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君の瞳に完敗  作者: えいまろ。
─第1章─
1/2

招かれざる客

「坂城」


二限目の英語の授業を終えたその時、英語教諭の坂城慶が自分の席にやって来た。


「何?」


教材を揃えながら問いただすと、柔らかな笑みを浮かべながら一つ頷いて彼は答えた。


「昼休みに第一資料室に来られるか?」


「大丈夫だよ」


「じゃあ、待ってるぞ」


そう言うと、坂城慶は教室を出ていった。


それを見送った杏奈の友人、佐倉円香がすかさず杏奈に駆け寄る。


「どしたの?」


「分かんない。昼休みに改めて話すっぽい」


「ここでは話さないのね」


「学校外の話は公ですること嫌うから」


ここ、龍崎女学園の園内でも、教師と生徒から若くて優しい先生として注目されている慶の気持ちは、杏奈も察しているつもりだ。


生徒と戯れているところを先輩教師に見られると、このご時世厄介極まりないだろう。


プライベートな話は、決まって第一資料室か職員室ですることになっている。


従兄が学校の先生だと、色々面倒だ。


“坂城先生の従妹”。

“坂城先生の血縁者”。

印象は間違いなく賢い生徒。

最初の一年の頃は、前評判ばかり良くて迷惑だったものだ。



父親がアメリカのオレゴン州に渡ったのは三年前。


海外の製薬会社に勤める父、大和はひとりオレゴン州のポートランドに在住。


それと同時に家にやって来たのが慶だった。


慶は父、大和の兄の息子。

都会で英語教師をしていた彼は、わざわざこちらの小規模都市に移り住んで来てくれたのだ。


幼少の頃に何度も面識はあったので戸惑いはあまりなかった。


「坂城先生ってさ」


不意に円香がスマートフォンを片手に呟いた。


「まだ彼女いないよね?」


その手の話は、何だか苦手だ。

入学当時は散々、周りの女子たちに慶のことを聞かれたものだ。


「うん、いないと思うよ」


見ている限り、学校から帰ると家の事をしたり、休日も好きな読書や料理をするなどして過ごしている。

女の影は見当たらない。



「先生って絶対モテると思うんだけどなぁ」


慶は、円香の言う通りモテる。


学生の頃から、下駄箱のラブレター、校舎裏に呼び出されての告白、自転車のニケツ。青春を経験済みだ。


たまに思う。

家を出て、早く自由になってほしい。


もう30歳と良い年だ。

素敵な相手を見つけて結婚していてもおかしくない。



自分のせい。


そう思うと、少しだけ苛立つ。


昼休み。

言われた通り、杏奈はお弁当を手に第一資料室へと足を運んだ。


「慶いる?」


扉を開けると、棚の中を物色する慶の姿があった。


「おう、そこに座ってくれ」


部屋の真ん中に、四角いテーブルと四脚の椅子。

杏奈はその一つに腰かけた。


「食べても良い?」


「あぁ。あ、すまん、玉子ちょっとだけ焦がした」


「え」


紛れもなく、このお弁当を作ってくれたのは慶だ。

振り返り眉を下げて笑う慶のその表情に、杏奈は首を傾げる。


お弁当箱を開けてみると、確かに黒っぽく焦げついただし巻き玉子が、さやえんどうのごま和えとそこにいた。


「慶が焦がすって珍しい」


「ははは」


「で、何?話があるんだろ?」


お箸をケースから取りだし、手を合わせながら資料を漁る慶に尋ねた。


「あぁ、今朝、大和さんから電話があった」


「親父から?」


目当ての資料が見つかったのか、英字が並ぶ厚い本をテーブルに置いて、棚の扉を閉めた。


そして向かいに腰かけた。


「大和さんの同僚の息子さんを、預かることになった」


「……は?」


手を合わせたまま動きが止まる。

この時、慶の目は笑っていなかった。


何の話をしているのか、一瞬だが理解不能に陥った。


父親の同僚が旅行で家を空けるので、その飼い猫を預かることになった。

一瞬、ほんの一瞬そう聞こえた。


だが慶の笑っていないその表情をもう一度見て、慶の言葉を理解した。


「息子?は、誰の?つうかウチで?」


混乱からか、声が上ずってしまった。


「大和さんの同僚の、如月美緒さんという人の息子さんで、穂高君と言うらしいんだが…年は杏奈と同じ十七歳だそうで、今日の夕方には日本に着くらしい」


らしい、だそう、と、慶自身も話をしっかりと把握しているわけではないようだ。


「今日って…え、今日!?」


突然の話に、お弁当を食べることなどすっかり忘れてしまっていた。


「夕方には家に着くらしいんだ。何でも、息子だけでも日本で生活させたいみたいなんだ。俺の親父のところはかなりの田舎だし、どうせ住まわせるなら若い奴等で好きにできるようにって、それでウチに住まわせることにしたんだそうだ」


