【常木えなの場合】
麻島青果店前、夕方より少し早い時間。
「ヒマじゃのぅ」
そう堂々と魔王が口に出した。
「うるせーよ」
その横で野菜の入った段ボール箱を持っているタカシが、そのカドで魔王を小突いた。
「ワシの呼びかけに応えんとは平民どもめ」
「勝手言うな」
ぎゃあぎゃあと言い合う2人を、その横でミカコがあっはっはと笑っている。
「ぬぅ」
魔王が下を見ると、ぎゅっとその服のすそを幼児がつかんでいる。2〜3歳くらいの、女の子だ。
「タカシの隠し子か?」
「オイ」
「この商店街の子じゃないねぇ」
ミカコが傍に寄り、しゃがんで見ると魔王の後ろに隠れてしまう。ひざこぞうをすりむいているが、泣きもしない様子だ。
「おや、魔王ちゃんが好きなんだね」
「小学生ぐらいの姉がいんじゃねーの」
「フン。タカシのくせに言いおるわ」
確かに見た目は小学生高学年ぐらいの魔王だが、タカシと同じ高校に通う女子高生だ。
「近くに親らしき人はいないねぇ」
「ちょーどいい。懐かれてるし、魔王、親探しに行って来い」
人通りのない表通りを見て、タカシが道をびしっと指差して言う。
「なんでワシが。こういうのはロリコンのタカシに行かせるべきじゃろ」
「なに吹聴してんだコラ。しかもお前そういうことをロリコンなんかに任すなっ」
「認めおったわ」
「違ぇーよ!」
また始まった2人の言い合いをぽけっと見ている幼児の服に触って、ミカコが「迷子札もないねぇ」とつぶやく。
「頼むよ。魔王ちゃん。お店はいいから」
「ぬぅ」
「風呂上りのアイス、もうひとつサービスするから」
「行くぞ、幼児」
「気ィ変わるの早ぇーよ」
幼児がきゅっと歩き出した魔王の指を握るのを見て、ハッとする表情を見せる。
「……フン」
幼児のすりむけたひざこぞうがうっすらと光り、治っていく。タカシがそれに気づいて、「素直じゃねーな」とにやっと笑う。
「あれが魔王ちゃんの力かい」
「『支配』する力だと。土地でも人でもなんかの優位に立ってりゃそれらを押し潰すことも、助けることも出来るそーだ」
何度もその力で言い様にやられていることにタカシの思い出し怒り、ミカコが笑って、しんみりと「早く母親が見つかるといいねぇ」と言う。
「さて」
幼児を連れて立っている魔王、人の目がそちらを向かず無視されている感じだ。そんななかで見覚えのある顔を見つけた。
「甲藤、それとアンナか」
「魔王さん。タカシは? 遊びに行くとこなんだけど」
「魔王ぉおっ! その子は誰だぁあっ!」
熱く叫ぶアンナに魔王が片耳をふさぐ。隣を歩くミツルも首をかしげ、それを避ける。
「その子、タカシの隠し子?」
「否定されたがこれから証拠を挙げに行くところじゃ」
甲藤ミツルと魔王が話しているところに、アンナが目をきらきらさせながら幼児に近づく。魔王が釘を刺す。
「……食うなよ」
「そんなんじゃなぁあいっ!」
ショックを受けた表情に魔王へ抱きつこうとするアンナをひらりと避け、べしゃとひざをつく。
「かわいいなー」
ミツルが幼児を見て微笑む姿を見て、地べたに座り込んだままのアンナがいきなりもじもじしながら言う。
「み、ミツルゥゥゥウ……そのぉぉお、そんなに私達の子供が欲しいかぁあああぁあぁっ!」
言って恥ずかしいーっ、というポーズをアンナが取るがミツルはがんとして無視。すべてアンナの独り相撲で終わった。
「おぬしは冷たいのぅ」
「なにがー?」
幼児と戯れて楽しそうにしているミツルと、落ち込んでいるアンナの対比を魔王がじぃーっと見て言う。
「あ、迷子だったんだ」
幼児・魔王と並んで歩くミツル、彼の腕を絡め取って駄々をこねるアンナの目立つ4人組。
「うむ。親探しじゃ」
