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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第3章 島は侵入者を拒む
15/50

海賊編(1)目覚めは静かだった。

 嵐は、突然鎮まった。否、背後を見ると、黒い雲はそこに鎮座している。ある一定のラインからこちらには来ないようだ。

 まるで、何かの明確な意思が働いているように。


 ――たとえば、島を守るため。


 眼前にどっしり構えた島が見えた時に、その予感は、確信に変わった。

 あの二人はどうしただろうか。甲板に、そこから海に落ちたところまでは、“拾った”。しかしその後のことまではわからない。モールインに指示を出し、道は示した。あれを見たかどうか。


「キャルちゃんとゾイ、無事かなあ」

 ミリュリカが不安そうにシガタの服を掴んでいる。きっと大丈夫よ、とシガタがその頭を優しく撫でた。根拠などどこにもない。

 既に日が落ちかけている。疲労の度合いも強い。捜索するにしても明日以降になるだろう。


「島から出る時もアレと対峙することになると思うか?」

「どうかしらね。可能性はあると思うけど」

 はー、とため息。いざ出航した時に次こそ沈没なんてなったら笑えない話だ。次も運良く荒波に打ち勝てるか、保証は無い。


 ――逆に言うと、それだけのことをしてまで守る価値がある宝が、ここにはあるということだ。

 貯め込んだ金銀財宝か、あるいは……ガルドが長年探し求めてきた物があるのか。


 船の稼動音が聞こえなくなる。島に着いたのか。相変わらず、モールインの腕は確かだ。

『着岸しましたー。さて、僕は一眠りしまーす。ドーザル氏はどーします?……あ、そっち行くみたいでーす』

 そこまで話し、通信はブツリと途切れた。何時間も神経を擦り減らしながら戦ったのだから無理も無い。休息が必要だ。


 大部屋の机や椅子を直しながら、くあり、と欠伸をひとつ。

 しばらく経つと、ドーザルが外れたドアを直しながら、部屋に入ってきた。

「お兄ちゃん!」

 ミリュリカが駆け寄り、腕の中に勢い良く飛び込む。兄は大きな掌で妹の頭を撫でた。器用不器用な男だが、妹の扱いは慣れたもので、その手に必要以上の力は入っていない。大きな手を存分に堪能してから、ミリュリカは上目遣いで甘え始めた。

「今日、一緒に寝ても良い?」

 流石のお転婆娘も、あの嵐に不安感を煽られたのだろう。ドーザルはこくりと頷いた。ひょいと彼女の身体を持ち上げると、肩に乗せる。

「部屋、先に、片付ける、か?」

「あー、大丈夫だ。これで一応終わり、と」

 椅子を机の前に並べ、パンパンと手を払う。あとの床に散らばった細かい物は、明日以降で構わない。


「明日に備えて、今日は全員、もう休め」

「あら、じゃあお言葉に甘えて」

 シガタは緊張感の欠片も無い面持ちで、軽い足取りのまま部屋を出て行く。いつもながら飄々とした性格である。あれで情が無いわけではないのだが。

「俺たちも、休む。船長も、きちんと休め」

「わーってるよ」

 大男に見下げられ、肩を竦める。

 腰を屈めてドアを潜り抜けた彼を見送る。その肩から身を乗り出したミリュリカが、「また明日ね」と手を振る。


 ふー、と長く息を吐いた。背中を壁に預け、窓の外を見た。雲が厚い。陰鬱な気分にさせる空だ。綺麗な星空は贅沢だ、と目を輝かせた彼女を思い浮かべる。確かにそうかもしれない。見たい時に必ず見られるものではない。

 不安感が疼く。大丈夫だ、と声に出して呟く。あれは世間知らずだが、馬鹿ではない。ゾイも野営のイロハは知っている。無事に生きて帰ります、と彼女は言った。信じると返した。

 ――ならば、疑うことに意味は無い。

 ゆっくりと目を伏せる。人に言った手前、自分も休まなければ。上に立つ者がしけた面を引っ提げているわけにはいかない。


 しっかりとした足取りで、自室に向かう。物の少ない部屋は、それでも荒れに荒れていたが、ベッドの上の物を床に落とせば使えないことはなかった。

 ベッドに横になる。こんなに広かったか、と考えた後に、ここ最近は半分しか使えなかったのだから広く感じて当然か、と結論付けた。

 目を瞑れば、眠気はすぐに訪れた。ガルドはゆっくりと意識を手放す。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 目覚めは静かだった。

