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15‐揺れに揺れ動く精神状態で行う事

 

  

 そろそろ太陽が真上に登った頃、青いペンギンのマスコットが特徴のお店の目の前に俺はいた。


「ここなんて次の目的地としてはどう?」


 目の前の彼女は先日数日前のことだったか、確か自コミュで外配信という形式でここに訪れ店内を辛口評価であれやこれやと語っていたっけ。


「そういえば前の配信はタイムシフトで見たが、お前は何をやってんだ」

「あれ?面白くなかった?」

「盛大に笑わせてもらったがな、正気の沙汰とは思えなかった、そんな感じだ」


 ちなみに知らない人もいるかも知れないから軽く説明するが。

 配信とはネットで自分の声だけを音声として発信する、そういう情報送受信の俗称だ。自コミュってのはそれをする為の自分の個人サイトみたいなものだ。

 あとここの説明はいるか?まあただのディスカウントショップとでも思ってくれればいいだろう。


「それじゃー入りましょう、ここって建て替えられたばっかりで店として最先端っぽくて面白いのよ」

「確かに一般的なドンキーのイメージと違うな、かなり綺麗でごちゃごちゃしてないかも」


 そんな事言いながら彼女と並びながら入店、またも冷やかしになるかもしれなくてなんだか申し訳ないが。


「うぅあぁ、、、こっち来てイツキ」

「なんだ、て、そっちはジョークグッツコーナ、また変なモノで遊ぶつもりか?商品で遊んじゃいけんと」

「ばかぁ!そうじゃないの!こっち見てよ!」


 なんだなんだ、すると彼女はその場で欲求不満のように体を両手で抱きしめてうずうずした様に震えている。


「どうした?メンヘラの発作か?メンヘラが暴動でもおこしたか?」

「そう、もう駄目、抱きしめてよ」

「いや、冗談で聞いたんだが、なんだ?一体どうしたんだ?」

「うぅ、もう駄目、なんだか頭が痛くなってきたよ」

「おいおい突然どうした、しっかりしろ」

「分かんない、いきなりクールなキャラも何もかも保てなくなったの、突然精神が不安定になりだしたの、うぅ~なんとかしてイツキぃー、、、」


 意味が分からないかもしれないが、これが彼女だ。

 いきなり精神的に情緒的に不安定になりだすきらいがある、それも俺が傍にいる時だけだ、学校でもどこでも彼女がこんな風になったという話は一度も聞かない。

 つまりはかまってちゃんか?と思うかもしれないが、どうやらそうでもないようで、本当に可笑しくなっているらしい。

 本人曰く、俺が傍にいると安心しすぎて、精神の緊張感がなくなってしまうようだ。

 常軌を逸した精神力で日々を上位存在として生きる、そんな彼女の精神の糸を俺が偶になんの前触れもなく切ってしまうらしい、だからこうなるとか。

 一体どういう事だ?と思う、彼女は彼女で精神の限界に常に悩まされているとか昔聞いた、それを俺が支えてやれているとも。

 そんな支えが傍にいる事によって、このように精神が弛緩し過ぎる。そういう精神的な特異現象だとか俺は考えているんだが、真相は全く今を持って闇の中だ。


「とりあえず肩を貸してくれ」

「うん」


 しおらしくなった彼女を引き連れて、トイレ前のベンチに座らせる。

 すると体を寄せてくっついてきた。


「どうした?辛いのか?」

「うん、辛い」

「どれくらいだ?」

「凄く、もし貴方が傍にいなかったら、もう変になるくらい辛い」

「何かした方がいいかな俺?」

「いい、こうやってくれてれば時期に収まる、、かもしれない」


 そうやって少しの間、彼女にくっつかれていると。

 彼女が顔を上げて俺を見上げる、その瞳には大きな不安と何か、そして涙が滲み始めていた。


「どうだ?」

「うぅ、、駄目、どうも耐えられない、どうしようイツキ?」

「どうすればなんとかなりそうだ?」

「イツキが、何かしてくれれば直りそう、直るかもしれない」

「何をすればいいんだ、何でも言ってくれ」

「ここだとちょっと恥ずかしい、けど、でもやってくれないと、、抱きしめてくれる?やさしく」

「ああいいよ、もちろんだ」


 彼女の柔らかい体を両腕で全身包み込むように抱きしめる。

 何か少しでも愛情かそういう物、目に見えない不思議なエネルギーがこもるように抱くと彼女は「あっ」とだけ言って、顔を俺の肩に埋めるように押し付ける。


「ごめんねイツキ、手の掛かる子供で」

「いいさ、こんなのはむしろ俺にとってはご褒美だ」

「だったらいいんだけど、でも、やっぱりこんなんじゃ、強欲な私は満足しないかも」

「抱きしめるだけじゃ駄目か?」

「ううんそうじゃないの、今はコレで満足。でも将来的にずっと大丈夫かどうか分からないってことよ」

「そうか、二人で何か考えておくか?」

「うん、そうする」


 そうやって10分くらい子供を抱くようにしていると、パッと彼女の瞳に力が蘇る。

 それとともに体からも覇気が溢れ出てくる、抱きしめている俺が直に感じるほど、漫画のような感覚だが現実に感じているのだから不思議でしょうがない現象、彼女といるとこういう事に事欠かないぜ。