「これだけ騒がしいメンバーのなかにいるのに気づかないってことは、親は反対側にいるんじゃない?」
今歩いている方向、小規模の商店街の逆方向を指差すミツル。今歩いている方向はちなみにミツル達が歩いてきた方向でもある。
「名案がある」
魔王が人差し指をピッと上に向け、自慢げに話そうとする。そこにまた声をかける制服姿の女子高生。
「魔王、甲藤ミツル、日向アンナか。どうしたんだ」
「そちらこそ、勇者のなかの勇者が商店街に何用かのぅ」
唐突の出会いだがバチバチッと魔王の一方的な火花を散らす。その痛すぎる視線を避けもせず、幼児の方に気づく。
「迷子か」
「見ればわかるじゃろ。そしておぬしの目的も丸わかりじゃぞ。よほどタカシが愛しいのじゃな」
「変な噂を立てるのはやめてくれないかな。そういう憶測でものを言うのは感心しない」
「なら今すぐUターンするのじゃ。口だけでなく行動を変えるがいい」
敵対心剥き出しの魔王と淡々と返すカオル、ミツルがやれやれとため息をつきながら言う。
「ウチの生徒会長様と魔王さんは相変わらずだね」
「勇者と魔王は敵同士だからなぁあっ!」
ミツルがどう収拾付けようかと面白そうに見ていると、幼児が魔王の指を強く握る。それで魔王が我に返る。
「おぉ、おぬしと言い争っている場合ではないわ」
「親探しなら手伝うよ。その子の名前は?」
「おぬしには話さぬ」
「魔王さんも知らないそうです」
「わかった」
協力を申し出るカオルに魔王は反発するが、ミツルが口を挟むなどのフォローもしつつ魔王をなだめる。
「具体的には?」
「商店街の皆さんに協力を仰ぐ」
カオルがたたっと近くの店に駆け寄り、挨拶をすると店の人がにこにことしながら対応する。
「……どういうことだぁあぁああっ、ミツルゥウウゥッ!」
「この商店街にある連絡網を使わせてもらうんだよ」
店の人が電話をかけると、すぐ次の店に繋がり、それがどんどんと広がっていく。
『名前はわからない、服の特徴、3歳ぐらいの幼児の親を探している。商店街のなか、麻島青果店まで来てほしい』
「これだけ(商店街の人が)早く動いてくれるのは斗葉高校に超・生徒会がこの人あり、無敵の生徒会長と言われるだけの知名度と信頼があっての芸当だね」
ここの商店街にスピーカーがないので、連絡網であれば労力も少なくてすむ。
「凄いなぁあっ!」
感心するミツルとアンナ、むくれている魔王。
「ワシがやろうとしていたのに……」
「ちょっと遅かったね」
ミツルが言っていると、魔王がおぬしらと話していたせいじゃと言い返された。ミツルは首をすくめる。
「麻島青果店に行こう」
カオルが戻ってきて、先導する。憮然としている魔王が幼児を連れてそれを追い抜く。苦笑するミツルとアンナもついていった。
麻島青果店の前で談笑する皆、魔王は幼児をじっと見ている。
「……えなちゃんっ」
母親らしき人が駆け寄ってくると、幼児がとてとてとそれに近づいていく。
「ダメじゃないのっ、勝手に離れてっ」
怒鳴られ、びくっと首をすくめるえなちゃんが火がついたように泣き出した。
「ああもう、この子は。どうも皆さん、お騒がせしました」
「走って捜してたら肉屋さんに声かけられて」とぺこぺこと謝る母親、えなちゃんは泣き放しでいる。ミカコがいえいえ、と言う。
「ちょっと目を離しただけで、もう、本当にすみません」
母親が泣くえなちゃんの手をぐいぐいと引き、麻島青果店から離れようとする。
「そこの母親、待て」
魔王が止めに入り、母親が振り向く。
「それ以上、そこのえなに当たるべきじゃない」
「……何ですか」
「えなを連れ、親を探したのはワシじゃ」
母親がそうですか、とつぶやく。
「この子のためにありがとうございます」
