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新春・漫才

作者: 遠山海月

「さぁさー寄ってらっしゃい、まだまだお席は充分ございますよ。おかけになってご覧いただけますよぉー」

 正月の乾いた空気の中を呼び込みの男の張り上げた声が響いていく。


 とある繁華街。ビルとビルの間に窮屈そうに挟まれた木造二階建ての小振りの建物。

三角屋根の軒にずらっと並んだ提灯。入場口の上に揚がった招き看板。沿道にはみ出す大きな幟旗。

明治の中頃に建てられた外観をそのまま残した『演芸場・海月座』は周囲の雑居ビルからは完全に浮いた存在ではあるが、異質なそれは目立つというよりはむしろ華やかな街の陰に埋没するかのような侘しさを醸し出していた。



 稼ぎ時の正月興行だというのに場内は空席が目立っていた。

高座に上がっている噺家は「今日はお客より出演者の方が人数が多い」と自虐的なジョークで笑いを誘っていたが強ちそれも冗談にならないような入りの悪さであった。


 それでも今年最初の高座となる若い二人は極度に緊張した面持ちで楽屋にいた。

演者に関しては規制の緩い海月座の芸人の中でも彼らは特に異色の漫才コンビであった。

楽屋の重鎮たちの中には「俺はあいつらは認めねぇよ」と眉を顰める者もいまだに少なからずいた。

だからこそ自分たちの存在をアピールするためにも年の始めの高座で失敗するわけにはいかなかった。

先程から何度も何度もいつもより入念なネタ合わせを行っているのもそのためであった。


 やがて出囃子が鳴り彼らの出番を告げる。

「お先に勉強させて頂きます」

先輩芸人に挨拶をして二人は高座へと飛び出した。






サル・カニ 『どーもー、明けましておめでとうございます「サルカニで~す」』


カニ 「えへへ、驚きましたか?僕らご覧の通り、サルとカニのコンビでして。昔話ではお馴染みのコンビなんですけど、僕らを知らなかったっていうお客さんもきっと多いですよね」


サル 「俺も知らない客がほとんどだな」


カニ 「当たり前ですよ。僕ら芸人は顔と名前を覚えて貰ってナンボですけど、皆さんお客さんなんですからいちいち名乗ったり挨拶なんてしないし一人一人覚えられませんよ」


サル 「でもこれぐらいの人数ならすぐ覚えられるぞ」


カニ 「そういう寂しいことは言わないの」


サル 「あれかな。人が少ないのはインフルエンザとか流行ってるからみんな外出控えてるとか?」


カニ 「海月座の外は買い物客で賑わってましたよ、、、ってだからそういうこと言わさないでよ」


サル 「でも気を付けないと。俺らも身体が資本だからな。キミ体調は大丈夫?」


カニ 「お陰様でこうやって元気に漫才してるけど、なんですよね、今の世の中っていろいろ怖いこと多いよね」


サル 「囲炉裏からクリが飛び出したり、甕の中からハチがでてきたりな」


カニ 「それは自業自得でしょ。そうじゃなくて、自然の驚異みたいなの多いじゃない、最近」


サル 「あぁ、紫外線な。やだよねぇ肌がシミだらけになっちゃうもの。UVカットの日傘が手放せないね」


カニ 「…サルくんてそんなこと気にするタイプだったっけ?」


サル 「見てよ、お尻なんか紫外線で日焼けして真っ赤になっちゃったよ」


カニ 「それは違うでしょ、いいよお尻なんて見せてくれなくて!」


サル 「なんだよ、ホントは嬉しいんだろ、俺のお尻。真っ赤になって照れちゃって…あれ?もしかしてキミも日焼け?」


カニ 「違います、僕のはアスタキサンチンだから。紫外線関係ないから」


サル 「知ってるよ。茹でたらもっと赤くなる♡」


カニ 「やめてよ、その食欲に満ちた目で僕を見るのは…サルくんが一番怖いよ。そうじゃなくて集中豪雨や台風とか自然災害が多いじゃない、過去に何度も大きな地震もあったでしょ。去年もちょくちょく揺れましたよねぇ」


