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どういう事だろうか。最近のこの二人と居ると。沢山の戦闘に巻き込まれる。
「ちょっとイツキ!あんたも手を止めない!!」
「わーてっるよ!馬鹿やろうがぁ!」
今目の前に迫る敵。敵と言うのも憚られる、善良な秩序側の観測者だ。
手にもつ、アトランティックという、現実のゲームで使い慣れてるタイプの。幅広の長刀を振りかぶって、まっすぐに敵に打ち下ろす。
しかし簡単に受け止められて、直ぐに反撃される。強すぎるっ!
俺はすこし舐めていたかもしれない。観測者も何もかも。現実のゲームで(アトランティックというリアルと変わらない格闘ゲームだ)相当上位のプレイヤーだったので、観測者も適当にいなせるだろうと。
でも現実は違った。敵はこの幻蝶蚊帳という。夢世界で確固たる意志を保つ、そういう高度な脳制御と情報処理を行なえる存在。つまり天才だ。ならゲームの腕だって超一流でもなんら不思議はない。
今俺は。奮起数日立たずに追い詰められていた。少なくともこの時の俺は、そんな風に今の状況を見つめいた。
だって敵の精鋭部隊。かもわからない、もしかしたら斥候程度の部隊に追い詰められているのだ。更に敵の後詰めの、これ以上に強い部隊がきたら目も当てられない。そういう状況なのだから。
「やはり強いわね!でもまだまだ!!」
彼女は先日の城での騒ぎで入手した、黄金の剣を華麗に扱い。俺以上の立ち回りをかましてくれてはいるが。どうも分が悪い、敵の数が多すぎるのだ。彼女の抱えてる敵はだいたい十数、俺が二、三人。規格外の戦闘能力に目を剥くばかりだ。
「くっそぉ!!こんな所で!この私がぁ!!しかたない!使いたくないけど使うわよ!イツキ!!私の剣の斜線上から離れなさいぃ!!!」
彼女の方面からの声の一瞬後。条件反射に近い立ち回りで、彼女の振り下ろす剣の斜線上から退避する。事前に剣の能力を聞いていなければ、不審に思う攻撃。敵にとっては苦し紛れのハッタリか、何かに。この場合は幸運にも作用したらしい。
「ディヴァイン!!セイバァー!!!!」
一切の恥ずかしげもなく。詠唱兼神への祈り、呪術的言霊の乗った叫びが響く時空。
次の瞬間剣から黄金の力場が、直線状に迸り。敵の三人が、その奔流に直に飲み込まれ爆裂四散する。
「よし!!やったわぁ!!イツキこのまま押し切るわよぉ!!」
「おおぉ!!」
そのチャージサイクルを要する、ドリームワールド起源の。神に対する祈りの産物。人々の想起により発生した幻想器、あるいは神器は。その機能を万全に果した末、一時の休眠サイクルに入る。一定時間、厳密には3時間だが。この戦闘中は使えなくなる。
しかし、もう何とかなる戦力差だ。俺も気合を入れて剣を振り下ろそうとした瞬間。
「あらあら、ここがバレているなんて。予想外だったわ。でも御免なさい。実は強襲されても返り討ちに出来る所までは、読めなかったみたいね」
そう言って。赤みがかった黒茶髪を靡かせる令嬢が、鋭利な小悪魔のような微笑と共に。銃口の撃鉄を打ち下ろす。
その銃砲と共に、一人が一撃のもと。遠距離からの短拳銃の一発だけで爆発した。いつ見ても規格外だなこれ、普通遠距離用ライフルでもなければ。あそこから撃って当てられるわけないんだが。あの銃も何かご都合主義な不思議アイテムなのだろうか?それとも純粋な腕か?どちらにしても、とてつもなく反則臭い事この上ない。
「レイア!!どういうことぉ!この状況は仕組んだことなの!??」
「いいえ、これは彼らの優秀な諜報活動。情報収集能力の賜物。初めから貴方達を囮にしてたわけでも、売った訳でもないわよ」