 鳥の声が聞こえた。昨日はまともに外を見ていなかったが、近くに森があるのか。


「割と広い島なのね」

 船から降りたシガタを、横目でじとりと睨む。

「……テメェが遅刻しないたぁ、幸先悪ぃな」

「あらやだ、空気読んだだけよ。今は人手が足りないでしょ?」

 けらけら笑う彼は「知ってる? 働き蟻って、何割かはサボってるらしいわよ。で、働いてる子がいなくなると、サボるのを止めるの」と蘊蓄を垂れた(・・・)。顔を顰める。

「俺たちは蟻じゃねぇ」

「ごもっともね」

 うんうんと頷きながらも、聞いている風ではない。どうせ今回限りの助力だろう。ゾイが見つかった瞬間に、また“働かない蟻”に戻る気に決まっている。緊急時に動くだけマシ、と思うべきか。


 くだらないやりとりをしている間に、他のメンバーも続々と集まってきた。

「早く二人を捜しに行こうよ!」

 握り拳を作って意気込むミリュリカを、まあ待て、と制する。そのまま続けさせれば、総出で捜そう! と言い出しかねない。

「二人を見つけて、ハイおしまい、じゃねぇんだ。その辺り、頭に留めとけ」

 言い方が気に食わなかったのか、ミリュリカはぷっくりと頬を膨らませた。

「人命第一!」

「ンなこた言われなくともわかってる」

 小さな頭をぽんぽんと叩き、宥める。あからさまな子供扱いはお気に召さなかったようで、振り払われた。ツンとそっぽを向かれる。意に介さず声を張る。

「担当分けすっぞ。まず、モールインとミリュリカは留守番」

「ええ!?」不満げに声を上げたのは、当然、不貞腐れていた少女だ。「なんで! あたしも外に行きたい! 留守番なんてヤダ!」

 彼女の横で、兄のドーザルがあたふたしている。両手をジタバタさせる妹を、どう止めたらいいのかと、困っているようだ。やれやれ、と頭を掻いた。


「わかってねぇな。一番重要なとこだぞ」

「……重要?」

 ピタリと動きが止まった。

「おう。たとえ二人を見つけても、船が無けりゃ、島から出て行くこともできない。いうなりゃ、この船は俺らの生命線ってわけだ」

 ミリュリカは、どことなく興奮した表情で、「せいめいせん」と反芻した。元々頼られるのが好きな娘である。この効果は甚大だった。

「ま、まあ、やってあげなくも、ないよ?」

 ふふーん、と胸を張りながらのこの発言である。単純思考で助かる。


 船自体を武器にするモールインと、メンバーの中でも割と大胆な方法で敵を撃退するミリュリカがいれば、大抵の襲撃には備えられるだろう。よしんば耐え切れずとも、派手な音が聞こえれば、周囲が気付く。時間稼ぎができる実力はある。


 任せた、と一言述べてから、隣に立つドーザルに視線を寄越す。

「ドーザル、お前は森で食糧と水の確保を頼む」

「…………」

 こくん、と彼は首肯した。食糧庫は、朝に確認した限り、まだしばらくは大丈夫だ。しかし帰りの分も確保しておく必要があるので、島で材料を確保できるよう、段取りを付けねばならない。

 航海中、料理当番を担当することが多いドーザルは、食に対する知識も豊富だ。狩るなり採るなり、食べられる物を見つけ出してくるだろう。


「俺とシガタは、二人を捜す」

 無事に島に辿り着いていたら、向こうもこちらを探して海岸線に沿って歩いているはずだ。二方向に分かれて、ひたすら歩く。会えれば上等。会えなかった時のことは、その時にまた考える。


「日没前には全員船に戻れ。迷子(・・)にせよ宝にせよ、範囲を広げて捜すにしたって、準備不足でこっちがのたれ死になんざした日にゃ、元も子もねぇからな」


 じゃあアタシはこっちに行くわね、とシガタがひょいひょいと軽い足取りで歩いていく。

「シガタ気を付けてねっ!」

 ミリュリカがぶんぶんと手を振っている。

「お兄ちゃんも! あと、仕方ないからガルドの無事もお祈りしてあげる」

「そりゃありがてぇこった」

 常々疑問に思っていたが、この対応の差はなんなのだろうか。ゾイは喧嘩仲間なのだとして自分は曲がりなりにも年上で上司でリーダーなのだが。絶対的にシガタの影響だろうという予感はあるが。

