第8話 きゅうり
金を大量に手に入れた少女が、上機嫌で彼女たちの荷物が置いてある所に戻ると、
「ぅええ!? きゅうりがなーい?!」
頭を抱えながら叫んだ。
その声に驚き、盗賊たちは急いで自分たちの親分である彼女の元に慌てて駆け戻った。
「ちょっと! どういうことよ!? きゅうりがなくなってるじゃない!! 今日のご飯はあれだけなのよ?!」
少女は自分の頭から手を離すと、一番早く戻ってきた盗賊の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「い、いや……俺に言われても……」
「あ、姉御、今からこの金を売りに行けばいいんじゃないですか?」
突然親分に怒られてしまったので、その盗賊がしゅんとしていると、彼の後ろの盗賊が提案した。
「お腹が空いてうーごーけーなーいー!」
すると、少女がじたばたしながら言った。
((動いてんじゃないスか))
そう思っても、後が怖いので口に出せない盗賊たち。
「ふふふ……盗賊のものを盗むなんて、いい度胸じゃない」
少女はじたばたするのをぴたりと止めると、
「ってことで、野郎共!! 今からきゅうりを盗んだ奴を探して取っ捕まえるわよ!!」
拳を高々と振り上げてそう言った。
「「う、うぃー!!」」
ここで同意しないと後が怖いので同意する盗賊たち。
「……どうしよう、アニキ?」
「し……正直に謝った方がいいんじゃないんスか?」
その盗賊たちの最後尾の辺りに立っていた、きゅうりを持ち出した犯人である盗賊Bと盗賊Aが、小さな声で盗賊Cに言った。
「馬鹿!! そんなことしたら浄土逝きは目に見えてる!!」
盗賊Aの提案を素早く打ち消す盗賊C。
「じゃ、じゃあどうしたら……?」
「う、うーん……少年はあっちに走ってったよな?」
盗賊Aの問いに、盗賊Cがそう言うと、
「そうッス」
盗賊Bがこくりと頷いた。
「よ、よし……ここは口封じの為に……」
「「まっ、まさか、アニキ―…」」
「―…早く洞窟から出てってもらおう!」
「「! うぃー!」」
盗賊Cが危険な考えを持ち出さなかったことに安堵しつつ、二人はその考えに頷いた。
「やはりきゅうりは最高だな」
十本目のきゅうりを食べ終わった悠が言った。
「きゅうりの栄養価は、乏しい、です」
その隣で、手に持ったきゅうりを見ながら鈴がそう言うと、
「まあ、九十六パーセントが水分だからね」
きゅうりを一本食べ終わった葵が手を叩きながら言った。
「美味ければなんの問題ないだろう?」
言いながら、十一本目のきゅうりに手を伸ばす悠。
「……そんなに美味しい、ですか?」
「ばかうま」
「悠って本当にきゅうりが好きなんだね〜」
三人がきゅうりの籠を囲んで談笑していると、
「あ、いっ、いましたよ、アニキ!!」
「「?」」
という声が聞こえてきたので、三人は同時にそちらを向いた。
その先には、盗賊Aがこっちを指差しながら立っていた。
「おお!」
「「でかしたぞ、アンソニー!!」」
彼のすぐ後ろに姿を見せた盗賊Cと、複数の男たちの声が重なった。
「「……え?」」
それに驚いて振り返る盗賊Aと盗賊Bと盗賊C。
彼らの後ろには、彼らの仲間の盗賊たちがずらりと並んでいた。
いつの間に? と三人が固まっていると、
「あ、悠、あの人たちがきゅうりをくれ―…」
と、葵がこちらを指差しながら言いかけたので、
「わー!!」
盗賊Cは大きな声を出してそれを遮った。
「「……?」」
そこに居合た者たちは、突然大声を出した盗賊Cに訝し気な視線を送った。
「……はっはっ! ついに見付けたぞ、このきゅうり泥棒!」
その視線に耐えられなかったのか、盗賊Cは葵たちを指差しながら言葉を付け足した。
「「あ、アニキ!?」」
「ええい、煩い! あいつらには悪いがこうなりゃヤケだ!」
小さい声を発して目を見開いた盗賊Aと盗賊Bに、盗賊Cも小声でそう言い返した。
「え? な、何を言っているんですか?」
「あ、葵……俺の為に罪を侵してまできゅうりを……っ!?」
盗賊Cの言葉を聞いて動揺する葵と、彼に感動したような目を向ける悠。
「え? い、いや、だから違―…」
「たとえ違うとしても、向こうはやる気満々みたい、です」
慌てて否定しようとした葵に、鈴は静かに言った。
見ると、彼女の言う通り、盗賊たちは手に手に武器を取って構えている。
「え……えええ?! ど、どうしよう!?」
それを見てうろたえる葵。
「……俺に任せろ」
悠は、そんな彼の頭にぽんと手を乗せると、
「天空を巡る無形の刃」
静かにそう唱えた。
同時に、ふわ、と盗賊たちの足元に風が産まれる。
「「っ!?」」
次の瞬間、それは勢いよく吹き上がり、いとも容易く彼らを宙に舞い上がらせ、見えない刃で切り刻んだ。
「……魔力……回復した、ですか?」
「ああ。流石きゅうりパワーだな」
そう言いながら、地に落ち、ぐったりと倒れた盗賊たちを見下ろす鈴と悠。
すると、盗賊たちが倒れている向こう側の暗がりで何かが光った。
「! 危ない!」
「「!」」
それに気が付いた葵は、素早く剣を引き抜いて面を横にし、悠に向かって飛んできたそれをボレーの要領で弾き返した。
キィンと鋭い音を立て、葵の前に小型のナイフが落下した。
「あら、なかなかやるようね、きゅうり泥棒さん?」
三人が飛んできた物がそのナイフだと分かった頃、どこか笑いを含んだ声とともに、足音がこちらに近付いてきた。
「「……」」
その音がする方を油断なく見ながらそれぞれの武器を構える三人。
「盗賊に喧嘩売るたぁ、いい度胸じゃない!!」
が、声の主である少女が現れた瞬間、その緊張はすぐに解かれた。
「「・・・」」
「……ええと、麗?」
「?! 葵に鈴に悠!?」