「礼など要らぬ」
きっぱりと言う魔王、母親があっけに取られている。
「えなに謝れ」
「何を」と母親が喋るのを魔王が遮る。
「目を離したのはおぬしじゃ。責はおぬしにある」
母親がなんなの、と魔王をキッとにらむ。
「えなは一言も口をきかなかった。ひざこぞうをすりむいても歯を食いしばって、おぬしに再び会えるまで泣くのを我慢しておった」
ぎゅっと魔王の指を握り締めていたえなの姿。
「今のご時勢に、子供から目を離してどうする。片時も離れてやらないのが親ではないのか」
ぎりと魔王が唇をかみ締める。
「現にこんなワシなんかのあとについてきてしまうくらい、不安で、どうしたらいいのかわからぬ子をどうして目を離す」
フンと魔王が下からがんをつけるように、にらむ。
「大方、どこぞの知り合いと出会って話しこんだんじゃろ」
図星を刺されたのか、わなわなと母親が震え、思わず怒鳴った。
「わたしはこの子を必死に捜してましたっ」
「どうでもいいわっ! それに必死なら、何故頼ろうとせぬっ」
魔王の剣幕に母親が退きかける。
「おぬしは周りを何故頼らぬのじゃ」
「周りって……」
母親が辺りを見ると商店街の人達が集まってきている。
「ただ一言、子供がいないことを誰かに話したか」
「バカじゃないの、アナタ。……見知らぬ人に話せるわけないじゃない」
腕を組み、母親はそっぽを向く。
「そうか。おぬしは恥をかきたくなかったのじゃな」
「な……」
「ある教師から教わった言葉じゃ。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』」
数式を黒板に書きながら、ある教師はいつもそう言う。
「一言、一言でもここにいる者にそれを聞けば、早くなくとも話は広がる。1人で捜すよりずっと早く見つかるじゃろ」
「それは……」
「言えばおぬしは子から目を離したダメな親として周囲から見られよう。しかし、聞かず誰にも頼らずして子を失う悲しみを負うよりはずっといいとは思わぬか」
不穏な社会の、黒く怪しい手や影にえなちゃんがさらわれてしまうイメージがありありと脳裏に浮かぶ。
「そうなれば、後で泣いて周りを訴えたところでどうしようもないじゃろ」
「もう見つかったからいいでしょっ」
「それは結果としてじゃ!」
魔王が母親を見つめる。過ぎた今を「もし」で語ることに意味は無い。しかし、結果によっては「もし」でしか学べないこともある。
「世のなかまだ捨てたものじゃないぞ。悪人より善人の方がまだ多い。少なくとも、この商店街のなかにえなをさらうやつはおらぬ」
半泣きのえなが母親をじっと見て、それから魔王を見る。
「悪人がさらうより先に、多くいるここの者がえなを見つけてくれたろう」
母親がきょろきょろと周りを見て、歯を食いしばる。
「たった一言の恥で、おぬしはこれだけの味方を得ることが出来たのじゃ」
魔王がタカシ、ミカコ、商店街にいる皆の顔を見る。
「?」
母親をにらみつける魔王が、ふと気づく。力強く、いつの間にか回り込んでいたえながその服のすそをつかんでいる。最初の時とは違う。
―――抗議しとるのか。
これ以上お母さんをいじめないで、と魔王に訴えているのだ。そして、今浮かべている涙は母親に叱られたから出ているものではないのだろう。
「……とはいえ、結果的にこれだけの面前でワシはおぬしに二重に恥をかかせた。それは謝ろう」
優しいえなの頭を撫でてから、ぺこりと深々と魔王は頭を下げた。
「じゃから、えなを泣かせんでくれ」
「……っ」
複雑そうな表情の母親がえなを見て、小刻みに震えている。言いたいことは伝わっているはずだ。
「気持ちはわかるけど、魔王、それじゃ駄目だ」