 彼女は途端俺を両腕で押しのける様に引き離すと、椅子から立ち上がる。


「ふっかぁーーーつ!!、、、、、あっははイツキなおったよ?」


 ちょっと顔を赤くして、恥ずかしさをどこかにやる為にやったであろう動作の後に俺につげてくる。


「おおそりゃ良かった、シャルが元気になって俺も嬉しいぜ!」

「うん!もう大丈夫、二人でこれからも引き続き遊ぼう?」

「いいぜ!お前とならどこまでも遊び呆けてやるよ!」


 歩き出そうとした彼女だったが、その場でしゅんとしてしまう。俯き足を止める。

 そして俺の腕に寄りかかるように縋りついてきた。


「う、やっぱちょっと難しいみたい、空元気でも乗り越えられない耐えられない」

「じゃーこれからどうする?」

「どこか本格的に休める場所に連れてって、二人で心の底から落ち着ける場所、、そうどっか、それっぽい場所にでも連れてって頂戴」

「了解した、その前にする事はあるか?」

「今は特に、、、ぐすぅ、、ひっくぅ、、うぅ」


 そうやって俺の腕に縋りつきながら、声を押し殺して泣いてしまう。

 これは相当である、どこかに早く連れて行かないとな。



 そんないろいろと駄目になってしまった彼女を連れて町をさ迷う。

 ビジネスホテルとかが見つからずしかたなく、てかそもそも学生が借りれるのか怪しかったので。

 中規模な国立公園まで歩いてしまった、その間ずっと彼女は俺に寄りかかったまま一言も発しなかった。

 今は取り合えず大きな人工の泉と噴水が望める場所、林のベンチみたいな所に二人で座っていた。


「こんな場所まで、ごめんなさいねイツキ」

「いやはや、悪かったないろいろと手間取って」

「ホテルとかに連れ込んでも良かったのに、、」

「ああ?ホテルなんざ学生じゃ無理っぽくないか?」

「無理くない、シャルロットの実家に電話すれば、大概どうにかなるし、それでなくても親の同意だけでどこでも大概どうにかなるし」

「そうだったのかぁー一度も借りた事するなかったから分からなかったぜ」


 そんな適当に雑談をしていると、彼女は俺の肩にまたくっ付いてくる。


「なんでこんな駄目な女なのかしら、自分が嫌になる」

「らしくないなー愚痴か?まあそんな時もあるさ、普段が完璧超人なんだ、偶とは言わず朝と夜でそう変わってくれた方が、俺としては可愛がりがし易くて嬉しいくらいだ」

「可愛がりって、いじめるって事?」

「はっは、それもいいな、俺は弱ってるときシャルを虐めてしまうぞ?がぁっはっはっはぁ」

「なにそれ可笑しい、虐めてくれてもいいよ、貴方にされる事ならたぶん、どんな事でも嬉しくなると思うから」

「気が向いたらな、それよりシャル?大分落ち着いた感じか?」

「うん、楽にはなってきてる、あと少しこういう感じでいたら治るかも」


 そう言って、二人でお互いを至近距離で眺めあう。

 彼女の美しい金髪は綺麗で、そして青い瞳は深く澄んでいてどこまでも美しい宝石のよう。

 それを暫し見つめていると、吸い込まれそうな錯覚すら受けた。

 彼女が好き過ぎて、熱情と魅力とに支配された頭の方が多少やられているらしい。


「イツキ、さっきも言ったけど虐めてみる?いつもと立場逆転できるチャンスだよ」

「そうだな、いつもいつも俺は虐められる側だ、たまにはそういう催しも面白いかもしれない」

「そうだよ、触れ合おう? お互いをもっと深く知り合いたいの、そうすれば、きっと私を苛む何かから、私は解放される、そんな予感に似た確信があるの」


 彼女の瞳には確信に満ち溢れた、何か大きすぎる希望を写しているような眩しいほどの輝きが合った。


「まだ俺とシャルは知り合いきれてないか?」

「ええ、私が貴方の中に見る希望は、こんなモノではないはず。知りきれば私は全てを手に入れるよりも、ずっとより高次元な幸せが手に入る。出会った時からずっとこの確信をいつも抱いているの」

「俺だってシャルに、俺にはないそういうもの、それこそ出会った時から実は持っていたりするんだけどな」

「そう、お互い相手に過度な期待をしているのかもしれないわ。でもそれがお互いにとって大きな喜びになるなら、例え錯覚だろうと実は間違っていようと、決して無駄にはならないはず。だって現に今は、私達はお互いを大きな喜びとともに誰よりも想い合えているんですもの」


 そういって、何かを探すような注意深い好奇心に溢れた目で、最大限俺の中を見通すかのように見つめてくる。

 俺だって同じだった、シャルの中にある、ありそうだと俺が勝手に考える大きな夢のような希望、最大限理想化された何かを見出そうと必死で全力だ。

 お互いがそういう風に相手を本気で心から想っているからこそ、俺達はお互いをより大きな喜びを与えてくれる対象として感じ、見れるのだろう。


「イツキは私の事が好き?」

「もちろんだよ、お前ほど好きな対象なんて他にないぜ」

「そして私もイツキが好き」

「うん、きっとそうだって俺も信じてる」

「この関係性だけは私、なくしたくないわ。その為ならなんだってする。それだったらイツキは私をずっと好きでいてくれる?」


 そんな縋るような瞳しないで欲しい、そんな分かりきった事も今さら聞いてくるのも何か意図があるんだろうと推測して答える。


「お前がお前でいてくれる限り、というよりも俺が俺でいられる限りか? とにかく既に俺は絶対の領域でシャルが好きだ、そういう認識の対象なんだよ、何されようがどう変わろうが、俺がお前を好きじゃなくなるなんてありえないことだ、お前だって俺に対して似たような感情を抱いてるんじゃないか? この際だ、お互いの感情を暴露しちまおうぜ、そうしたらお互いの事をより知れるかもしれない、大方そんな事を考えているんだろう?なあシャル」

「そのとおりよ、貴方の口から直接聞けば、何かより大きな実感となって、この想いが強くなる気がしたの。偶には好きって口で言ってもらった方が、よりそうだって実感できるのと似たようなモノ、それを更に拡大させてお互いの存在がお互いにとってどういう意味を持つものなのか、それを直接イツキの口から言ってもらいたかったの」