「なんて勝手な…」


ひと月に一度程度の連絡で、この展開。


頭のおかしい父親だとは前々から思ってはいたが、とうとう他人様まで身内に介入させるあたり、改めて奇人変人だと分かった。



突然の知らせは戸惑いだけを生んだ。

見ず知らずの異性と、同居することになるというのだ。


「嫌か?」


顔を覗き込んで尋ねる慶に、杏奈はハッとした。

慶の顔を近くで見るのは毎日だが、何故かこの時は心臓がにわかに跳ねた。


「あ…いや…」


「杏奈が嫌なら、その彼が来てしまってからでも俺から大和さんに言って断るから」


慶は優しい。

こうやって、いつも自分の意見を聞いてくれる。

それがなんだか、今日は素直に嬉しいと思えなかった。


「慶さ、あたしのことはいいよ」


「そうはいかないだろ。杏奈は女の子なんだから、年頃の異性と同居なんて…仮にも、可愛い従妹なんだから」


「え?」


最後の方は、声が小さくて聞き取れなかった。


「とにかく、この件は俺から大和さんに断っておくよ」


何だか誤魔化された気はするが、それ以上気になることもなく。

断っておくならそれはそれで構わない。


杏奈はようやくお弁当に手をつける気になり、玉子焼きを口の中に運んだ。


「ん。少し苦いけどイケるよ」


「あはは、それなら良かった。大和さんの電話が頭から離れなくて、ぼうっとしてたら焦がしてたんだ」


まさか父親からの知らせによる動揺によってこうなったとは、思わなんだ。


「それで…。馬鹿な親父で、マジでごめん」


「杏奈が謝ることないだろう」


色々、ごめん。

胸の内で呟いた。


慶と同居が始まって間もない頃に、通っていた中学校の男子と喧嘩をして学校から呼び出しを受けたことがあった。


自分が保護者だと名乗り、相手の親に必死で頭を下げる慶を見て、何かが変わった。


母親が五歳の頃に病気で他界してから、強がってきた。

空手を習い男子と力の張り合い。言葉遣いも男の子のように荒っぽい。


慶は知っている。

そうやって、杏奈が甘えることを苦手としていることを。





放課後、杏奈は円香と教室を出た。



「杏奈ってさ、今好きな人いる?」


廊下を歩いているところでいきなりの質問に、杏奈は目を丸くした。


恋愛は実際にしたことがない。

トキメキ、ドキドキ、キュンキュン。

そんな経験一度もない。


「出来たら教えるよ。で?」


「え」


自分のことは誤魔化すようにして円香に問いかける。


「いるんでしょ。どこの誰?」


自分より乙女な円香。

お洒落にも関心があり、可愛げもある。

一年の頃に他校の男子から言い寄られることもあったが、その時は円香の好みではなかったようだ。


「虎門の二年生」


虎門高校は、龍崎からも近いところにある男女共学の高校だ。


円香自ら好きな人の話をするのは初めてで、自分のことではないけれど、何だか胸が弾んだ。


「三日前、帰り道で同じ虎門の男子に絡まれて。その時助けてもらったの」


昇降口でローファーに履き替える円香の横顔が、心なしか赤く見える。

自然に笑いが零れた。


「名前聞いたの?」


「うん。西尾輝也くんっていうんだ。勢いでメアド聞いて、何気なくやり取りしてたんだけど…何だかまた会いたくなって」


「ふ~ん。虎門でしょ、近所じゃん。今からいく?」


「えっ!今からとかムリムリ!」


手を体の前で振り乱し全力で拒否するその顔はやっぱり赤くて、杏奈はつい笑いを堪えきれずに吹き出した。


「顔真っ赤ー」


「もう杏奈!」


バシバシと背中を叩かれながら昇降口を出て正門へと向かう。


ふと、こんな風に恥らう時が自分にも来るのだろうか。


杏奈は円香へと振り返り、円香の叩く手を止めた。


「よしっ。その彼との件、あたしも手伝うよ」


「ほ、ほんと?」


「ほんとほんと。今度さ、同じ中学だった虎門の奴に探りいれてみるよ」


虎門に進学した同級生はこの地元ではわりと多かった。

杏奈は持ち前の人脈で、円香の助けになれればと、そう約束した。




円香と学校付近の交差点で別れ、杏奈は一人家路に向かって歩いた。


昼休み、慶と話した件を思い出す。


見ず知らずの男の子をウチで預かる。


ウチは施設じゃないっつうの。

そう内心呟いた。


我が父親は完璧な理系で少々変わっている。

変な薬を開発しては一年に一度あるかないかの頻度で送ってきたり、自分が日本にいない間は自分のクローンを作って家に置いておくとか、子供相手の冗談だと思ってはいたが最近本気なのだと分かったのだ。