「どうだかな、お前なら簡単に俺たちを窮地に追い込んで。それを笑ってみていそうだ!」
目の前の敵達が。明らかに動揺していた。そりゃそうだろう。目の前に自分達よりも相当強いだろう増援。この状況で動揺しない方がおかしい。
俺は俺で、目の前の敵に夢中だったが。どうやら撤退を開始したようだ。すたこら逃げの一手を打つ敵を、追撃して撃破することもあるまい。俺は手を引いたのだが。
「何してるのぉ!イツキ!奴らを追撃して一人残らず撃破するのよ!!」
「ええぇ!!何の為に!益ないだろこれぇ!!」
「あるわよぉ!!私に歯向かった報いを受けさせるのよぉ!!あとおまけに奴らを撃破することによって、現界における必要時間で。活動を制限させることが出来る!!全員この場でやるわよぉ!!やりきるわよぉ!さっさと来なさい!!」
「わかったよぉ!!このまま追撃してやるよぉ!!」
そんな事いいながら、既に初めの口上時点で、彼女に追走して敵を追っていた。
彼女の方が俺より数段素早い。しかし俺も俺でそれなりの移動速度は持っている。彼女の真骨頂は近接戦闘能力にあるようだ。素早さはそれほど人間離れしていない。それでも俺より数倍以上速く感じるが。
でもそれ以上に予想外の事態が起きていた。俺の側面を銀光が駆け抜けていったのだ。一瞬敵からの攻撃?と思ったが、そんなはずはない。後方にいるのはレイアだけだ。だがレイアはさっきまで居た場所で、複数の敵を相手しているはずだ。だいたいにおいて、短拳銃で移動しながらだ。前方で追っている遠く離れた敵を。ピンポイントで狙い打つなど不可能ごとだ。
しかし、目の前でその常識は覆させられている。なぜなら追っていた遥か前方の敵に、その銃弾が命中したのだ。それにより敵集団は、撤退を停止せざるを得ない。直線的に逃げる事ができなければ、必ず追いつかれる。それに銃撃を警戒する為、こちらに向き合わざるを得ないという寸法だ。
一瞬後方を確認するがレイアの姿はない。遥か後方に俺達のアジトがあるだけだ。その確認も一瞬だ。敵が前方から迫ってきている。
ガキンと、剣と剣が交わる一瞬。その衝撃で後方に多少飛ばされながらも、一切体勢を崩さずにまたも激突。
三合四合と切り結びながらも、一切の隙が出来ない。このままでは敵に数的有利を与えてしまうと思いきや。既に敵は一人だけだ。どうやらリリがもう既に倒していたらしい。
「おい!!リリ!!援護を!!」
「良い機会よ!!一人で倒しなさい!!」
「そんな馬鹿な話があるかよぉ!!!」
とか言いながらも敵は一切止まってくれない。例え状況が圧倒的に不利でも一切怯まず、真っ直ぐな太刀筋で向かってくる。
俺は覚悟を決め、ここで敵を始末することを改めて決意する。右に左に、敵の斬撃が迫り。交わしまたは刃で受け止め。大立ち回りを繰り返す。
そうしている内にも、敵の攻撃パターンを収集、集積し。敵の癖を読む思考を継続させる。実際時間にしては数十秒だが、完全に読めた。俺の得意分野であるこの戦闘戦法は。戦闘思考と同時の並行的戦術思考。これにより大体の敵の攻撃は見切れるようになる、更に回避パターンまで読めれば、こちらのもの。
「っ!!!」
敵は明らかに攻撃の質、回避のパターンの変わった俺に圧倒されている。だがもう何もかも遅い、長期戦で良いなどと高を括った時点で俺の勝ちだ。
俺は回避を紙一重で行ない続けるという、戦闘機動のアドバンテージを伴いつつ。更に敵の一瞬先の回避も読んだ、高速連撃によって次第に敵を追い詰める。
そこで俺は刀を一瞬、顔の側面まで引っ張り込んで全力で集中。体全体のバネを最大限引き絞って、弓を放つような鋭い一線を打ち放つ。しかし予想外にも敵はこの、必中必殺の正確無比に練った攻撃を避けやがった。どういう事だよ!