「それじゃ、次は俺の番か? 盛大に俺に対する愛の告白をしてもらおうか」


 そう言うと、途端彼女は視線をさ迷わせ恥ずかしそうにする。

 雰囲気作りは彼女の十八番、演出屋の彼女はどこまでもこういう所に抜かりがない。


「イツキは、私にとって唯一、絶対の何か、そういったモノを内から感じられる存在。貴方にしかない可能性、それに私は私の全存在を賭けているの。この先もずっとベット、掛け金の続く限りは貴方に私の全てを賭けて、可能性の模索をしていきたいと思っている。貴方の個性がどれほど輝き、そして私がその助けになって、どれほど好きになってもらえるか。そういうこの世界に唯一無二の可能性、それに私は全てを全部捧げたいの、その対象が貴方」


 そう語る彼女に、確かに俺も実感を強くする、何の実感か、そうだこれは彼女という存在の実感だろう。

 俺の中でシャルという存在がどれほどか計り知れないが大きくなった気がしたのだ、こういう意図がこの会話にはあったらしいと今さらながら悟る。


「どう?わたしのこと、もっと好きになった?」

「シャルの方こそ、もう俺にはメロメロか?」

「ふん、愚かな質問よ、私はもう昔から貴方にメロメロよ」


 そうどこまでも真剣な表情で語る、ならば俺の方もそれに同じように答えようか。


「そうか奇遇だな、俺ももう結構な昔からお前にメロメロだ」

「メロメロな者同士仲良くしましょう?」

「そうだなメロメロしてる者同士これからも末永く仲良くやっていこう」

「まるでバカップルみたいな会話、私がこんな話しを素でする事になるなんて、貴方の可能性は計り知れないわ」


 そう言って唇を軽く噛むようにして悔しがる彼女は、それはそれは可愛くて、どこまでも守りたくなるよう慈愛に溢れる姿をしていた。


「いいんじゃないかバカップル、そうやって傍からの、自分の客観的視点すら置き捨ててお互いの事だけに没入して盲目的に想い合う、それこそが真の」

「真の?」

「なんだと思う?」

「真のメロメロ道?」

「ちゃうちゃう、そこはハッキリと正解を言ってもらわないと」

「貴方が言いなさいよ」

「いやいや、俺はそっちに言ってもらいたい」

「だめ、私は貴方に言ってもらいたいの」


 お互いをお互いが睨み合う、一触即発とした殺伐とした雰囲気になる。


「駄目よ、漫才じゃないんだから、楽しいだけ、面白いだけ、エンターテイメント性を追求するだけの掛け合いなんて馬鹿げてる、貴方は私に義務よりも重い使命を持ってるの、しっかりと一切の躊躇なく私を安心させてくれる言葉を投げかけてくれるべきなんじゃないの?」

「本当に今すぐ言った方がいいのか?」

「うん、なんだか精神が壊れちゃいそう、大いなる不安に今襲われてる、はやく安心させてよ」


 またもシャルは縋るような目をして、一心に俺を見つめながら俺からの言葉を、というよりその一言を待っている。

 これはちょっとやそっと恥ずかしくても言わなくてはいけないのかもしれない。


「愛しているよシャル」

「キャっ!」


 シャルは言葉を受信した瞬間、恥ずかしくてどうにもならないといった感じで、顔を隠して悶えだした。

 そんな風に顔を手で隠しながら、体全身感動にでも打ち震えて、一人でトリップしている彼女はずるいと俺は思ったので。


「シャルも言ってくれ」


 彼女は、すこし立って落ち着いたのか、ほんのり赤い顔でこちらを真っ直ぐ見てきた。


「なに?貴方もこの感覚を味わいたいの?」

「そうだよ、はやくクレクレ」

「ふざけた態度、照れ隠しのつもり?可愛いわね、貴方のそういう所が私は好きなのかもしれないわ」

「一緒にいて楽しいんだろ?俺だってシャルといる時は常に感じている感情だ、こういう感情が、たぶん何より大事なんだろうな」

「ふっふ、確信を突くのね。そうよ楽しさこそ、私達がお互いに求める最大のモノ、かもしれない」

「むしろそれ以外には無いんじゃないか?」


 そのタイミングで彼女は一息付いて、こちらに力強い眼差しとともに宣告するように何か強い迫力を言葉に乗せた。


「そう、私が最も欲しいモノを、いつも惜しみなくくれる、そんな貴方を誰よりも愛しています、この愛は一生変わらず、変えない為に全力を尽くす、それこそが私の貴方に対する想いの最大証明になるって信じてるから」


 俺は彼女の言葉一つ一つを心に刻みながらも、疑問に思った事を投げかけてみる。 


「想いの最大証明か、興味深い話しだが、そんなモノは俺とお前の間じゃ不要なんじゃないか?」

「それもそうね、常に四六時中証明し続けてるものね。お互いがお互いの為に全力を尽くして、その至らなさに思い悩み苦しんでいるなんて、距離の近すぎる私達はわかりきっている」

「そうだよ、いつも傍にいるんだ、日頃からずっとお互いの顔見て過ごしてる様なモンだろ?」

「ええ、とりあえず今は変に証明しなくても、お互いがそれを認識できるみたい。生活空間が全く同じっていう大きなメリットね」

「でも、そんな常に感じてる事でも、改めて本人の口から情熱的に感情を込めて言われると。何かあれだな、いいものだな」

「でしょ、私も先ほど確認したわその事実に。一日一回とかはやり過ぎだから、偶にはこうやって遊びましょう?」


 そうやって悪戯っぽく笑う、俺もこれが遊びに類するモノだって知ってる。そう遊びに全力投球で必死でどこまでも真剣なんだ。


「ああ、遊び相手としてはシャルは俺んなかで最高だ」

「それは光栄ね、私の中でも貴方は最高の遊び仲間よ」

「シャルの中で最高の遊びってなんだと思ってる?」

「そうね、、、それはいろいろあるけど、強いてあげるとすれば、恋愛かしら?」


 なるほど、俺達は遊び遊びといいながら、恋愛をしていたらしい。という事実に思い至ったのは実は最近だったりする俺たちなのだった。

 

 

 

 先ほどの自然公園で多少ぐだぐだ喋っていると、シャルもスッカリ回復したのか今は俺と一緒に街区を歩いている。


 午前中歩いた町並みを逆走しているが、果たして彼女は目的地を定めて歩いているのだろうか?