サル 「あぁ、家を出ようとしたら急にドシンて音がしてな、ビックリしたよ」


カニ 「気をつけないとね。小さな地震でも崩れた本棚で被害にあう人もいたりするし、揺れも怖いけど、そういった落下物とかも危ないからね」


サル 「俺も、ドシンて音がしたときは屋根の上から臼が落ちてきてて…いやぁ危なかった」


カニ 「だからそれは自業自得だってば。地震じゃないし。きみの場合は悪さをしなければ余計な危険に合わずにすむんだよ。本当の災害はいつくるか分からないから怖いんだよね。それだけに日頃からいざというときのための準備が大切なんだよ」


サル 「準備っていうと?」


カニ 「日持ちのいいものを非常食として準備しとくとか」


サル 「日持ちのいいものなら俺も常備してるよ。サキイカとかツナピコとか柿の種とか、、、」


カニ 「それ君の酒のつまみでしょ」


サル 「いいじゃないか、何もないよりは」


カニ 「まあ、そうだけど、、、備えは非常食以外にも避難場所を確認しとくとか、倒れそうなものを固定しとくとか…僕は大切なものをまとめていつでも持ち出せるようにしてるよ」


サル 「避難袋だね。キミの避難袋は赤いリュックで普段は押入れの中に入れてあるんじゃないかい?」


カニ 「よく知ってるね」


サル 「こんなやつ?」


カニ 「あっ!それ僕の!いつの間に!」


サル 「災害前に失くしたら駄目じゃないか」


カニ 「サルくんが盗んだんだろ!、まったく相変わらず油断できないな君は」


サル 「ふふん。手癖が悪くなるのは観光地の猿にやたらと餌を与える人間がいけないんだよ」


カニ 「なに他人のせいにしてるんだよ。悪いのは君自身でしょ」


サル 「…反省」


カニ 「だからそれも他の猿の芸でしょ。すぐ人の物を盗るんだから」


サル 「そうは言うけど人間だって、いざ災害にあって困ったら悪いことだってするんだよ。大地震のあっとになると物不足につけこんで高値で商売したり、火事場泥棒みたいなことした人ちょいちょいいたっていうじゃん」


カニ 「それはほんの一部の人だよ。実際は多くの人が支えあっていたんだから。各地からも多くの人が物資を送ってくれたり駆けつけてくれたりしてさ」


サル 「外国からの救助犬の手伝いは断ったて聞いたよ。猫の手も借りたいっていうのに。食糧不足で食べちゃうとでも思ったのかね」


カニ 「それは検疫の問題だよ。酷いこと言うな。サルくんみたいにいい加減なことを言う人がいるから関東大震災では流言飛語で悲劇がおきたりもしたんだよ。それでなくても災害時は情報が錯綜するんだから。デマはだめだよデマは」


サル「 「オオカミが出たぞ~」とか?」


カニ 「うんまぁたとえばね」


サル 「「首相がきたぞ~」とか?」


カニ 「首相は来るかもね。災害地の視察に」


サル 「来ても邪魔なんだよな。忙しい時に相手しなくちゃいけないし。新品の作業着姿がいかにも役に立たなそうでさ。実際に危険だと視察中止して帰っちゃうし…」


カニ 「…まぁ首相はともかく、被災地のことはみんな本気で心配なんだよ。多くのボランティアの人が支えてくれるんだよ。ありがたいよ本当に」


サル 「避難所で炊き出しでオニギリつくってくれたりしてね」


カニ 「災害で疲れてるときだから心のこもったオニギリが元気をくれるよね」


サル 「もしも俺らが被災したらさぁ、その時はカニさんに折り入ってお願いがあるんだけど…」


カニ 「助け合うことが大切だからね、なんだいお願いって?」


サル 「カニさんがもらったオニギリと、ボクの柿の種を交換してくれないか?」


カニ 「もう一度臼を落とすよ! いい加減にしなさい!」





 下げを決めると一礼して二人はまばらな拍手の中を舞台の袖へとはけて行った。

さて、今年の出だしはまずまずといったところか。この先どんな一年になるのやら。


 二人の想いとは関わることもなくいつもは薄ら重く澱んだ空も今日はどこまでも青く澄んでいた。

呼び込みの男の大きく眠たげな欠伸が長閑な時間の中に溶けていった。

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