【豊泉院カオルの場合】
【豊泉院カオルの場合】
「ねぇ、豊泉院さんには気になる人とかいないの?」
「いきなり何の話だ。佐伯スミ」
斗葉高校生徒会長・カオルの後ろの席の女子が、そう問いかけてきた。このクラスの座席は出席番号順ではない。
「いないの?」
「いないな」
つれない返答をするカオルにスミがつまらなそうに、眉をひそめた。
「風紀委員が浮ついた気持ちでいられると困るな」
「やだなー、もう。公私混同、今はクラスメイトー」
冗談交じりで言っただろうカオルの言葉にスミがふふっと笑った。彼女は生徒会長様のファンクラブ会員でもなんでもない、普通に話せる女子生徒だった。
「それに風紀委員は愛しのカレがいるから入ったのー」
「3年の葛城タスクのことだな」
「知ってるのー?」
「知っているも何も、いつものろけているだろう」
あきれと諦めの表情を見せるカオルにスミが自らを抱きしめ、ほぅと陶酔している。
「やーん」
「異性との交遊を認めないわけではないが、節度だけは守るように」
葛城タスクは警察剣道をやっていたこともある硬派な男子生徒で、風紀副委員長を務めている。大学受験のある忙しい身でありながら、スミとは3ヶ月ほど前から付き合っているそうだ。
「あのむれた面や籠手のにおいがたまらないのっ」
「そうか」
きゃーきゃー言うスミにカオルが表情を崩さず、やんわりと抑えた。顔や性格ではなく、まずあの夏場のきつい臭いから好きになったというのだから人の好みというのはわからない。
「で、無敵の生徒会長様にはそういう人いないの。異性で」
「急に話が戻ったな」
他人の恋話というのは否応にも盛り上がるものであり、それが校内の有名人のものなら人垣が出来てもおかしくない。
「いないな」
「いるでしょー、1人くらい。花の女子高生がー」
そういうことでくくられても困る、とカオルはにべもない。スミはそれでも食い下がる。
「じゃあさ、男子でぱっと1番最初に頭に浮かぶのは誰?」
「一番最初に?」
「そー」
そうやって思い浮かぶ異性は、少なからず意識しているものだろう。スミにはその自信があった。カオルもすぐに答えてくれた。
「一番最初に出てくるのは学籍名簿の一番上、あ行だな」
「……ごめん、そういうことじゃなくて」
この全生徒・教師の名前などを完璧に把握しているという生徒会長様はどうにも手ごわい。聞き出したいところはそういう事務的なことではないのだが、カオルの言葉はとまらない。
「……名前は―――あい」
カオルの言葉がとまった。それとほぼ同時に遠くの方から、何か物音が聞こえた気がした。
「麻島タカシ、甲藤ミツル! 魔王か」
席を立ち、カオルがすっと教室から出て行く。何かまたしでかしたらしい、と察知したようだ。
「……ありゃ」
スミはその素早い動きに感心し、あきれていた。他クラスのことなど放っておけばいいのに、と苦笑している。
「なんだかなぁ」
同じようにスミは廊下に顔だけ出して、タカシ達と何かやりあっているカオルをのぞき見た。既に騒ぎを収め、厳重注意をしているところだった。
「ふーん」
以前より、カオルの表情がやわらかくなっているのは気のせいだろうか。1年の時からあった近寄りがたい、話しがたい頑な雰囲気もほぐれているようだ。
「ああいうのも、ま、ありかな」
目を細めつつ意味深に微笑み、小首をかしげながらスミは教室のなかに顔を引っ込めた。その表情は、少しだけ満足げなものだった。




