ。彼らは血の繋がりがあるわけではない。生まれた時も場所も違うなら、そこには出会いがあり、信頼に至るまでの経過があるはずだ。

「うん。その時にはもうシガタがいたよ。モールインも。ゾイはあたしたちより随分後だったかなぁ」

 よっ、と立ち上がった彼女は、部屋の中でくるくると回る。時折飛び跳ねている様は、まるで翼を持つ鳥のようだった。


「昔、あたしとお兄ちゃん、サーカスにいたんだって。あんまり憶えてないんだけどね。りょーしんが売っ払ったらしくて。お兄ちゃんが幼いあたしの分まで働いてくれてた」


 当時を思い出す、というよりかは、人伝(ひとづて)に聞いた昔話を口にするようなたどたどしい口調だった。彼女自身はあまり憶えていないのだろう。

 二人が在籍していたサーカス団は、質が良い方ではなかった。目立つ物を酷使し、壊れたら()げ替えて、その新鮮さ(・・・)を推してウケているタイプのサーカスだ。

 怪力持ちのドーザルは、上手く使えばウケ(・・)を狙えると判断されたらしい。幼かったミリュリカは、当然何もできない。それでも置かれたのは、成長したら使えるかもしれないという期待感と、ドーザルへの枷だったのだろう。

 彼女はまるで他人事のようにそれらを語った。兄が好きなミリュリカのことだ、努めてその語り口調にしているのかもしれない。


「で、なんだかんだあってー、ガルドがあたしたちを引き取ってー、今に至る、っと」


 床を蹴ると、くるりと横に一回転したミリュリカは、ポーズを付けて華麗に着地した。確かにサーカルの芸も、軽やかにこなしそうではある。


「この話、他の人には内緒だよ」

 人差し指に手を当てて、ミリュリカは笑う。聞けばそのサーカス団はもう存在しない――今後ちょっかいが掛けられないようにと、ガルドたち三人が壊滅に追い込んだのだそうだ――が、当時のサーカス団員が今どうしているかなどは知らない。いつ再び燃え出すかもわからない火種を、彼らはずっと抱えている。

「他の人っていっても、船のみんなは知っているから、隠す必要とかはないよー」

 付け加えられた条件に、苦笑を灯した。それならば、キャルリアンにはバラす先すら無い。


「助けた理由って、ガルド曰く、『力仕事ができるやつが欲しかっただけ』らしいんだけど。それなら別に他にいくらだっているし、あたしまで引き取る必要ないもんね」

「昔から変わらないんですね」


 優しいから――キャルリアンのことも捨てきれないでいる。新たな火種になると、きっと彼はわかっている。それなのに。


「そうなの。だからキャルちゃんも、辛かったら、『たすけてー!』って言ってみるといいよ。ガルドはね、お人好しで首突っ込んじゃうから。利用しちゃえばいいんだよ」

 そうだ。彼はキャルリアンが叫べば、気付いてくれる。外に出たいと言えば、外に連れ出してくれた。星を見たい、という約束も果たしてくれるらしい。


 ――だからこそ。

 口元へ移動しかけた親指を、制しながら。く、と唇を噛んだ。


「……なーんてね! あたしがキャルちゃんと一緒にいるの楽しくて、つい言っちゃった!」


 顔を曇らせたキャルリアンを見てだろう、ミリュリカは即座に前言を翻した。

 先程の発言が本気で言ったことだと知りながら、キャルリアンはその気遣いに甘え、曖昧に微笑む。



『私も、楽しい。ずっとこのまま、楽しく暮らしていられたら――』

 咄嗟に浮かんだ願いには音を与えず、そのまま飲み込んだ。


 好きと嫌いを、分けることができた。

 求めることは、思ったよりも、すぐ近くにあった。

 けれど、手を伸ばすことが、怖い。


 ――なにより。

 “思い出す”。忘れてはいけないことを。自分がここにいることで、誰かを辛い目に遭わせていることを。

 彼らを放って自分だけが幸せに生きることを、キャルリアンは望んでいない。望めるわけがない。


 なら、これは自分がやりたいこととは、きっと、違う。



 ……そのはず、だ。




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