 やれやれと首裏を掻きながら、シガタとは反対方向へ歩き出す。


 潮の香りが、鼻をつく。至って普通だ。

 なんの変哲も無さそうだからこそ、宝の在り処は見つけ難い。山のひとつでもあれば、そこを中心に探すものの。



 にしても、よくもまあこんな辺鄙な場所を見つけ出して、大事な宝を隠したものだ。



 ――大海賊ドンペルク。

 かつて、海の王とさえ称された、伝説の海賊。

 “海で会ったら、命は無いと思え”。

 そうとさえ言われた彼であるが、その実、一般の船舶は襲撃していない。正義心からではなく、単に労力と報酬が釣り合わないからだと明言していたらしいが。


 彼の財宝は、本人が大病により命を落とす前に、少なくともその半分が貧しき街へ寄贈された。死の国に持って行けないのだとしても、お偉い方にくれてやるのは癪に障る、と。

 それから、四分の一を騎士団へ。いろいろ壊しちまったから詫びだ詫び、ありがたく受け取れ、と。

 残りは、本人が部下に指示を出し、世界中に散りばめて隠した。


 その一部が見つかったのが、三ヶ月前。

 四分の一の、更にその一部。だというのにその額は桁外れのものだったらしい。本当はどこにも隠されていないのではないか、ドンペルクの全財産は今出ているものが全てで、隠された財宝の存在は嘘ではないか、と。ドンペルクの財宝自体が半ば都市伝説と化していた中での出来事だった。

 今、世界は彼の財宝探しに躍起になっている頃だ。この機会を逃せば、いずれ別の輩がこの島に侵入するだろう。


 ――それだけは、どうしても避けたい。

 財宝が欲しいなら、最悪くれてやってもいい。それ以上に、一番に見つけなければならないものがある。



 ひくり、と鼻が動いた。

「――誰だ?」

 素早く剣の柄に手を掛け、臨戦態勢をとる。

 森の奥。茂みの向こう。

 眉を(ひそ)める。おかしい、確かに先程は何かがいたような気がしたのだが。獣とも違う、明確な意思を持ちこちらを“観察”していた視線は、しかし今、完全に掻き消えている。

「気のせい……か?」

 釈然としないものを覚えながら神経を尖らせていると、海岸線の向こうから、今度は見知った気配が近付いてきていることに気付く。

 ゾイとキャルリアンだ。

「無事だったか」

 安堵の声を吐きながら、完全に森から視線を外した。少なくとも今は何もいない時点で、これ以上警戒していても、無為に時間を費やす結果に終わるだけだ。



「兄貴!」

「ガルドさーん」

 互いを視認できる距離に入ったところで、二人の声が聞こえた。返事代わりに、手を軽く振る。

 見つかったのなら、これ以上こちらから歩く必要が無い。ガルドは立ち止まり、彼らが自分のところに辿り着くのを待った。


 最後は小走りになって自分の前にやってきた二人を見、「なんだ、割と元気じゃねぇか」とにやりと笑う。

「それは……まぁ、運が良かったんスよ」

「ご飯もちゃんと食べられたので!」

 しどろもどろのゾイは、チラチラとキャルリアンを盗み見ている。どうやら、多少恩義を感じる何かがあったようだ。この隙を突けば、距離を縮める良いキッカケになるようにも感じたが、肝心のキャルリアンがそれに気付いていない。わざわざ教える義理も無いので、黙っておくことにする。


「飯?」

「ゾイさんが、ウサギと果物を……私もお魚を獲ろうとしたんですけど」

 赤い顔でもじもじしているところを見ると、盛大に失敗した後のようだ。「あんたトロそうだもんな」と飾る事無く本心を伝えれば、しょんぼりと肩を落とした。


「助ける予定が、助けられる結果に」

「お互い様だろ。なあ?」

 黙ったままのゾイに話を振れば、彼はムスッとした顔のまま曖昧に頷いた。まったくもって素直じゃない。いったい誰に似たんだか。


「他の皆さんは?」

「全員無事だ」

 答えると、「当たり前ッスよ」とゾイが胸を張る。その姿が先程のミリュリカと被り、この二人はつくづく精神年齢が同じだなと感じた。とはいえ、ガキがガキらしいのは何も悪いことじゃあない。

「ひとまず戻んぞ」

 二人の頭をぽんと叩く。



「ああ、それと――よく生きて戻った」



 手放しで褒めれば、揃って惚けた顔をしていた。




誰に似たって、そんなの答えはひとつしか((

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