「おーい、シャルぅーどこ向かってんだぁ?」

「さて、どこでしょうね、当ててみる?」


 彼女は横を向いて尋ねてくる、沢山の人と喧騒が溢れている昼も中頃なので話し難いが大きな声で無理矢理話す。


「よし、あそこだろ?さっきのペンギンがいる所だろ?」

「あら、凄いわね、まさか当ててくるなんて」

「まじかよ、この時間帯に行くべき所か? そろそろ俺はどっか遊べる所に行きたいんだが」

「可笑しな事を言うのね、立派な遊び場じゃない」


 まるでどっかのDQNのような事を言う、ドンキーを遊び場扱いするとは彼女も中々に侮れない人種なのかもしれない。

 そう戦々恐々していると、彼女が一本道を変えてドンキーとは別のルートに入る。


「うん?どうしたんだシャル?こっちは道が違うぞ」

「あなた何か勘違いしているようね、面白いからそのまま付いてきなさい」

「何だ?これって何かの叙述トリックかぁ?」


 そういう俺の意味不明であるという言葉には答えてくれない、俺が多少不安げな面持ちをしているのを楽しむかのようにしている。

 そこで傍と何かに気づいたかのように一瞬だけ足を止めてくる、俺もそれに釣られて一旦止まる。


「そういえば貴方って水族館って好きだった、まさかだけど嫌いなんかじゃないでしょうね」

「あ、そういう事か。ペンギンがいるってあの最新の水族館のこと言ってたのかすっかり騙された」

「ええ、その通り。そこいこうと思うんだけど、良かったかしら?」

「もちろん、俺も行って見たいと思っていたんだ」


 なら決まりとそのまま歩行を再会する彼女。

 この街区をまっすぐ突き進むと、海沿いの大きな駅にたどり着く。

 そこのすぐ傍にビルの中に埋もれるように、中規模の水族館が出来ているとか聞いた事があるのだ。


「しかし、本当にペンギンなんかいるのか?都会の箱庭的に多少の水槽の中の魚が楽しめるくらいの場所って思っていたんだけど」

「そうでもないみたい、割と広い場所で手広くいろいろな種類の海の生物が見れるらしいわ、昨日調べておいたの」

「ほお、準備万端だね、今日はそこに行こうって決めてた?」

「そう、この町で二人で行けそうな楽しい場所は調べておいたわよ」

「悪いね、俺なんか何も調べてなかったよ」

「いいのよ、それも予測済みで、貴方の努力が徒労にならない事も考えに入れていたもの」


 そういって凛とした笑みを見せる、いやはや出来る女って感じだ。素直にカッコいいと思えてしまう。

 しかし恥ずかしい話ではある、こういう役目は男が普通やっていそうな事なのだが。


「それにしても、シャルはこういう形式で町を回るのって手馴れていたりするのかな?」

「うん?そんな感じに見えたのかしら?」

「いいや、何となく気になって聞いてみただけ」

「あんまりないわね、でも擬似的なモノでいいなら沢山あるわね」

「擬似的というと?」


 彼女はすこしその場で又も立ち止まり、すこし考えるようなそぶりを一瞬見せ、まあいいかといった開き直った表情で答える。


「擬似的って言葉を具体的に話すのは気が引けるんだけど、まあ具体的に言ってしまえば乙女ゲーよね、このシチュを沢山経験する機会と言えば」

「インドア派のシャルらしいな、そのゲームだと他の男性と沢山こういうデートしてるって事?」

「ゲーム脳ってわけじゃないわよ。あとゲームの話でしょ、嫉妬しないで」

「いや別に嫉妬してるわけじゃないよ、あと俺はゲーム脳だよ、シャルもそうであってくれた方が話が合って嬉しかったんだけど」

「なんだそれじゃゲーム脳って告白するわ」


 とか言いつつも、俺達はお互いがそれなりのオタクである事を知っていた。こういう場合は忘れた振りをするつもりだったようだ。


「それで、貴方もこういう形式で街を歩くって慣れてたりする?もちろんゲームで、現実の話はしなくていいわよ」

「ゲームかい、現実ではあまりないかもな、しかも女の子と二人では。ゲームだとシャルと似たような感じだと思うよ」

「ギャルゲー?それとももっと年齢制限が高いゲームで?」

「それは追求しなくてもいいと思う」


 そこで彼女はポッケトの携帯をまさぐって、ちょっと電話するわと言って、丁度合ったベンチの前に立つ。


「誰かに電話するの?」

「そう、私ってね、脳内に沢山の彼氏がいるのよ」


 なんだ、どういった話の展開だろうか? 俺が訝っていると彼女は続ける。


「一人で寂しかったり、一日中誰とも話さない日って偶にあるでしょ?」

「うん、まあな」

「そういう時はこうやって脳内の彼氏に定期的に電話しなくちゃいけないって妄想を転がして遊ぶのよ、それも人がいる外でね」

「それはなんだ、中々に面白い趣味じゃないか、俺も偶にするぜ」


 と、あまりにあんまりの趣味の暴露に俺も気まずくならないように話しをあわせる。そんな事は流石に今まで一度もした事なかったが。


「あら奇遇ね、こんな趣味持ってる人に偶然出会えるなんて」

「まあ基本だろ」


 さもそれが当たり前の事のように言ってみる。


「そうよね、私達のような人種ならこれくらい当然よね。ちなみに今から電話するのはちょっとヤンデレ気質な彼で、定期連絡を怠ると浮気を疑われて大変な事になるわ。まさか今現在浮気に近い事をされているなんて夢にも思わないでしょうね、私はその背徳感も合わせて楽しんでいるの、覚えておいて」

「うん、それを俺も楽しめって事ね、了解したよ」

「貴方にもこういう彼女はいないの? どうせならダブル不倫デートしましょうよ」

「アブノーマルすぎるだろ、それは。俺にはそういう彼女いないよ、定期連絡も必要ないから今は大丈夫」

「そうなの、残念だわ。それじゃ今からすこし電話するから黙っていてね、もし声を聞かれたら不味いから」


 そう言って、一人で電話をする振りだけして話し始める。

 話しを傍で俺も聞いているわけだが、慣れているのか本当に電話の向こうに他の人が居るかのようだ、臨場感が半端ない。

 ちょっと気持ち悪い気もするが面白いな、こんな彼女の一面も。こういう面があるって知って欲しかったのだろうか?