すっと一歩前に出るカオル、その言葉を聞いて魔王が頭を上げる
「えなちゃんのお母さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。商店街の皆さんに協力を仰いだのは私です」
無敵の生徒会長も頭を下げ、その状態で少しだけ顔を上げ、視線を母親にやる。その表情は不敵そのものだ。
「これからも、どうぞ白斗商店街の方をごひいきに願います」
あっけに取られる周囲、タカシは額を押さえ、ミカコはにこにこしている。母親はくっと踵を返す。
「二度と来ないわ……っ」
えなの手を引き、捨て台詞を残して周りを押しのけるように母親が去っていく。拍手も歓声も何も起きることはなかった。
翌日。なんとなく物思いにふけっているような表情を魔王は見せている。タカシが軒先でヤンキー座りをしながら、ダンボールに色々な野菜を詰めこんでいる。
「えなちゃんのことか」
ちろっとタカシの顔を見て、魔王がふぅっとため息をつく。
「……一発で名前を覚えおったか、このロリコンめ」
「あれだけ騒ぎゃ誰だっておぼえるわっ、しかも昨日のことだろーがっ」
ねぎを持って憤るタカシを見て、魔王がふーっと長いため息をつく。それを見てタカシはまた座り、魔王の方を見ずに言う。
「なんか昨日は大演説だったな」
皮肉をこめてタカシが話しかけると、魔王がうむと応える。
「隣の次元におった頃から、ワシには両親の記憶が無い。……じゃからかもしれん」
「そうか」
「あの小さな掌のように、ワシも祖父の指を握っておったんじゃろうか」
既に忘れてしもうたわい、と魔王が青空を見上げて言う。タカシが自転車に季節の野菜入り段ボール箱を載せる。
「えなは、また来てくれるじゃろうか」
「母親共々二度とウチには来ねーんじゃねーの。あんなこと言われちゃ」
呼び込みする前にか、とがくっと魔王が肩を落とす。昨日からだが、魔王の呼び込みでは客が入っていないらしい。
「トライアングルに行ってくらー」
奥から「あいよー」とミカコの声が返ってくる。魔王がふと通りを左から右へと見てみる。
「まー」
とてとてとえなちゃんが魔王のところに向かって歩いてくるのが見える。そのすぐ後ろにはあの母親がいて、自転車に乗りかけたタカシもその状態で固まって・止まっている。
「おぉっ」
嬉しそうに魔王がえなちゃんを抱き上げる。母親が敵意とも何ともいえない表情と目でそれを見ている。意地悪そうに魔王が、母親の顔を見ずに言う。
「二度と来ないんじゃなかったかのぅ」
母親がフンとえなちゃんを魔王から受け取り、抱きかかえる。
「……二度とあんなことにはさせないけど、もしまた恥をかくなら……知らないとこより、もうすでに恥をさらされたところの方がいいと思っただけよっ」
えなちゃんがぎゅーっと母親の髪をつかみ、幸せそうにニコニコとしている。魔王とタカシが目配せして、タカシは自転車にまたがってこぎ始め、魔王がにやっと笑って言う。
「よくぞ参った、このワシが住まう麻島青果店に」
がくっとタカシが自転車から落ちるような反応を示し、母親もぽかんとしている。
「だ・か・ら、参れとかそんな呼び込みで客が入るかっ。フツーに、らっしゃい・でいーだろ」
「魔王たるもの普通ではいかんのじゃっ」
ぎゃあぎゃあとくだらないことで言い合う2人に、ミカコがなんだなんだと出てくる。呆然と2人を見てあきれた表情を見せていたえなの母親が、くすっと笑った。
「あー」
母親の笑顔を見て、上機嫌にえなも笑う。
どんな時代でも、子供が笑顔でいられることこそ何よりのものだ。
前回からだいぶ間が空いてしまいました。
今度はいつになるのだろう……。
えなちゃんは本編には出ていません。念のため。




