第6話 勇者の力覚醒!?
日も暮れ出したところでアイリスは城に戻ろうとした。
彼女は随分と満足しているようだ。
「君のおかげで、色んなものが見れた気がする……ありがとう」
アイリスは彼女にとって物珍しいものを多く目にしたが、合わせてカルムの国民の生活の様子もしっかりとその目に納めていた。
魔物の脅威に晒されて怯え、希望を失っている者が多かった。
国をまとめる者として、アイリスは責任感を強く感じていた。
まだ若いのに、成人もしていないのに重い荷を背負っている。
リクはそんな彼女が可哀想に見え、自分がしてあげられることは何かないかと思うようになっていた。
異世界に、それも犬となって転生した彼であったが、すっかりこの世界の空気には慣れてしまった。
それにアイリスと共にいて、彼女の嬉しそうな顔を見ているだけで彼も何かが満たされるような気さえしていた。
「帰ろっか。あまり遅くなると、また爺やに怒られちゃうからね」
笑いつつ、不安になりつつ、といった感じでアイリスは言った。
しかし、やりたいことはやれたわけで、もうコソコソ隠れるつもりはなかったようだ。
選んだ道は城へと直接続く大きな一本道。
(ホントにいいの?)
リクが改めてアイリスに確認しようと、彼女を止めるように前に飛び出る。
すると、彼女はそんなリクの気遣いを悟り、ニッコリと笑った。
「大丈夫。大丈夫だから……君にもお礼をしてあげたいし……」
(お、お礼って……)
何だかリクは照れくさくなった。
だが、そんなリクたちを阻むように魔物が現れてしまった。
いきなりドスンと大きな地響きと共にオークが現れたのだ。
「きゃあっ!?」
その衝撃にアイリスは尻餅をついてしまった。
マーケットにいた人々は突然のオークの出現に驚き、一斉に建物の中へと一目散に逃げてしまった。
誰もいなくなった道のど真ん中でアイリスは取り残されてしまった。
「に、逃げないと……」
アイリスはオークのとてつもない威圧感に押しつぶされそうだった。
だが、必死に堪えて、必死に耐えて、少しずつ後ずさりをする。
(こんな時に……こいつ!)
しかしそんな中、リクは無意識にアイリスの前に出て、オークと対峙した。
オークの巨大な影が彼を覆う。
(こ、この子には指一本触れさせないぞ……!)
本当は足がガクガク震えるほど怖かった。
でも、アイリスを連れ出したのは自分であるし、また彼女をオークに襲わせることなど許してはならないと思っていた。
歯を食いしばりながら、唸り、オークから目を離さなかった。
それに驚いたのはもちろんアイリスだ。
ただの子犬なのに、十倍以上の体の大きさのあるオークに立ち向かおうとしているのだ。
「だ、ダメ……! 無理よ! 逃げてっ……!」
アイリスがそう呼びかけるが、リクの足は既に動いていた。
(この子が逃げられるだけの時間を稼ぐんだ……!)
勇気を振り絞って、リクはオークに飛びつき、その腕に噛みついた。
だが、以前に遭遇したオークとは違い、筋肉が異常に堅かった。まるで鋼鉄だ。
噛みつこうにも逆に歯が折れてしまいそうだった。
(か、かってぇぇ……!?)
奇襲失敗。
先制攻撃もクソもない。
リクはパンと軽々と叩かれ、地面に叩きつけられた。
(ぎゃふん……!)
呆気なく敗北。情けなかった。
「そんな、大丈夫っ!?」
アイリスがリクを助けようとしたが、オークが彼女に近づく。
その大きな手が彼女に迫る。
ゆっくりと、ゆっくりと……。
(逃げてくれ……! せめて、あの子だけでも……!)
リクは予想以上にダメージが大きく、すぐに動けそうになかった。
それでもアイリスだけでも無事でいてほしかった。
さっきとは立場が逆になってしまっていたが、そんなことどうでもよかった。
(犬になって、何ができるんだ……?)
彼は心の中で疑問に思った。
犬だから、言葉も話せないし、こうして魔物にも対抗できない。
力がない。全然ない。
生身の人間よりも酷いかもしれない。
結局、異世界でもパッとしないまま終わるのかもしれない……。
(そんなの……イヤだっ……!)
否定した。
見知らぬ犬であっても、優しさを見せてくれるアイリスを守ってあげたいと心の底から思った。
どんな形でもいい、今はオークを倒せるくらいの力が欲しい……!
すると、リクの体に変化が起きた。
突然、青白い光に包まれたのだ。
(何だか……力が湧いてくるような……?)
生暖かい感触を覚えていた。
だが、彼の体は次第に形が変わっていた。
そして光が解けた時、彼の姿は見違えるほどまでとなっていた。
狼のようなスリムな体となり、足や体には青いアーマーが装備され、青い鬣まで生えていた。
狼とライオンを足して2で割ったような姿だった。
極めつけは、彼の尻尾には細長い剣が装備されていたのだ。
青いオーラを放ちながら、とてつもない力を感じさせるものだ。
「な、何が起きた……の?」
アイリスは目を疑った。
共にいた子犬が雄々しい狼へと姿を変えたことに。
一方、オークは変化を遂げたリクの姿に驚いたが、すぐに立て直る。
標的をアイリスからリクへと変えてきた。
リクは目を閉じたまま、四足で立っていた。
(……この力は……!?)
マチルダから受け取った(というより無理矢理与えられた)勇者の力だと確信した。
だが、背に腹は代えられない。
力がみなぎっている。
これならアイリスを守れる。
そう確信した彼は目を開くと、全身から青白い炎を出現させた。
(やってやる……!)
それに負けじオークが拳を振り上げてリクへと襲いかかってきた。
轟音と共に、ハンマーのようなパンチが放たれるが、リクは姿を消した。
「グオオッ!?」
オークは一瞬にして消えたリクを見失った。
横にも後ろにもいなかった。
だが、上を見上げると、夕焼けの空の中にリクは飛び上がっていた。
(お前みたいな化けもんに……負けてたまるかっ!)
リクはグルグルと縦に一回転しながら、尻尾の剣を叩きつけるようにオークへと振り下ろした。
オークもそれを腕で防ごうとしたが、剣は鋭い音を響かせて斬り抜けた。
(……これでどうだ!)
リクが華麗に着地すれば、オークは真っ二つに割れて砂となってしまった。
「す、すごい……」
アイリスはリクの強さに息を呑んでいた。
ところが、オークが消滅したのを見届けたリクは力を使い果たしてしまったのか、その場に倒れてしまった。
ドッと疲れが湧くように、ズンと重しが乗せられたような錯覚がした。
(体が……重い……)
また青白い光が彼を包むと、元の子犬の姿に戻ってしまった。
「だ、大丈夫っ!? しっかりしてっ!?」
アイリスが慌ててリクを抱きかかえる。
しかし、彼の意識は段々と遠のいてしまったのだった。