「あー、今居る場所まで聞かれたわ。ちょっと焦ったけどたぶん何も勘付かれてない、何だか怖くなってきてしまったわ」

「まじかよ、まさかここまで追って来ないだろうな」

「大丈夫、場所までは知られるはずもない、携帯に発信機っぽい機能も付いてないしね」


 そんな妄想会話に花を咲かせている俺達、まあこういう催しもありっちゃありだな。


「こんな私だけど、受け入れてくれる?」

「突然どうした? 大丈夫だよ、さっきも言ったろ? 俺もシャルほどじゃないが同じ事してる人種だって」

「本当に? 私って実は貴方達と出会う前って、乙女ゲーとかに生かされるような超インドア系の根暗のオタク女子だったんだけど」

「かまわんよ、俺も他人に誇れるような人間じゃないしね。シャルに多少可笑しなところが合っても全部受け入れると思うよ」

「ありがとう、それじゃ私の好みとかも受け入れてくれるかしら?」

「なんだね、何でも聞くぜ」


 彼女は俺を見つめて何かすこしだけ間を空けて告げてくる。


「実はね、別に貴方の人格とかを否定するわけじゃないの、個性が嫌いってわけでもなくて、あのねぇ」

「なんでも言っていいよ、俺ができる、というか合わせられる事ならなんでもするって」

「私って実は、いつも思っていたんだけど、貴方に俺じゃなくて僕って一人称を使って欲しかったのよ」

「僕か?いいぜ、まるで小説の主人公っぽいじゃん。常には無理だけどシャルの前だけならこれでもいいよ」

「あぁ、、いいわ、やっぱり僕って言葉の方が甘美な響き、その方がムードというか私が盛り上がるからそれで行って頂戴、お願い」


 彼女は胸を押さえて悶えている、そんなに僕って一人称が好きなのだろうか? 新手のフェチシズムなのだろうかコレ??


「僕って一人称ってどういう所がいいんだ?」

「全部よ、俺よりも従順で純朴な雰囲気があるわ。私が僕って一人称を使ったところを考えてみなさいよ、分かり易いと思うから」

「うん、なんとなく想像できた。まあそれでシャルが喜ぶなら僕もコレで行くよ」

「わあぁ!なんだか優しさがアップした気がするわ!貴方見た目的にもそういう一人称いける感じだし、普段もそれにすれば?」

「いや、それはちょっと。あんまり一般的でない一人称はさすがに使い難いよ」


 そういって喜ぶ彼女、こんな事くらいで喜んでくれるなら俺としても願ったり叶ったり得した気分である。


「そういえば、貴方ってゲーム沢山やるのよね?」

「おお、やるよ」

「僕って使ってよ、不自然っぽくて使いにくいのは分かるけど、不自然に避けずにバンバン使ってよ。私が喜ぶんだからぁ、ねえお願い?」

「分かったよ。うん、僕もやるよ」

「うっふふえへぇ、、、、こほんごほん!、、そうなの、私も沢山やるのよ」


 なんだ、この普段の彼女と一風変わった反応は、新鮮だからか分からないが滅茶可愛く見えるぞ。


「それでね、貴方ってさっきも言ったけど、こういうシチュが多発する。そういうゲームやるのよね?」

「うんやるよ、僕もそういうゲームに昔は生かされていたようなものだし」


 なんだ? 一人称に引きずられる形で語調も変わってるか? まあ彼女の好みが分かってなんとなく合わせてしまっているのだろう。


「そうなの。そして気になったのだけれど、貴方って乙女ゲーとかはやった事ある?」

「少しだけならあるよ。沢山の男性が歌う感じのアレなら、ちょっと話題だったから体験版とかやってみた事あるよ」

「やっぱり。私も女子だけどギャルゲーやらをやってみる事もあるから、興味がまったく無いとは思っていなかったわ」

「それで、それがどうかしたのかい?」


 彼女は今一つ、踏ん切りやら判断がつかないのか。その場で考える仕草をしだす。

 でも即断即決の彼女はすぐに答えを見出したのか、こちらを見てまた話し出した。


「もしかしたら、貴方もそういうゲーム楽しめるんじゃないかって思えるの」

「うん?もしかして僕にもそれをやってみればって事?」

「ありていに言えばそうね、私の目的を率直に言うとね。乙女ゲーにも名作って多いのよ、物によっては得られるものも多いわ。そして貴方がギャルゲーの代わりでもいいから日々少しずつでもしてくれれば、もっと私好みの女性の視点も解する、そんな素敵な男性になると思うの。もちろん今も十分素敵な感じだけど、できれば尽くせる手は全て尽くす主義なの。私が手助けして貴方を引き上げるわけじゃないけど、こういう方法でもっと自己成長できるかもよって事?どうかな?やっぱ嫌だったり引くかな?」


