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囚われの人魚は星を知らない  作者: 岩月クロ
第2章 人魚は夜の光を知る
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海賊編(5)「仕方ないから、信じてやる」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「キャルちゃん、ガルドとなんかあったのー?」

「えっ」


 事務的な会話しかしなくなって、丸二日。目標の島が眼前に迫り、ガルドから船員たちに島での行動を改めて伝えたその日のことである。

 もぐもぐと口を動かしながら、ミリュリカは首をこてりと傾げた。

「見うかあい、いふいふひへうはりゃ!」

 口に物を入れたまま喋るな。いつもなら注意するところだが、下手に口出しすると、何か不躾な質問が飛んで来そうだったため、とても行儀がいいとは言えないソレを無視せざるを得ない。

 こく、と喉を動かして、嚥下。飲み物を口に含み、喉を潤したミリュリカは、ふがふが声を聴き取れずクエスチョンマークを浮かべているキャルリアンに改めて「だって見るからにギスギスしてるでしょー?」と伝えた。


「喧嘩はねー、こじれると、とことんこじれるから。早めに仲直りした方が良いよ!」


 誰の受け売りか、にっこりと笑いながらそう告げた。「どこで憶えてくるんだか」思わず呟けば、ギロリと睨まれる。

「ガルドはさ、アレだよね。大人のクセに、子供みたいだよね。女の子をリードすることもできないなんてさー。やっぱ、男って精神年齢低いのね」

「ああ゛?」

 睨み返しながら、“大人のクセに”という言葉が突き刺さる。確かに、大人げなかった。こんな子供相手に。

 はん、と息を吐く。


「別に争ってるわけじゃねぇ。話し掛けられないから、話さないだけだ。それだけだっつの」


 苦し紛れの言い訳。えーほんとにぃ~? と口元をニヤつかせながら、ミリュリカが頬杖を突いた。だから、行儀が悪いから止めろとあれほど――――



 そのミリュリカの身体が、机と共に一気に横に流れる。

 船が、大きく傾いた。

「なっ――?」

 何が起きた。下手したら舌を噛む、と瞬間的に判断し、口を閉じる。例によって、キャルリアンは傾く世界で平然としている。さすがにその顔は、驚愕に染まっていたが。

『船長、やべーですわー』

 どこからか声がする。モールインだ。彼は、自分が操舵室から離れられない時のために、この船にいろいろと(・・・・・)仕込んでいる。


『突然の嵐、発生! みたいなー? 前といい、なんっしょーね、これ。とりあえず、踏ん張るんでヨロシクでーす。でもできればドーザル氏の援助が欲しいかなぁ』


 いつものふざけた口調は、よく聞くと少々苦しげだ。余程波風が強いのは、揺れを見ても明白である。最後の一言は、ドーザル本人にも届いているはずだ。加勢に向かうだろう。自分までそこに行っても仕方がない。

 あと、考えなければならないのは――


「ゾイはどこだ?」


 鋭い声に、ミリュリカが反射的に返す。「ゾイ、今日は当番とかで」甲板に、と続く声に、その場にいた全員が顔を青くした。あまりにも突然の出来事だ。船内に逃げ込む時間的余裕があったかどうか。この場にいないのはシガタも同じだが、あれはあれで上手くやる。だが、ゾイはまだ経験不足だ。まして、甲板の真っ只中にいたとなると――。

 クソ、と悪態を吐き立ち上がろうとするも、揺れによって阻まれる。ぐらりと傾くと同時に壁際に追いやられる程の強い負荷。繋がれたキャルリアンが、つられて自分の方に倒れ込んでくるのを辛うじて受け止めた。

 前回といい、今回といい。なんだってんだ。


 それともこれは、かつての大海賊ドンペルクの呪いだとでもいうのか。


「――私が」ガルドの腕の中で、キャルリアンが顔を上げた。凛とした眼差し。「私なら、行けます」

 気のせいか。彼女の身体は、仄かに光っている。あの時――海から釣り上げた時のように。

「お前がゾイを助ける、なぁ」

 彼女が海に行くためには、腰のベルトに付いた鎖を外す必要がある。海の中に入れば、彼女は簡単に逃げ出すことができるだろう。

「逃げる口実か? それとも、また自己犠牲精神か?」

 挑戦的に投げ掛ける。私のためですよ、と彼女はこんな状況だというのに強い眼差しを携えて微笑んだ。


「仲良くなるため、です」


 その瞳に、迷いは無かった。

「それに、ガルドさんじゃこの海の中でゾイさんを助けられません」

「は、生意気言うじゃねぇか」

 雪崩れてきた机を足で蹴り止めながら、自分の腰に手を伸ばす。カシン、と音がした。

 続いて、彼女の手首を強く掴む。

「仕方ないから、信じてやる。生きて戻れ」

 カシン、と同じ音。手枷が地面に落ちる。

「必ず」

 キャルリアンは笑った。


「戻ってきたら、星を見に連れていってくださいね」

「気が向いたらな」


 わしわしと髪を掻き混ぜる。周囲の物が音を立てて倒れていく中で、悪かった、と半ば聞こえないことを前提に呟く。しかし予想に反し、ガルドと同じく耳が良いらしい彼女はきちんとそれを受け止めたらしい。きょとりと目を瞬かせると、「仲直り、ですか?」と首を傾げた。

 そうだよ、と返事をする代わりに、「さっさと行け」と頭を小突く。


 小突かれた辺りを片手で押さえ、目を丸くさせたキャルリアンは――何故か、嬉しそうに笑った。

「いってきます!」



 走り去る後ろ姿を見送る。

「が、ガルド……」

 今にも泣き出しそうなミリュリカの声。これまで、こんな大規模な嵐に続けざまに巻き込まれることなどなかったのだ。ガルドが嵐の接近にいち早く気付き、モールインの技術で正しく回避していたから。ガルドの海賊団にとって、この事態は異常事態だった。

 だからこそ、ガルドは不敵に笑う。


「なんも問題は無ぇよ」


 安心しとけ、と。そう告げ、無理やりに立ち上がる。やることは、いくらでもある。あの娘が力強く走る中、こんなところで自分が崩れ落ちている暇はないのだから。




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