第5話 お散歩?
城内にはやはり警備兵というものが巡回している。
他にも召使いとか、料理人だとか、色々な役割を持った人々が動き回っている。
しかし、アイリスは王女という身分でありながら、質素な服に着替えていた。
周囲の目を掻い潜りながら、城の裏手に回って、彼女しか知らない抜け道を通って難なく外に出てしまった。
(意外とアクティブ……)
リクは自分とはまた正反対な性分なんじゃないかと思いながら彼女についていった。
仮にアイリスの立ち場であったら、こんなことは絶対にしようとは思わない。
「いつもね、ここを通ってるんだけど……爺やにバレたら……」
彼女も決して後ろめたさを感じていないわけではないようだ。
ただ、好奇心や城の外の世界というものをよく見ていたいという強い思いがプッシュする。
「でも、君がいるから……行こっ!」
また外に出られる嬉しさを噛みしめながら、アイリスは城壁のわずかな隙間を通り抜け、裏の山道に出た。
子犬となってしまったリクなら余裕であるが、彼女はギリギリといった具合だ。
静かな山道。
でも、すぐ近くには密林が広がっている。
ちょうどリクが目覚めたのはその森の先、広大な野原が広がっている辺りだ。
こうして見晴らしのいい山道から見渡すと、森もかなり広いことがわかる。
(で、どうするんだろう……?)
リクは彼女と共に外に出たものの、彼女がどこへ行きたいかは知らない。
そのアイリスの方も、特にどこへ行きたいなどは考えてもいない。
「とりあえず……城下町の方に行ってみたいな……よいしょっと」
アイリスは懐に隠し持っていたポンチョみたいな布を被った。
まるで教会のシスターのような格好になるが、顔は隠すためだと言われれば納得できる。
「どう? 似合ってる……かな?」
リクに聞いてきた。
(……何か怪しいけど……でも、かわいいなぁ……)
今までアイリスに似た同級生は何度も見てきたが、彼女は特別なベールでも纏っているかのような特別さが感じられた。
王女ということもあって、育ちが良いからなのかもしれないが、それ以上に純粋だ。実にピュアだ。
そこがリクにとってはドストライク。
ますます彼女のために頑張ろうと思えた。
そこから王女と犬の二人きり?の散歩が始まった。
森の方はなるべく開けた、獣道があるルートを選んで進んでいく。
時間はかかったが、森を安全に抜けることができた。
さらに野原の方に戻ってきたが、今度は街道があるそうで、そこを辿っていく。
すると、リクがマチルダと共に(というより紛れて)城へ向かった時に見た城下町に辿り着くことができた。
普通に城から続く道を直接通れば10分程度で辿り着けるくらいだが、遠回りだ。
「ここが……やっと着いたね」
疲れているはずだが、アイリスはどこか楽しそうだ。
その達成感溢れる笑顔がリクの気持ちを安らかにする。
思わず「ワン」と吠えた。
ただ、城下町といってもそれほど活気が見られない。
そもそも人が少ない。
建物もレンガ造りの低い小屋ばかりが並んでいる。
一応、マーケットのような場所もあるが、やはり賑わいが足りない。
(やっぱり、あの人が言ってた通りなんだな……)
マチルダ曰く、ここは魔物の無法地帯と化しているカルムという国だ。
オークのような魔物に日々どこかで誰かが襲われているのだろう。
実際問題、アイリスもそうだった。
だから、彼女が爺やと呼ぶ執事も彼女の外出を禁じているのだろう、とリクは思った。
しかし、彼女は活気のないマーケットの中でも楽しそうだった。
見る物がどれも珍しく映っているようだ。
「何だろう? この赤いのと黄色いの……」
真っ赤な果物と黄色の果物の両方を手に取ったアイリスは見つめていた。
すると、その果物を売っているヒゲ面の男がやる気の無さそうに言った。
「もうどうせ売れねぇから持ってってくれ」
「え、いいの……コホン、いいんですか?」
まるで追い払うように手を払う男。
アイリスはその果物を手にしたまま、素直にもらってしまった。
(い、いいのかな……それ)
見たことのあるような、無いような果物。
それにリクは怪しげな目を向けていたが、アイリスは目を輝かせている。
「これ、おいしいのかな? 君はどっちがいい?」
二つの果物を見せられた。
リクは少し悩んだが、如何にも危なそうな赤い方を選んだ。彼女にもしものことがあったら……と、考えてのことだ。
「赤いのでいいの? じゃ、わたしはこっち……」
そして、二人して一緒にかじった。
アイリスはとても酸っぱそうな顔をした。
「うわぁ……すっぱい……」
一方でリクはというと……、
(……こ、これは……ぎゃああああっ!?)
特に理由のない燃えるような辛味がリクを襲う!
「だ、大丈夫!? えっとじゃ、これ……!」
アイリスが黄色の方をリクに与えた。
藁にもすがるような思いでリクはそれをかじったが、今度は強烈な酸味が襲う!
(ひぎゃあああああっ!?)
犬になっているとはいえ、口の中が大惨事だ。悶絶する。
激辛のものから強い酸味というダブルコンボは実に刺激的だった。文字通り。
「し、しっかりして!?」
アイリスは慌てた。でも、楽しそうである。
こうしている一時が新鮮に感じていたのだ。
何やらドタバタとしてしまったが、流れるようにして時間は過ぎていった。