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父親・恋人・こころ

父親 恋人 こころ


――愛とは、相手を受容することである。


昔、父親が言っていた言葉だ。

父親は僕が中学のときにとっくに他界している。もう10年も前の話だ。当時の僕にとっては、まさに世界が暗闇に包まれたかのような衝撃だった。

母親は僕を産むときに亡くなってしまった。だから、僕は天涯孤独になった。その後は一人暮らしを続けていた。幸いというか、父親はそれなりに金を持っていたから、僕が大人になって働き始めるまで金銭面での苦労はしなかった。

父親は母親の話をよくしてくれた。自分を受け入れ、愛してくれる大事な人だったと、口癖のように言っていた。そしてその言葉に繋がるのが、冒頭の一文である。


未だにあの言葉の意味がわからない。



25歳になった僕は、都内のとある会社で会社員をやっていた。

残業もほどほど、日曜は休み。給料もそれなりの優良企業だ。女子社員も多く、社内恋愛も少なくはない。だから、そんな環境ゆえに、僕にも彼女が居るのだ。

彼女は僕と同じ会社に勤めるOL。仕事が出来る敏腕だ。そんな彼女と関係を持ったきっかけは、会社で行った新年会だ。入社して3年の僕だったが、特に飲まされるということもなく楽しく新年会を過ごしていたのだが、どうやら具合の悪そうな彼女を見つけたのである。

「大丈夫ですか。」と声をかけ、返事をするのもだるそうな彼女を連れて店の外で介抱をしたのだった。僕にとっては当たり前のことだったが、彼女にとってはうれしかったようである。どうにも、仕事が出来ることが災いしてあまり人間関係はうまくいっていないとのことだった。

それから数回のデートを重ね、なんだかんだと好きになり、告白してから半年。

当初は欠点なんてあるのだろうかと思っていた僕だったが、だんだんと悪い面というのは見えてくるものである。

たとえば、料理が出来ない。出来ないというか、したことがないのだとか。実家暮らしだというから仕方がないのだが、それなりにがっかりしてしまった部分はある。

ほかにも、片付けられないタイプのようだ。片付けられないというのは御幣かもしれない。片付けるときは鬼のように動き、新居かと思うようなきれいさにするのだが、その頻度が少ない。散らかっていても余り気にしないタイプのようである。

そもそも僕は汚さないタイプだったので、掃除ということ自体余りしないのだが、一度彼女の部屋に行ったときに部屋にあるものをふんずけて痛い思いをしてからは、少し問題だなと思っている。


仕事は出来るが、若干ずぼらな部分がある彼女。しかし、そんな部分よりも、僕は彼女がある時つぶやいた言葉が気にかかった。


「愛っていうのは、受容するってことなんだ。」


たとえば、小説家なんかでたまたま気に入った言葉なのかもしれない。

もしくは、テレビのCMかなんかのコピーかせりふだったのかもしれない。

しかし、その言葉は僕の根幹にあって、しかし僕自身が理解できていないものだ。だから、気になったのである。


「それって、誰の言葉?」

「え?今の?うーん、なんだったっけ。覚えてない。それよりさ、この前出来たレストラン評判いいみたいだから行こうよ。」

「えっ…うん、いいよ。」


これまでに数回つぶやいたことがあって、その数回とも聞いてみてはいるのだが、思い出せないらしい。まあ、そもそも特に思うところがあってつぶやいたわけでもないという風であったから、僕としても気にはなるがまあいいかと思わざるを得なかった。


それから数ヶ月後。彼女はある日、血相を変えて僕に謝ってきた。

「ごめん!ほんっとうにごめん!!」

「えっ、なにどうしたの?」

謝られる覚えもなければ、こんなにあわてた様子の彼女を見るのもはじめてである。

聞けば、週末のデートの予定がどうしても行けなくなってしまったのだとか。理由は会社でのミスだというが、彼女が休日に出勤しなければいけないほどのミスをするなんて、珍しいこともあるもんだ。なんて、僕は思った。


その週末。僕は久しぶりにひとりで過ごすことになった。

毎週会う。そんな約束をした覚えはないが、いつのまにかそれが普通になっていた。だから、一人の週末は本当に久しぶりである。


だから、つい。考え込むことになってしまう。もの思いに耽ると言うのは、どうにも気取ってる感じがしてむずがゆいのだが、こんな日くらいはと、いろいろなことを考えていた。


ふと、こんなことを考えた。


彼女の、ダメな部分はたくさん見つけた。もちろん、彼女だって、僕の悪い部分をたくさん見つけたことだろう。お互いに、お互いのだめなところは指摘するか「まあいいか」で済ませてきた部分が多い。

僕たちは相性がいいのかもしれない。なんて、思ったときだ。

ふと、父親の言葉が鮮明によみがえった。


「母さんはな、僕にはもったいないくらいの奥さんだったよ。僕のことを受け入れてくれていた。結婚したのだから、そんなのは当然なんて、思ってるかい?そんなことはないんだよ。人間、受け入れがたいこともあるものさ。もちろん、僕にだって、母さんの悪い部分で、受け入れがたいことも会ったよ。でもね、僕がそれを受け入れられないと思っているのとおんなじで、母さんも僕の悪い部分で受け入れられないところはあったのさ。それでも、僕のことを受け入れてくれたんだ。だから、僕も母さんの悪い部分もいい部分も全部受け止めることにしたんだよ。僕は思うんだよ。愛って言うのはね、受容するって事なんだ。」


僕の中で、何かが組みあがったような気がしたのはそのときだった。


愛とは、受容することである。それはつまり、真心を持って、相手の心を受け入れるって事だったんだ。


その日、彼女は夜の7時くらいに僕の部屋を訪ねてきた。

僕は彼女を心からねぎらい、今日考えたことを口にしたのだった。

彼女は、僕のそんな言葉をきちんと聴いてくれた。そして、僕の受け入れがたい部分を教えてくれた。だから、僕も彼女の悪い部分を伝えたんだ。

普通なら喧嘩するかもしれない。でも、僕らはそうじゃなかった。

お互いを受け入れていた。だからこそ、僕らはそのままでもいいと言い合えたし、前よりももっと好きになれたんだ。


そして、僕も僕の子供にそれを伝えたいと思った。


「愛とは、受容することである。」


「これは、お前のじいちゃんの言葉だ。世界で一番価値のある言葉なんだよ。」


「愛って漢字は、受けるって字の真ん中に心があるだろう。それはね、真心を持って、相手を受け入れるってことなんだよ。」


「お前にも、いつかそんな人が出来るんだ。」


「母さんはな。僕にはもったいないくらいの奥さんだよ。」


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