第7話 優しい心
「姉御ー!」
夕焼け空に大きな声が響いた。
「姉御姉御姉御姉御ー!」
その声の主である頭にバンダナを巻いた軽装の男は、自分の親分のことを連呼しながら、野営地にある大きなテントに飛込んだ。
すると、がんっという鈍い音がテントに響いた。
「うっさいわね! 一回呼ばれれば分かるわよ!!」
それは、彼が姉御と呼んだ少女に思い切りグーで殴られたからである。
テントの中にいた他の男たちは、その音に首をすくめていた。
「す……スンマセン……」
「ったく……で? 何?」
頭に出来たたんこぶを押さえながら謝罪した男に、少女は腕を組ながらそう尋ねた。
「ザ・アジト! っぽい洞窟を見つけたんッス!!」
それで本来の目的を思い出した男は、目を輝かせながら少女に言った。
「はあ?」
「ザ・アジト! っぽい洞窟を見つけたんッス!!」
「だから、一回で分かるって言ってるでしょう!?」
再び二回繰り返して同じことを言ったので、少女は再び男のことを殴った。
「す……スンマセン……」
「ったく……で? その洞窟は何処にあんの?」
二段になったたんこぶを押さえながら再び謝罪した男に、溜め息をつきながら質問する少女。
「北ッス!」
「あっそ」
「北ッス!」
「消えたい?」
少女は、懲りずにまた発言を二回繰り返した男に、右手の全ての指と指の間にナイフを挟み、計四本のナイフを向けた。
「す……スンマセン……」
男は迷わず土下座した。
「……此処から北ね……」
少女は気にも留めずにその横を通ってテントの入り口を開けると、
「じゃあ、行くわよ、野郎共!!」
二つに縛った狐色の長い髪を揺らしながら振り向いてそう言った。
「「うぃー!!」」
何故かフレンチに応答する野郎共であった。
「うーん……なかなか戻れないね?」
巨大ゾンビを倒した後、薄暗い洞窟の中で、葵が小首を傾げながら言った。
「多分、第二ステージに進め、ということだと思う、です」
すると、彼の隣で鈴がぽつりと呟いた。
「え?」
「……詰まり、この世界の……ラスボスを……倒すまでは帰れない……って……こと……だ」
彼女の言葉を聞き返した葵に、鈴に代わって悠がそう言った。
「ええ!? そんな―…」
その言葉に驚いた葵が悠に顔を向けると、
「悠!?」
葵は、悠が倒れていることに気が付いて更に驚いた。
「……恐らく、魔力の消費による疲労、ですね」
彼の横に座り込んだ葵の隣で鈴が言った。
どうやら、強力な魔法は反動が大きいようだ。
「……あ……葵……」
「な、何っ?」
悠は弱々しい声で彼の友人の名を呼び、
「きゅうりが食いたい」
と、さらりと言った。
「う、うん、分かった! すぐ探してくるねっ!」
葵は大きく頷いて立ち上がり、
「鈴、悠を頼むね!」
と、言って何処かへ走っていった。
「……葵、本当に行った、です」
「流石葵だな。俺はそんな葵がきゅうりと同じくらい大好きだ」
「……食べ物と同列、ですか?」
止める間もなく走り去っていった葵を見ながら、そんな会話をする鈴と悠であった。
「……確かにザ・アジト! って感じだけど……ちょっと暗いんじゃない?」
薄暗い洞窟の中に入り、少女は少し不満気な声を出した。
「え? でも、暗い方がスリリングッスよ?」
「アジトがスリリングである必要性はまったくないと思うんだけど?」
少女が野郎Aと会話をしていると、
「あ、姉御!! これ見て下さい!!」
その後ろで、興奮した声で野郎Bが言った。
「んー?」
「これ、金ですよ!!」
小首を傾げながら振り向いた少女に野郎Bが言うと、
「……え? 金?!」
彼女は目を見開いた。
「姉御! こっちにもありますよ!!」
という声が多発したのを聞き、
「も……もしかして此処、金山!?」
少女はそう呟いた後で、
「よーし、此処がアジトに大決定よーっ!!」
拳を振り上げながらそう言った。
「「うぃー!!」」
それに喜んで同意する野郎共。
「では早速、各自、盗賊らしく金の採集に取り掛かりなさい!!」
「「うぃー!!」」
そうして、少女と野郎共……盗賊たちは、散々になって金を集め始めた。
「うひひ。アニキ、金ですよ、金!!」
「おう! これで俺らは大金持ちだな!」
ニヤニヤと笑いながら金を集める盗賊Bと盗賊C。
「ぐひっ……これでやっと母ちゃんの治療費払えるぜー!」
彼らの隣で、涙を拭いながら盗賊Aが言った。
「うんうん。よかったな、アンソニー!」
そんな彼に、ハンカチを差し出しながら盗賊Bがそう言うと、
「うーん……何処にあるんだろう? きゅうり……」
「「!」」
彼らの背後から声が聞こえてきた。
(な、なんスか、あいつは!?)