 かなり長い台詞を淀みなく話す彼女、なんだか凄い計画を内に秘めていたようだ。

 俺的には別に悪い話じゃない、暇つぶしにやる程度ならなんら問題がない気がする。すくなくともライトな奴は今もやっているわけだしな。


「ぜんぜん、むしろ僕もシャルが進めることなら間違いないと思うしやってみたいよ」

「よかった、貴方がもっと成長すれば、直接的利益を得られるのも私だしウィンウィンよ」

「でも、僕ってそういうゲーム持ってないよ、シャルが貸してくれる感じかな?」

「もちろんよ、全部私に任せてそこら辺は」


 なんだか張り切りだした彼女、なんだか彼女色に染められているようなそんな錯覚。

 一方的にやり込められているってのは、なんだか俺の性にっていうかキャラに合わんし、なにより俺自身納得できないぜ。それなら。


「だったら、シャルの方も僕の進めるギャルゲーやってみない?お互いにやったゲームの感想とか言いあえて面白いと思うんだけど」

「ナイスアイディアだわ!それ。私も男性視点を極める事で、より貴方を喜ばせる力を鍛えられそう」

「それじゃお互いゲームを貸しあう形でやっていこうか?」

「それがいいわ。でもギャルゲーかぁ~もっと刺激的な内容の方が私的には好みなのよねー」


 そう言って、流し目でこちらを見てくる。・・てぇ!なんだそれは、もっと年齢制限厳しいモノを貸せって意味かそれはぁ!


「あっはは、その件に付いては、また他の機会に語り合おうか」

「そうね、こんな場所で話す事でもないかもね」


 いやはや、なんだかディープな件になりつつある気がする。てかそもそも彼女が貸してくれる方は健全な奴なんだろうか、かなり心配だ。


「でも貴方にそういう意欲があって嬉しいわよ、もっと私を心底喜ばせられる、そういう男の子になってね。私も全力で貴方をときめかせられるように、そういうゲームで努力するから」

「はっは、まあゲームなんだから、楽しむついでにそういう力も高められればいいな程度に考えればいいと思うよ」

「いや、私は強欲なの。一石二鳥じゃないと何もかもしたくないの」

「うん、なんだかその強欲さは頼もしいね。僕も君に合わせたほうがいいかな?」

「もちろんね、付いてきてよどこまでも。私は貴方なら、私の隣に立ち続けられると信じてるんだから」


 そういって、なんだか情熱的なモノを視線に込めてこちらにガンガン押し付けるように浴びせてくる。

 うわぁー期待が重くて重くて、俺なんかで抱えられるかどうか果てしなく不安だ。大丈夫だろうかねこんな俺なんかで。

 期待に全て答えたいのは山々なんだが、俺の能力的にも性格的にも、彼女にどこまでも着いていけるだろうか?ううむ~。


「あら?期待しすぎて重圧になっちゃたりしたかしら? でも我慢して、限界まで。私が良い影響になるように最大限まで調整したいから、もしどうしても駄目になりそうな時、私に甘えたい時とか。恥ずかしがらずに素直に言うのよ? 我慢しすぎて爆発するよりも、事前に手を打てた方が対処がし易いから」

「なんだか情けないよ、僕の出来る限りで頑張るから。君に苦労を掛けさせないようにしたい」

「あら可愛くなっちゃたわね、すっかり私に虜なのかしら? ふっふ、そういう状態もとってもキュート、楽しいわ。偶にはそういう姿も見せてね、普段私ばっかりヘラったりして変な姿が見られてるんですもの。情けなくて情けなくて鬱憤たまっていたの、ホント偶にでいいからそういう姿で私を癒して頂戴?」

「うん、こんな事で君の助けになれるなら、僕は何だってするよ」

「えへぇへぇ、、、まずいわ、にやけが止まらない。なんで貴方ってこんなに可愛いのかしら?カッコいいときもあるのにね」

「それはシャルも同じだよ、凄く可愛いときもあれば凄くカッコいい時もある」


 そうだ、シャルもシャルでギャップの強い方だ。というよりも切り替えの幅が広すぎるといった所だろうか?


「うふふ、褒められていると取っていいのかしらね、それ」

「そうだよ、シャルは可愛い時もカッコいい時もある。そのギャップは凄く見ていて僕を、、なんというか必死にさせるものがあるよ」

「もっと必死にさせてあげたい、私に。もっと私で貴方が夢中に求めてくれるようになりたいわね、どうしたらいいのかしら?」

「君が君らしく居てくれれば、僕は常にどこまでも夢中になれると思うよ」


 これは正直な意見だ。彼女は今の状態でも十分すぎるほど、どこまでも俺を必死にさせるような。そんな素敵な人間であり、魅力溢れる女性でもあるのだ。


「私らしくね、覚えておくわよそれ。私らしさこそが、最も貴方を魅了する魔法ってこと?」

「うん、そんな感じだよ」


 そういって、彼女はどこまでも嬉しそうな顔をする。見ていてこちらまで幸福感で溢れるような、そんな太陽のような笑顔だ。


「それ、私に対しては最上級の褒め言葉なの、知ってる?」

「なんとなく、それは分かる気がする。前にシャルに僕が僕らしくいてくれる事が、最大限の望みって言ってくれたでしょう?そのときに感じたモノがそれだと思う。自分の存在全てが認められ、最大限求められている感じ?」

「うん、そう。とっても嬉しくて、なんだか生きてて良かったって錯覚してしまいそう」

「そうは思わないの?」

「思わないわ、まだまだ全然何もかも足りないもの、さっきも言ったでしょう? 私は強欲に過ぎる。こんな事じゃたいして何も感じない、そういうつもりでいたいの、どこまでもね。それこそが私らしさだと、他ならない私自身が感じているわけだし」


 そう言って、深く息を吸い込むようにして目を閉じる。

 精神を集中させるかのような動作。その後、目を開けると何もかも吹っ切ったようなスッキリした表情。


「そうだね、それがシャルっぽさな気が僕もするよ」

「そうでしょう? こんな事くらいで心ときめくような、そんな軟弱な女の子じゃいけないわ。夢見る少女でなく、私が目指す理想の形はどこまでも戦うヒロイン。そんな気高い在り方なの。可愛さは減じるかもしれないけど、それでも私はそうやって全てという全てを自分自身の力のみで手に入れ守れるような、そんな強い生き方しか考えられない。貴方を前にすると、ただ守られるだけの女としての幸せに酔いそうになる時もあるけど、でもそれじゃ駄目なんでしょう? 貴方が求める私らしさって、たぶんそういうのじゃない。どこまでも強情に頑固に自分の生き方を何が合っても貫き通す、そういう何にも、例えそれが貴方だったとしても折れない自我。たぶんだけどそういうのが好きなんでしょう? 私がコロッと貴方に靡いて自分の生き方を捨てたりしたら醒めたりする?」

