第8話 親衛隊
広間はスペースがもったいないくらい広かった。
大理石の床にレッドカーペットが敷かれ、その両脇に大勢の人が並んでいる。
手前からメイド服姿の女たち、それから青や赤の軍服のような服に身を包んだ男たちが整列している。
そしてその先には、王たる者が座る椅子がある。玉座というものだ。
そこに続くカーペットの上をシンプルな白のドレスに身を包んだアイリスが歩いて行く。
もちろんリクも傍にいた。
通りすぎれば、子犬であるリクに視線が集まる。
(やっぱり見られるよなぁ……)
元からシャイな男。
あまり大勢にジロジロ見られるのは好きではない。
なので、アイリスの後姿だけを見るようにした。
(この子は……何でこんなに……)
ドレスに身を包めば、また雰囲気が変わって見えていた。
まるで花嫁のようだ。
花嫁と考えると、カルムの王女である彼女もいつかは誰かに嫁ぐ、あるいは婿を迎え入れることになるはずだ。
リクはそれを考えると妙に嫌な気分になった。
誰かのものになるのが認められない気がした。
アイリスはゆっくりと歩きながら、玉座の前で振り返る。
リクを見てニッコリと笑ってくれた。
声には出していなかったが、「ついてきてくれてありがとう」と言っているようだった。
「では、姫様……まずは各所からの報告を……」
セバスチャンが進み出て、国内で起きている様々なことを彼女に報告し始めた。
彼だけでなく、大臣のような中年の太った男たちも偉そうにあれこれ順に述べていく。
アイリスはその間ずっと、姿勢を崩すことなく椅子に腰掛けていた。
少し退屈そうな感じもしていたが、根は真面目なのだろう。
話をされ、聞かれた時はしっかりと受け答えもしていた。
(これが王って感じなのかなぁ……?)
リクはアイリスの王女としての一面を見て、別人のように見えてしまった。
話の内容も聞く限りではあまり穏やかなものではない。
どれもこれも魔物がどうたらこうたら、人口も減って、治安も悪くなりつつある……といった具合だ。
ネガティブなものばかり。
一通りの報告を終えたところで、セバスチャンがアイリスに向かって進言した。
「姫様、ここで一つ提案が……」
「提案?」
「はい。姫様の御身を守るため、特設の親衛隊を結成しようと思いまして……」
“親衛隊”という響きにリクは物騒なものを感じた。
(どういうことだろ……親衛隊ってアレだよな……?)
と、彼が想像したのは斜め方向の親衛隊である。
だが、とてもじゃないがそんなものとは違い、本気でアイリスを守るための親衛隊の話であった。
「わたしを守る……?」
「何を仰いますか。あなたはこのカルムには無くてはならない存在。
それにも関わらずお一人で出歩き、さらには魔物に襲われる始末。
お命はただ一つと何度も申し上げたではありませぬか!」
「う、うん……」
「なので、国内から優秀な戦士や強者を集め、新たに親衛隊を結成するのです。
これは既に各大臣も合意の上でございます」
と、セバスチャンが言えば大臣たちが一斉に頷く。
知らないところで勝手に話がまとめられていたことにアイリスはあまり嬉しくない顔をした。
「そう、なんだ……」
「近々、募集をかけてみますが、無論、力比べもさせます。
うわべだけの実力で、姫様の御身を預けさせるには心もとないですからな」
セバスチャンはコホンと喉を鳴らしてそう言った。
アイリスは困ったような顔をしながら、リクを見た。
今度は助けを求めているかのようだ。
(親衛隊か……)
リクはふと、自分が親衛隊に入ればいいのではないかと思い始めた。
アイリスを守るためならば、それくらいしないと……と、使命感に似たものを感じていた。
(よし、何とかしてみせるぞ……!)
彼女を心配させまいと、リクはコクリと頷いた。
それを見たアイリスは少しだけ笑ってくれた。