若返りの薬と老い込みの薬だと称して錠剤を送りつけてきたときは、さすがに恐ろしくて慶と庭に埋めたものだ。



「今度は野郎ひとり送りつけてくる気かよ…クソ親父」


自然と口から出る言葉が歪んでしまう。


五歳の頃に母を亡くしてからは、不器用ながらも大和に育ててもらった。


『パパ!ママを治すお薬つくってよ!』


あたし、散々困らせたよな…。



中学に入ってからは、寂しさからか悪態をつくことしかできなくて。

喧嘩をする毎日で、大和がアメリカに行くと決まってからは口を殆ど訊かなくなった。


しかし渡米前日。


『杏奈、ひとつだけ、二人だけの約束をしよう』


大和はそう提案をしてきた。


『俺は母さんを助けることができるワクチンの開発をする』


それを言われたとき、何故か涙が溢れた。


自分がどれだけワガママだったか、ようやく分かったのだ。

手を離さないでいてくれたのは大和の方だったのに、自分は離そうと暴れてばかり。

そんなことでしか、寂しさを伝えることが出来なかった自分を、初めて愚かだと悟った。


『あたしは…あたしは龍崎に入学する。母さんみたいな、優しくて、綺麗で、賢くて、頭の良い女になる』


母は在学中、龍崎の才色兼備に送られるミス龍崎の称号を得ていた。


当時荒れていた杏奈には、龍崎に入学するための学力を取り戻すことが不可能に近いと、周りの誰もが思ったものだ。


だがそれは慶の援助で叶った。


つきっきりで勉強を見てくれた慶に、感謝してもしきれない。


晴れて龍崎二年目を迎えられるのも、慶のおかげだ。


「それにしても、昼間の慶にはびっくりしたな…」


覗き込んできた慶の顔を思い出す。


「…叔父さんに似なくて正解かな」


どちらかと言うと大和の兄嫁に似ていて中性的な顔立ちの慶。


内心笑いを堪えていながら家の前に着いた。


「…?」


杏奈は足を止めた。


門の奥の玄関前に、誰かが立っていた。


宅配ではない。

来客だ。


キャリーケースを傍に、その背格好から、杏奈はすぐに察しがついた。


ヘーゼルナッツ色のショートヘア、黒のレザージャケットに、ジーンズ。

どこぞのセレクトショップの揃え物か。


良いものに身を纏う彼に、杏奈は恐る恐る声をかけてみた。


「あの…」


その声に、彼はすぐに後ろを振り返った。


「あ!坂城杏奈さん!?」


人の名前を大きな声で呼ぶな。

彼が駆け寄ってくる間、恥ずかしさからか周りを見やる杏奈。


「どうも初めまして。如月穂高です」


「…は、ハーフ?」


「いかにも。アメリカと日本のハーフです」