ささっと岩陰に隠れた盗賊Bが、こちらに向かって歩いてきた銀髪を見ながら尋ねると、
(……奴はきっと、俺らのアジトに忍び込んで金を盗みに来た薄汚い盗賊だ)
と、盗賊Cが答えた。
(と、盗賊!? う、薄汚ぇ!!)
自分の立場を完全に忘れ去っている盗賊B。
(よし、奴を取っ捕まえて姉御に突き出すぞ!!)
((うぃー!!))
盗賊Cの言葉に、盗賊Aと盗賊Bが同意すると、三人は同時に岩陰を飛び出した。
「おい!! あ、いや、そこのおじいさん!!」
そして、盗賊Bが第一声を発すると、
「……ええと、あの、僕まだ十五歳なんですけど?」
と、銀髪の少年、葵が言った。
「何!? ごっ、ごめんなさい!!」
「あ、いえ、気にしないで下さい。よく言われますから」
慌てて謝った盗賊Bを、葵は微笑みを向けながら快く許した。
「か、可哀想だな……」
「じゃ、ねえだろっ!! おい、小僧!! 此処で何している!?」
そんな彼に同情している盗賊Bに一喝入れた後、盗賊Cが尋ねた。
「きゅうりを探してます」
「「きゅうり?」」
葵の答えに小首を傾げる三人。
「はい……倒れてしまった友達が、どうしてもきゅうりが食べたいって……」
「ば、馬鹿!! どうしてそれを早く言わねえ!?」
葵の言葉を聞き、盗賊Aが大きな声でそう言った。
「え?」
葵が小首を傾げている間に三人はどどどどっと彼らの本部に戻り、大きな籠を持ってどどどどっと戻ってきた。
「「お大事にな!!」」
そして、持ってきた籠を葵に手渡した。
「こんなに沢山……!! あ、ありがとうございます!!」
大きな籠いっぱいに入ったきゅうりを見て、驚きながらお礼を言う葵。
「いいってことよ!」
「困った時はお互い様だぜ!」
「おう! その友達に早く持ってってやれよ!」
そう言いながら笑顔を見せる三人。
「はい!! 本当にありがとうございました!!」
葵は彼らにペコリと頭を下げると、籠を抱えて走っていった。
「……良いことしたな、俺ら」
「ああ……二回お礼言われたな」
「友達……元気になるといいな」
「「うんうん」」
どこか盗賊らしくない盗賊であった。
「お待たせ、悠!」
「葵、おかえりなさい、で―…」
「「!?」」
鈴と悠は、葵が抱えてきた籠を見て目を見開いた。
「はい、きゅうり!」
にこっと笑いながら、きゅうりが沢山入った籠をどさっと悠に手渡す葵。
「あ……ありがとう!! 俺は幸せだ!!」
「……ゆ、悠が……笑ってる……です」
悠の、人を小馬鹿にしたような笑みではない心からの笑顔を初めて見て、鈴は更に驚くのであった。