海賊編(2)「どういたしまして!」
船に着いたのは、どうにか日没前だった。
自分一人、あるいはゾイだけならばもう少し早く動けたのだろうが、キャルリアンはどうも地上を歩くのが下手だ。人魚だからか、あるいは本人の性質か。
「あーっ! キャルちゃんだあ!」
「ミリュリ、ミリーさ、ちゃん」
ミリーって呼んで。あと“さん”付け禁止ね! と以前に言われたためだろう。言い難そうにしているキャルリアンには頓着せず、ミリュリカは彼女に飛びついた。
「無事でよかったあああ!」
揃って倒れそうになっていたところを、寸前のところで受け止める。
「お前な、相手の体格を考えろ」
見るからにお前の体重と重々しいベルトと丸筒をどうにかできる筋力は無いだろうが。ガルドの注意を自然な流れでスルーして、よかった、よかった、と手を取って飛び跳ねている。キャルリアンにばかり構っているが、ゾイは良いのか。
「ゾイ、無事で、良かった」
ガルドたちよりも早く戻っていたらしいドーザルが、炒め物を片手に船の奥から姿を表す。ああうんありがとう、と応えながら、ゾイの視線は美味しそうな香りを放つソレに釘付けになっている。
「それは?」
「森の、山菜。思っていたより、種類、豊富。だから、作ってみた」
スパイスは、自家製。無表情で告げる彼は、どことなく誇らしげだった。ぐう、とゾイの腹の虫が鳴く。
「……飯にすっか。シガタは?」
「シガタまだ戻ってないの」
キャルリアンに抱き着きながら、ミリュリカが眉尻を下げる。少し落ちた声を吹き飛ばすように、「はあーい。呼んだかしら?」と背後から声がした。
「おまっ、気配を完全に消して近付くな」
「あらやだ、ガルド船長ともあろう御方が、これきしのことで……落ちたもんねー?」
「あ゛?」
凄むガルドを無視するのは、どこぞの小娘と同じである。やはりミリュリカの行動の素地となっているのは、シガタなのだろう。ぴょんぴょこと嬉しそうに飛び跳ねながら、彼に向かって右手を振っているミリュリカを視界の端に収め、困ったもんだと嘆息する。
ともあれ全員無事に揃ったことに安堵した。
「……ガルドさん、嬉しそうです?」
シガタが現れたことで、隙ができたのか。ミリュリカの腕から逃れたキャルリアンは、気付けばひょっこりとガルドの顔を覗き込んでいた。
“全員”。そう称する中に、自然とこの娘を含めていた自分に、内心で驚く。
「……まあな」頬を掻きながらも素直に認め、キャルリアンに視線を合わせる。「これで二度目だ。ありがとう」
礼を述べられたキャルリアンは、むにゅり、と口を動かした。頬は朱を差したようだ。
“ありがとう”は言われ慣れていないのか。
こういう時は、なんて言うんでしたっけ。と照れながら首を傾げた彼女は、以前にミリュリカに教えられた言葉を思い出したのだろう、ふわりと笑った。
「どういたしまして!」
素直な反応に釣られて笑いながら、空を見る。残念ながら、分厚い雲は健在だ。
礼がてら星を見れたらとも思ったが、それはまだ先のことになりそうだった。
ポケットの中で、チャリ、と鎖の音がする。ガルドとキャルリアンを繋いでいた物だ。指先に触れたソレを、しかし彼が取り出すことはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全員が揃ったところで、食事をとりつつ、改めて作戦を練ることにする。普段は操舵室に籠りきりのモールインも、今回は席に着いている。
「ドーザル、森の様子はどうだった?」
「人の出入り、形跡、無い。自然のまま」
「ああ、それ俺も思ったッス。獣道はいくつかあるみたいなんスけど、人が作った道は無いッスね」
おそらくその読みは正しい。何しろ、地図にすら載っていなかった島だ。今回ガルドたちがこの島に来ることになったのも、先に見つかった財宝・資料にこの島の記録があった、と情報提供を受けたからに他ならない。
仮に人が住んでいたとしても、それは相当昔の話になるだろう。
「島の地図も無いんですよねー。闇雲に探索する以外、手立てあるんですかねー?」
モールインは緩く頬杖をつきながら、片手でほいほいと食事を口に放り込んでいる。
「それに関しては、ひとつ朗報があるわよ」
「ろーほー?」
に、と笑ったシガタの言葉に、ミリュリカがこてんと首を傾げる。
彼は腰に巻いた小型鞄から、おもむろに何か――石碑の欠片を取り出した。角の丸みは、明らかに人工的に作られたものだ。割と大きな塊である。本人は軽々と持ち上げているが、実際はかなりの重量感があるはずだ。よくこんな物を鞄に入れて移動しようと思ったものだ。
「どうしたんだ、これ」
「海岸沿いに歩いてたら、川に当たったのよ。ちょーっと休憩しようと思って近付いたらね、川岸にこれを発見したってワケ」
「……これ」ドーザルが、石碑の表面を指でなぞった。「見たことない、形」
ガルドも同意する。おそらく文字であるソレは、ガルドたちの全く分からぬ言語によって刻まれていた。
とはいえ、言葉が彫られた物がある、ということは、人の手が加わっているはずである。大海賊ドンペルクの財宝と関係しているとは現時点で言い切れないが、調べるキッカケとしては十分だ。
「その川を上っていけば、何か見つかる可能性があるな。……どうした?」
投げ掛けた先は、キャルリアンだ。遅れて石碑を視界に収めた彼女は、真剣な顔つきで文字をなぞっている。
「これ、“貴方よ、”って、書かれてます。続きがありそうですが、途切れていますね」
「分かんのか?」
ガルドの問いに、彼女は目を伏せた。
「人魚族が使う言葉ですから」
「あんたは読めるんだな」
「……人魚、ですから」
その顔は決して晴れやかでも、誇らしげでもない。むしろその言葉を口にすることを、躊躇っているようでもあった。
しかし、これが人魚族の言語で書かれているのだとして、何故そのようなものがここにあるのか。
「これ、手掛かりになるかもしれないんですよね。もし石碑が見つかれば、私は全文を読むことができます」
提案に、シガタと目を合わせる。
「割と急傾斜の道だったから、お嬢さんには道中がキツイかもね」
「ナルホドな」意見を聞き、目を伏せた。何が最善か。考え、結論づける。「――ひとまずは明日、俺とシガタ、ゾイで探索してくる。石碑が見つかれば、あんたに協力してもらうことも出てくるだろう」
あちらこちらへ都度進路を変更して進む探索は、この小柄な娘では体力が持たないだろう。ならば、第一陣として探索を行い、必要な情報を頭に叩き込んだ上で、最短ルートで連れて行きたい。
石碑の内容が、この島の秘密を紐解く鍵となるか。それすら今はわからないが。