その顔は、一目見てハーフだと分かった。

日本人色は強いものの、目鼻立ちがはっきりとしている。


「坂城大和さんのご厚意で、今日からお世話になります」


にっこりとこれまた愛想の込められた笑顔を向けられて、杏奈は口元をひきつらせる。


これから追い返そうとする相手に、どんな言葉をかけたら良いのか分からない。


「あ…とりあえず上がって。慶が帰ってくるまで待ってて。この家の主人は、今は慶なんだ」


「分かりました」


ひとまず家の中へと招き入れ、慶が帰ってくるまでは何気なくやり過ごそうと考えた。

今日は慶も、この件で早めに帰宅すると言っていた。


穂高をリビングへと案内して、ソファに座らせた。


「お茶、淹れてくる」


「あ、これ、大和さんから」


「え?親父から…」


受け取ったのは、紙袋に入った小包だ。


「何でも“甘い一時を過ごせる魔法の砂糖”だとか」


「砂糖?」


同居人とまた怪しいものを送りつけてきたものだ。

眉を寄せてその小包を見ていると、視線を感じふとそちらを見やる。


「な…何?」


口の端を上げて、目を細めながら杏奈を観察する穂高。


「こんな可愛いレディと一緒に住めるなんて、幸せ者だなぁってね」


彼の表情が、ガラリと変わった気がした。

目が、本気にうつった。

鳥肌が全身に立つのを覚えた杏奈は、小包を片手に足早に併設されたダイニングキッチンへと向かった。


「こ、紅茶で良い?」


「お構いなく」


先程の穂高の目が、男の目をしているように感じた。


ここ一年、中学の元同級生とはたまに顔を合わせるものの、よく関わる異性は慶だけだった。


今回の同居の件は、同い年だと聞いただけでも気が引けた。


おまけにハナからフルネームを大声で呼んだり、裏表がありそうな顔も何だか苦手だ。


同居を撤回すると言った慶の言葉を信じるしかない。


「無理だ…」


ティーカップを用意しながら、心の声が外に漏れた。


父からの小包を開けてみると、小さな粒の金平糖がぎっしりと、直径7~8センチの可愛らしい小瓶に入っていた。


ピンク、黄色、水色、緑、綺麗なパステルカラーの砂糖だ。

紅茶やコーヒーにと、付属の取扱い説明書にあった。


今回の贈り物は胡散臭さがあまり感じられない。

今までのものは明らかにピルケースやそこらのプラスチックケースに入った“怪しいもの”だったが、これは市販で売られていてもおかしくない。


「“素敵なティータイムを…この砂糖は、淹れる器によってそれぞれ違いがあります。これを飲むときは、是非誰かと、お互い飲み比べをしてみてください”……同じ砂糖で飲み比べ?」