「別に、どんな風になっても、最終的には全部君らしさって思えるよ」

「嘘。私が折れたら、貴方簡単にポイって私を捨てそう」

「そんな事はないよ。僕に全てを捧げる、そんな生き方しか知らなくなった君も君で十分魅力的に僕には見えると思うよ?」


 またも、何か考えに耽るように斜めに空を見るような動作をする彼女。意味もないような、ただ時間を定期的に潰すような雰囲気だ。

 リアルタイムで話していると、やっぱり俺自身も言葉が見つからなくなってくるし考えを見直したくなったり色々する。

 彼女は俺のペースに合わせてくれているのだろう、優秀すぎる彼女の頭脳のペースで全力で話さず。定期的に俺が一息する為の間を取ってくれる。

 リアルな雰囲気やムードを大事にしてくれているのだろうか?俺としてはそんなの気にせず我が侭に振舞ってくれてもいいんだがね。


「あれ?良く考えたら私、既に貴方に全てを捧げる幸せしか知らないかもしれないわよ?」

「本当かな、僕から見たら君はもっと沢山の幸せの形を知ってるように見えるけど」

「ええ、沢山幸せを知ってる。でもたぶん、私が幸せになる最大の理由は、貴方を幸せにしたいから。そうだと常に感じてる」

「君の幸せが僕の幸せになる。うんそうだよ、シャルが幸せになる事が僕にとっての最大の幸せでもある、本当だよ」

「知ってる、いつもわたしがちょっと嬉しそうにするだけで、過剰と、私からは思えるほど貴方いつも嬉しそうにしてる。それがとても嬉しいの、知ってた?」

「うん知ってるよ。僕がちょっと笑ったり嬉しがったりすると、いつもシャルは大きく感情を動かしてくれる。それが何よりも嬉しい事なんだと僕は感じる」


 彼女はこっちを最大限見てくる、俺という存在を全身で感じたいかのように。

 俺を直接触らずに、薄目だけ開けて全身の神経を研ぎ澄ましている、俺を含めた辺りの空間全てを直接知覚しているかのような姿だ。

 たぶん彼女にはそういう不思議、というよりも高次元の人間だけが行使しえる才能があるのかもしれない。

 こういう形で俺を感じるのが、何よりも彼女自身が満足するような知覚方法。

 妄想や想像を最大限駆使し、一切遺憾なくそれらを発揮し尽くすして、今を最大限楽しんでいるのだろう。。

 それによって俺という存在、今の雰囲気等々全ての情報を、補完して欠損部分を埋めた情報を含めて集積し保存する。そのような最高のインプット方法なのかね。

 そのあとその情報を最高に組み合わせて、妄想を転がして遊んだり最大限理想的な娯楽として再構築する。

 現実だけでは決して満足しない彼女らしい、今の全てよりも高次元の何かがあると常に信じて疑わない。そういう常に抜かりのない生き方の姿勢なんだと思う。

 俺はそういう風に今の彼女を想像も交えて直接傍で見て感じて、ホント楽しく思っているのだった。


「やっぱりこんなんじゃ駄目ね、全然駄目、これでは駄目」


 彼女は集中状態を解いたように、目を普通に開けてこちらを見てきた。


「直接触ってみないと感じられないものもある、これが私の才能の限界か。それとも貴方の理解の困難さが原因か」

「どうするの?」

「別に何も、理解できない感じられないからこそって、そういう楽しみもあると思うし、今は容赦してあげる」

「僕は容赦してあげないよ?」

「なに?何か貴方の方からしたい事でもあるの?」

「そうだね、君に触ってみたい」

「あら嬉しい、存分に触れていいのよ? 触れれば無くすものも、私はあるんじゃないかと思って、怖くて触れないのに。貴方の方からそれを行なうなら、怖いしなんだか惜しい気がするけど、やっていいわよ?」

「別に、そういう言葉を投げかけたかっただけで、本当に触れるわけじゃないよ。僕も君と触れ合わない、そういう微妙な距離感を楽しむ趣も解するんだよ」


 そう言うと、彼女は言葉に反してこちらに気安い感じで簡単に触れてきた。肩を二度ほどポンポン叩くだけだ。


「ほら、距離感なんてこんな感じに簡単に縮められちゃうんだけど?ビックリした?」

「うんビックリした、遠いと思っていたのは精神的なものだったみたいってのが分かるね、こうやって物理的に実際触れてしまうと」

「なんででしょうね? 触れるとなんだかお互いの存在の距離がゼロになったような、そういう錯覚を受ける、錯覚じゃないかもしれないんだけどね」

「触れないと、なんだか離れている気がしてたの?」

「そう、全力で存在を感じようとしてたのに、私の総力を決しても全く満足できる結果が得られなかった。それって距離感を覚えるには十分だと思わない?」


 彼女はなんだか悲しげで不満足そうな顔をしている。俺にはどうする事もできなさそうな問題で悩んでいそうだ。


「なんで直接触らないと、貴方って存在を感じられないの? とてもじゃないけど私は不便でしょうがないと思えてならないわ」

「うん?直接触らないと感じられないって?どういうこと?」

「なんとなく、貴方っぽさを触らないと感じられない、そんな自分の無力感に苛立ちを覚えるのよ」

「別に触りたいときに触ればいい話じゃないの?」

「四六時中触ってられないでしょう、それになんだか恥ずかしいし、貴方もそんな女はうざったいでしょう?」

「そんな事思わない、シャルに触れられるなら常に嬉しいよ」

「それは始めの内だけよ、物理的に近くに感じすぎるのは、たぶんなんか違う。精神的に近くにに感じられるようになりたいの、どうにかできないかしら?貴方がどうにかしてくれると嬉しいんだけど」


 果てさて、どうすればいいのか。物理的距離をゼロにせず、彼女が感じる精神的な距離を縮める方法?でいいのかね?