俺は保険に、忍ばせていた短剣を。隙を生む攻撃の後の硬直状態から、無理な体勢で引き抜きつつ。刀を打ち捨ててまで、敵の致命的な剣の軌跡を払う為に振り。それで短剣は獲物の重量と、さらに無理な体勢からの力の入らない状態からの振りで。短剣も後方に吹き飛ばされる。
敵はここぞとばかりに接近。俺の胸に刃を通すべく近距離へ。後方によけながらも、俺は冷静に思考する。
獲物は失った。しかし敵の攻撃パターン、回避パターン。若干の戦術思考まで全て読めた。まだこちらが有利なのは変わりがない。俺は一瞬までの怯みから脱し、敵に急速接近。
敵の好機とばかりの、連続の攻撃の。その先の不確定で発生する、攻撃の先の挙動を全て読まなければ。絶対に接近しきれない、敵の懐まで一瞬で潜り込み。接近格闘術、いわゆるCQCとかそういう技をかける。敵はこちらの意図に気づいたようで、右手の獲物を一瞬で投棄。
そのまま格闘戦に移行する。 かと思いきや。
「時間切れ。悪いけれどそこまでにしてもらうわ」
と、後方で俺と敵の攻防を見守っていた。途中からチラ見で気づいた。レイアが無慈悲な銃弾で。敵にとっては予想外だったのであろう。一撃の下敵を爆散させる。
「おおぉ!!サンキュ!!って言っていいのか分からんが、まあありがとな!できれば最後までやり合いたかったんだがなぁ、、あそこまでやったんだからぁ、、」
「今はその辺にしときなさい。新たな増援が来ないとも限らないわ。急いで別のアジトに移りましょう!」
「イツキ!!途中からの動きの切れの良さとかの変化について!!後でじっくり教えなさいよぉ!」
そう言いながら、その戦域から離脱する俺達。俺は高速で移動しながら、隣のレイアに先ほどの不審な件に付いて聞いてみた。
「おい!レイア!お前さっき、アジトの方から銃撃したよな?」
「ええしたわ、それが何か?」
「なにかじゃねぇええ!!お前どんだけだよ!規格外にも程があるわ!!」
「ああアレのことぉ。別に不思議でもなんでもないわ。十全な訓練と経験による高い技術、それとコレによってね」
そう言って、彼女愛用の短拳銃を見せる。その上の方には、長距離スナイパーライフル用の簡易カスタムセットがこびり付いていた。確かにそれなら、あの長距離からの狙撃が可能なのかもしれない。
「言ってなかったかしら?わたしの十八番はこういう手の射撃能力なのよ。もちろん他の戦闘方式にも自信はあるけどね」
「まじかよぉ!お前相当なレベルの万能家じゃねーか!そんな射撃の上で、更に近接戦闘能力も高いんだろぉ!!無敵じゃねーか!」
「イツキ、何を今更。レイアはそういうタイプなのを、今だに知らなかったの?」
「いつ言ったよ!お前らは常に、現実を直面させる前の事前報告を徹底しやがれぇ!!!」
そんな高速移動中ではありえない程の、大声とテンションで馬鹿に話していたからだろう。既に別アジト前だという事も気づかなかった。
「それで、今の状況を説明するわ。敵に貴方達を含めた、何人かのメンバーの位置情報が漏れたのは。私たちの管理能力の甘さからだったわ。でもそれは現状、それほど緊要な事ではないわ」
「だったら、何だ?何か更に急を要する事態でも起こってるのか?」
「ええ、コレはとてつもなく重要。私たちの、解放者側が。発足まもなく。観測者達と多少の戦力的均衡を。いえ場合によっては上回りかねない程の。状況の変化が起こったのよ」
「だからそれは何なんだ?一体何が起こったんだ?」
「ねえ、レイア。これは秘密にしておけば?もし明かしたらイツキが使えなくなるかも。状況によってはだけど」
「大丈夫よ、つー君はこの程度で動揺するほど器は小さくないわ。それじゃー言うわね、貴方の妹さん。観測者メンバーでも幹部に位置するプレイヤーが。敵に監禁拘留されているのよ、もちろんゲーム内の話だけれども」