色によって味でも違うと言うのか。

いや、説明書のイラストには中身を色で分けずにそのまま適量を溶かしている。

そりゃあ入れる量を変えれば甘さに違いは出る。そういうことではないのか。


とにかく人数分のお茶を用意して、そこに砂糖を淹れてお互いにお互いのお茶を飲めば良いらしい。


説明書に重なって、メッセージカードが添えられていた。


「穂高くんと杏奈で味見してみてね……。キモ」


父直筆のメッセージに何故か悪寒が背中に走るが、穂高に出すことに特に抵抗は無かった。


ちょうど紅茶用の砂糖は切らしていたので、これを使わせてもらう。


ひとまず何の気なしに、二つのカップの紅茶にそれぞれ小瓶をふた振り砂糖をいれてみた。

小粒の金平糖は熱であっという間に溶けてなくなった。


匂いは特に変わりない。


「どうぞ」


杏奈は穂高の前に、お茶を差し出した。


「ありがとう」


また愛想の良い笑顔を向けてくる。

だが穂高は出されるままにそれを飲んだ。


その姿を盗み見てみたが、いたって自然に味わっている。

特におかしい味はしないらしい。


「あのさ…これ、さっきの親父からの砂糖を入れてみたんだけど…お互いのカップの中身を飲み比べてみろって…」


「飲み比べ?」


これには目を数回瞬きさせて何かを考えている様子の穂高。


杏奈は一息おいてから紅茶に口を付けた。


舌にじんわりと、金平糖のようなほのかな甘さが広がっていく。

だが多少甘いものの、普通の紅茶だ。


杏奈が飲んだ姿を見て、穂高が尋ねる。


「俺が杏奈ちゃんの飲めば良いの?」


「そうらしいね。味が変わるとか変わらないとか…」


「へぇ」


彼はからくりを聞いて興味が湧いたのか、杏奈に自分のカップを差し出した。


杏奈も穂高に自分の持っているカップを差し出した。

互いのカップを交換し合い、視線を合わせる。


「じゃあ…せーの」


穂高の合図で、同時に紅茶を飲んだ。



紅茶を飲んだ二人は、お互い目を合わせた。



「うう…っ!」


「え!?」


「はははは!なーんちゃって」


「………………」


苦しんだと思えばペロッと舌を出してからかう穂高に、間違いなく杏奈は確信した。

絶対にこいつとは仲良くなれないと。


「やだなぁ杏奈ちゃんそんな怖い顔しないでよ、アメリカンジョークだってば~」


あははと愉快に笑う穂高に対して不愉快な杏奈はイライラを感じながらカップをテーブルに置いた。


「でも普通に変わらないよね、これ」


改めて本題に戻る。

穂高の言うように、特に味の変化はなかった。


「親父のアメリカンジョークか…」


「大和さんてユニークだよね」


「頭おかしいだけだよ」


「俺は好きだな。俺には親父がいないから羨ましいよ」


ピクリと、膝に置いていた手の指が震えた。


「親父いないの?」


「うん。俺が二歳の時に事故で死んだ。だから親父がいるって、羨ましいよ」


過去にいた点は、自分も同じだった。


「うちも片親だし」


「大和さんから聞いた。病気で亡くなったんだってね」


どこまで話したのだと、大和を少しばかり怨んだ。


「だから、お互い様だろ…」


そう呟いた杏奈に、フッと笑い頷く穂高。

揺れる前髪から覗く瞳は、優しい茶色だった。


この時、追い返すことに心苦しさを感じた。

杏奈は俯き、膝の上の手を握りしめて尋ねた。


「何で日本に来たの?」


杏奈の空虚な目に小首を傾げた穂高だが、紅茶を一口飲んでから答えた。


「母親の故郷で、学びを得たかったんだ。親父がいないことで母さんには苦労かけてきた。母さんのいた日本で、何でも良いから学びたくなったんだよ。もちろん一人での日本行きは反対されたけど、母さんが好きだと言った故郷に来たかったから無理を言った。それで手を貸してくれたのが大和さんだった。俺はアメリカ人でも日本人でもない。けど、優しい日本人の血が混じっていることは嬉しく思ったよ」


理由を聞いて後悔するとは思わなかった。


慶が帰ったら彼は追い出される。

いや、さすがに早々に追い出すほど慶は鬼ではない。


「日本人は優しい、か…」


杏奈は紅茶を一気に飲み干し、息を吐いた。


そしてにわかに尿意を察して立ち上がった。


「どしたの?」


「ちょっとトイレ」


穂高の横を通りすぎようとしたその時だ。


突然視界が歪み、めまいを覚えて足元がふらついた。


「え───」


そのまま抵抗しようにも叶わず。


ぐらりと穂高のいる方へ倒れ、頭に硬い衝撃と痛みを感じた瞬間に目の前が真っ暗になった。







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