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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第2章 人魚は夜の光を知る
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人魚編(3)「今日、ひとつ見つけました」

 拳大の果実を齧りながら、一夜を明かした場所を後にする。


「近くにいるといいんスけど」

「そうですね」


 くん、と鼻を動かす。キャルリアンの五感は鋭い方だが、自分たち以外の存在はヒットしない。まだまだ先は長そうだ、と心の中で呟く。

 柔らかい砂の上は、歩くとシャクシャクと音がする。足を取られるので、体力を奪われやすいが、かといって森に近付き過ぎても危険だ。

 幸い食糧の確保はなんとかなる。長期戦を前提にして、安全性が高い道を選ぶことにした。



「……あんた、なんで俺を助けたんスか」



 無言の進行を終わらせたのは、意外なことに、彼の方だった。

「えーと」

 正直に言っていいものか、迷う。仲良しこよしなんて嫌いだ、と言ったのは彼だ。しかしいくら考えても、他に理由が思い当たらず、観念する。

「仲良くなりたいからです」

「ふーん。……その方が、兄貴は喜ぶもんな?」

「え、そうなんですか?」


 割合ガルドも、誰かの“ちょっかい”を嫌う性質(たち)だろうと思っていた。頑張れ、とは言ってくれたが、別に応援をしているわけではない。

 単に、キャルリアンの覚悟を試しているだけだ。


 そう告げれば、ゾイは驚いた顔をしていた。数秒置いてから、また、ふうん、と興味があるのかないのかわからない返答。


「私がゾイさんと仲良くなりたいのは、ガルドさんは関係なくて。ああ、でも……」

 貰った言葉が、とても温かかったことを思い出す。

「私は、喧嘩は“嫌い”なんです。仲良くするのは、きっと“好き”です。これから、そうなると思うんです。――それを、教えてくれました」

 胸にそっと手をおけば、その時に胸に灯った温もりが思い出せるような気がした。



「ガルドさんは、すごい人です。怖いところもあるけれど、すごく、優しい人です」


 心の底から自然と出た言葉だった。

 温もりが胸から溢れ出て、手先にうつる。

 心臓の音が、何故かいつもよりも早かった。



「ゾイさんも、そう思いませんか? すごい人だって」

「え? ……と、」彼はハッと我に返り、何故か眉を吊り上げた。「当然っしょ、兄貴がスゴイなんて! 訊かれるまでもないッスよ!」

「ですよね! ね!」


 初めて意見が合った気がする。ついに見つけた共通点に嬉しくなって、思わず手を取ってジャンプする。飛び跳ね、着地を繰り返していると、何度目かで着地に失敗してぐらりと身体が傾いた。

「っと!」

 反射的にか、ゾイが彼女の腕を掴み、転倒を防ぐ。あっぶないな、と文句をひとつ。

 以前ガルドと星空を見に行った時に、同じようにバランスを崩し、彼が受け止めてくれたことを思い出した。顔がガッと熱くなる。どうしてか、ひどく恥ずかしくて。


「……あんたってさ」


 上から降ってきた言葉にようやく今の状況を思い出し、「なんでしょう!」と慌てて顔を上げる。

 彼は躊躇いを見せた後に、普段よりもくぐもった声で続けた。

「兄貴のこと、好きッスか?」

 きょとりと目を瞬かせる。予想外の質問だったからだ。キャルリアンは、自分が“好き”なものを並べ、その隣にガルドを配置してみた。

 微かな違和感。けれど間違いなく、言える。

「はい、好きですよ!」

 にこりと笑えば、何故か呆れ顔を向けられた。


「俺もスゲェ好きッスよ。尊敬してるッス。命の恩人だし、生き方はカッケェし。のたれ死にしててもおかしくなかった俺に、ならここで雑用でもしてろって生きる場所をくれた」


 詳しい事情はわからないが、どうやらゾイは自分とそう相違ないスタートだったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、うんうん、うんうん、と相槌を打つキャルリアンに、「けどあんたのそれは」と複雑そうに言葉を紡ぎ、――はたと止まった。


「……やっぱ、なんでもないッス」

 言うなり、黙り込んでしまったゾイに、キャルリアンはしばし頭を悩ませた後、ぽんと手を打った。


「つまり、私もゾイさんも、ガルドさんを好きってことですよね! それならきっと、仲良くなれます。好きなものが同じなんですから」


 両手を広げて明言したキャルリアンに、流石のゾイも毒気を抜かれたようだった。深刻そうな色が吹き飛んだ拍子に、笑いが込み上げてきたのか、突然腹を抱えて笑い始める。


「なんスか、そのめちゃくちゃな持論! あんた阿呆っしょ!」

「え! へ、変、でしたか?」


 敵の敵は味方、ともいう。なら、好きな相手を同じように好きな人は、友達になれるのではないか。それは、“普通”から逸脱している考えだったのだろうか。難しい。首を捻り、つい癖で親指を噛んだ。慌てて離す。ガルドに叱られてしまう。

 ひとしきり笑ってから、ゾイは突如として我に返ったらしい。ハッと顔を強張らせ、こほん、とわざとらしく空咳をした。


「あー、あー。別に、ちょっとくらい何か被ってたからって、仲良くなる程、俺単純じゃないんスよね。まあ、俺もオトナだし、話くらいフツーにしてやらんこともないッスけどね?」

「ほ、本当ですか!」


 これまでに無い発言に、キャルリアンは目を輝かせた。“話くらいフツーにしてやらんこともない”と彼は言った。これまで目を合わせると逸らされ、隣に座って話し掛けると無言で席を立っていた彼が、である。

 これを大きな進展と言わず、なにを進展と呼べようか。


 あまりの喜びっぷりに、ゾイは身を引きながら「気が向いたら、ッスから!」と慌てて予防線を張る。そもそも先程の発言だって、仲良くなる気は無い、を遠回しに伝えたはずだったのに、なんだって彼女は「はい!」なんて満面の笑みを浮かべながら喜んでいるのか。


「嬉しいです! 私きっと、誰かと仲良くできることも、“好き”なんですね」

 浮かれつつも、どこか他人事のような発言に、ゾイが首を捻る。その表情から疑問を読み取ったキャルリアンが、「今、自分を見つけている最中なんです」と胸の前で握り拳を作る。


「好きなことも、嫌いなことも、これから自分がやりたいことも。私にはまだわからないから。でも今日、ひとつ見つけました」


 握り締めた拳を、愛おしげに見つめる。掴んだものを、なくさないように。優しく目を細めた。瞳は、心の底から喜びの色を帯びている。

 やりたいこと。ゾイは小さく復唱する。つられるように、自身の指先をそっと盗み見た。



 小躍りしそうな程に喜んでいたキャルリアンは、不意に、「あ!」と声を上げた。

「ガルドさん……?」

「へ?」

 キャルリアンの耳は、まだ遠方ではあるが確かに聞こえる彼の足音を捉えていた。

「無事に合流できそうです」

 安堵の息を吐けば、隣でゾイは「え、全然見えねぇんスけど」としきりに目を凝らしている。



 ――噛み合わない二人の仲は、それでも少し、確かに互いに一歩ずつ、歩み寄った……



「もうすぐですよ、もうすぐ!」

「……なんスか、その自分だけ余裕ぶってる顔。すっげぇムカつく」

「え!?」



 ……かもしれない。




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