「君は強欲だから、触れることも含めて、精神的な距離をゼロと認める性質なんじゃないかな?」

「ああぁ、そうかもしれないわ、たぶん貴方に触れないと満足しない、ただそれだけだから、何をしてもどうしようもなかったのね」

「何か、いろいろな事を試してみた感じだね」

「そうよ、貴方知ってる?貴方の髪の毛の色も何もかも、私の大好きな乙女ゲーのキャラとかと全力で重ね合わせて、全力で貴方という存在を楽しめるように、私の頭脳の総力を結集していたの。それでも触れたときの感覚には到底及ばない。私はそんな貴方の価値の絶対性に、なにか理不尽なモノを感じていたのかもしれないわ」

「君こそ知ってる?僕はシャルに触れても、何をしてもだよ?シャルの全てを感じれる気がしないんだよ?」

「ええ知ってるわ、貴方じゃ直接触れても、なんだか満足できないってね。私は自分で言うのもアレだけど、表面に出してるモノが内に秘めるものに比べて少なくなりがちだから、貴方にとっては表に出てるのが氷山の一角に感じられて物足りないんでしょう?」

「そうだよ、どうにかできないかな?君をもっと感じれないかな?」

「難しいわよそれって。私も自分のうちに秘めるものが多すぎて、それを全て表現する術もなければ、受信する貴方が全て情報として一度に処理できるとも思えない、諦めて頂戴な。女性はミステリアスな方が魅力的に見えるでしょう?ほら?」


 彼女は自分をさらけ出すように、腕を広げて自分をアピールするように見せる。

 確かにどこまでも見透かせない、常に底知れないモノを俺は彼女に感じてしまう。そこが好きな要素とも言えなくもないのは事実だ。


「なんだかずるいな、僕だけが君を全て感じれない。そういうのは不公平な感じがする」

「いいじゃない、貴方も私に全ての感情を向けているわけじゃないでしょう?」

「うん?どういう意味?」


 彼女はそのとき、何とも言えない、そうとしか言えない。難しいどうにもならない現実を目の前にしているような表情をしていた。


「言葉の通りよ、貴方は私の全てを感じれないし、だからこそ感情の全てを私に無理矢理にでも向けさせる事ができないの」

「僕は君に全てを向けている自覚があるんだけど」

「それは表面的な感情、魂が求めるレベルではないわ。相手の全てを理解し把握しなければ。とてもじゃないけど私が今貴方に抱く感情は持てないと思えるの」

「そうかな?僕は十分に君に感情を向けていると思うんだけど」

「貴方、私と一つに溶け合いたいと思う?」

「いや、僕は君と一緒に生きたい」

「私は一つになりたい、貴方を私に取り込んで、永遠のモノにしたいと思う。これって女性的感情なのかしらね、貴方の全てを理解し把握しているからこそ、楽しみたいという感情よりも、感情を維持したいと思える。つまり貴方が攻めで私が受けね、何でもしたい欲望よりも、何でもされたい何をされても嬉しいっていう無欲さ、私の感情は絶対だけど、貴方の感情はまだまだ優先順位が付けられる時点で相対的。それはつまり感情が分散されているって事、私は一極に集中された感情全てを貴方に向けている」


 そこで彼女はだれたように言葉を切る。そして恨めしそうな瞳をこちらに向けてくる。


「そう、相対的で感情が分散してるから、他の存在にも感情が向いてしまう、そうでしょう?」

「そう感じるの?」

「言ったでしょう、今の貴方の全てを私は理解し把握してるって、嘘は無駄よ、お見通しなのお見通し」

「、、、例えそうだったとしても、君が一番だよ、これは嘘じゃない」

「それも、、嘘だけど。それでも一番に愛したいという心までは嘘じゃない。だから大好き。そんな一番に愛してないものも、できるだけ一番に愛したいと心の底から思える貴方、誰よりも大好き。絶対に絶対の絶対でなぜだか大事だと思えてしまう。絶対に手に入らない神聖な領域に焦がれるような、またはその聖域に次点で求められているからなのか。とにかく複雑な感情の上、私はどうにも貴方を欲しがるみたい。神のような平等の愛を持っているのに、それを私だけが全力で魅了させればわずかばかり揺らせる、そんな張り合いのようなモノを貴方に感じているのかもね」

「そこまで凄い感情は、持っていない気がするんだけどね」

「私が必死になるんですもの、貴方は凄い感情を持っているわよ、もっと自信を持ちなさい。卑下する事だけが美徳じゃないのよ?」

「そうだといいんだけど、あと僕はシャルの事がどうしようもなく好きなんだけど」

「もうそれはいいわ、貴方も私もお互いの事が好き、それでいいじゃない。良く考えたら。その感情の強さや相対的な位置は、それほど重要じゃない。貴方に一番に求められなくても私はとりあえずの満足は得られるし、感情の強さもそれはそれで良いものがある。どうにもならない現実に愚痴りたくなっただけ、許してね、ごめんなさい」


 そうやって面と向かって言ってくる、自分がどういった事を常々思っているのか知ってもらいたかった。たぶんそういう話だったんだと思う。


「いいよ、シャルの愚痴を僕は聞きたい、さっきも言ったけど君はミステリアスに過ぎる。その神秘のベールの向こう側に僕はいつも全力で必死なんだよ?すこしくらい教えてよ、分かる分だけは分かって、最大限君を知りたいって心、常に抱いてるんだ」

「ふっふ、じゃあこれからは頻繁に愚痴るけど、覚悟しておいてね」

「はっは、いいよ。僕はその愚痴に快く付き合うことは常に絶対に決まってるんだからさ」

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