「ああぁあああああ!!!!????どういう事だよぉそれぇ!!!!!」
「簡潔に説明すると、敵の過激派が。寝返る事を見越して先手を打ったんでしょうね、まあ安心なさい。ネット内に隔離されてるだけで、特に問題ないわ」
「、、、、どうすりゃいいんだ、、」
「そりゃ今すぐ奪還よぉ!!その暁には当然、こっちにかよさんが付いてくれる!!彼女がこちら側に来れば!文字通り百人力よぉ!!やるわよぉイツキ!!」
「そんな、奪還って、、具体的にはどうすりゃいいんだよぉ、俺にはさっぱりどうすればいいのか、、」
「どうしたの?つー君?何を弱気な事を、私が何も考えずにこの状況を演出したとでも?」
「はぁあ??!!お前なに言ってんだぁ!!?」
「つまり明け透けに言うとね。この状況は想定していたのよ。そしてこの脱出劇の後は。かよさんもこちらに付かざるを得ないでしょ?ねえ完璧なシナリオよね?」
「なわけあるぁああああああああああ!!!!ばかやろうがぁ!!!!!!!!!!!!!かよが監禁拘留だぞ!!意味分かってんのかぁ!!!!」
「うっさいわねぇ!!!この馬鹿すけがぁ!!この状況の意味をわからないのぉ!!!???」
「はぁ!!!何の意味だよぉ!!馬鹿やろうが!!!カスドクズ鬼畜悪魔がぁ!!!!」
「落ち着きなさいな二人とも。つー君も良く聞きなさい。貴方の超が付くほど優秀なかよさんが、こんな凡百の人間でも容易に想像できるシナリオ。まあつー君は想像できなかったんだけど。かよさんが予想できなかったとでも思う?」
「は?どういう事だよそれはぁ??」
「つまりよ。かよさんはこの状況を想定して。わざと監禁されたのよ。そうすればこちらに寝返っても、周囲のやっかみや恨みや、その他もろもろ。一切負わずにこちらに移籍できる。最高のシナリオって分けね。こちらに付いた貴方の為でもあるのかもしれないのよ?」
「は、はぁ。まじかよ。そんな事だとは俺。ってっきり全く思わなかったぜぇホントによぉ、、」
「まあそういう事よぉ!!これから奪還作戦練るから!即実行のつもりで準備してなさいよぉ!!」
「そうね、かよさんから事前に。いくつかの拘禁場所の候補が、何箇所か教えられてるから。ここを虱潰しすれば見つかるでしょ。でも状況上、人員上。同時強襲しないといけないわ。成功率は高いけれども、100%とは。、、とてもじゃないけど言えないわ。覚悟は出来てるわね?つー君」
「ちょっとまてぇ!!!前途多難ぽくないかなぁ!!???その言い草といい!微妙な作戦指針的に!!!」
「ばぁーーかぁ!!困難の果ての救出劇の方が、現実味もリアリティも段違いでしょうが!!ここで不自然な所があると!かよさんの後々の進退にも影響するのよ!!かよさんは味方に裏切られた哀れなヒロインを演じてもらうの!そしてかよさんの部下連中や、こちらに親和的な観測者を!この機を逃さず積極勧誘を!ほぼ同時進行で敢行する!!この解放者発足初の!大規模作戦に!イツキ!あなた参加できるのよぉ!!光栄に思いなさい!!」
「クソが!!まったく状況に追いつけないぞぉ!!こんちくしょう!!!」
こんなわけで。俺の知らない内に計画されていた、大作戦が敢行される運びになった。面倒過ぎてしょうがないが。かよが”そういう目”に合ってるなら。首謀者を一発どころでなく、十発は殴らないと腹の虫が収まらないので。しょうがないから全面協力してやる。
こいつら二人を絞めたり、文句吐くのはそれからでも十分に遅くはないだろう。とか。たぶん実行できない。怨みを募らせるしかできない無駄で無意味な、そういう思考をして。内心だけで唾棄するのだった。