第58話 起承
『お、遅れてごめんなさいま―…ろおほ!?』
カレー屋から猛ダッシュでサーカスの大きなテントに戻ってきたマロの腹に、何か丸いものが勢いよく突進してきた。
『むー!!』
彼女の腹に丸いもの、それは、紫色の真ん丸い犬のぬいぐるみのような魔物、夢魔。
夢魔はマロの腹から、長い耳をパタパタと動かして飛び、彼女の顔の前に移動すると、酷く焦った様子で、むー、と鳴いた。
『ふ……不意打ちはいけないまろ……』
死闘の後の勝者のように、かっこよく口を拭いながらマロが夢魔にそう言うと、
『むーむーむーむー!!』
夢魔は短い手足をバタバタさせながら必死に何かを訴えてきた。
『まろぇ!? ロバートに愛の告白したら、デートしよう、って言われたから、喜んで檻の鍵を開けたら、檻から出た瞬間ロバートが暴れて出して団長さんたちに襲いかかった?!』
夢魔語を解読し、ご丁寧に説明口調で驚くマロ。
『むーむー!!』
そんな彼女の服を引っ張りながら、お願いするように鳴き叫ぶ夢魔。
『まろ、分かってるまろ。団長さんは、まろを拾ってくれたいいひとまろ』
『むー!』
マロと夢魔は、顔を見合わせて大きく頷いた。
『さあ、団長さんたちを助けに行くまろよ、むぅちゃん!!』
『むー!!』
マロはトンガリ帽子のなかに夢魔を入れるとテントの中へと入っていった。
『団長さーん!!』
「! マロちゃん、こっちに来ちゃダメよ、早く逃げて!!」
この場所にやって来たマロを見るなり、荷物やら大道具やらの陰に隠れていた女口調の紳士、団長は慌てて叫んだ。
『大丈夫まろ! ロバートはまろが説得してみせるまろ!!』
マロは彼と、彼と一緒に隠れているサーカス団の仲間たちにそう言った後、
『と言うか、みんなそんな所に隠れてるより早くここから逃げた方がいいと思うま―…』
彼らに続けて言っている途中で、
『ウガァ!!』
『ろおおおおおおお?!』
背後から大きなホワイトタイガーのロバートに吠えられて、驚いたマロは慌てて団長たちがいる所に飛込んだ。
「ほ、ほら、言わんこっちゃないじゃない……」
『ふ……不意打ちはいけないまろ……』
団長の隣で、ばっくばっくいっている胸を押さえ付けながら呟くマロ。
「こんな目に合わせてごめんなさいね、マロちゃん。檻、ちゃんと鍵かけた筈なんだけど……」
そんなマロに、団長が申し訳なさそうに謝った。
『まろろ、昨日捕まえたばかりのホワイトタイガーだから、暴れるのは仕方ないことまろ』
帽子のなかで、ビクッと反応した夢魔に苦笑いしながら、
『大丈夫まろ! ロバートはまろが説得してみせるまろ!』
マロは先程と同じことを言い、団長たちが止める間もなく荷物の陰から出た。
『ウガァ!!』
『まろぉ?!』
「「――!!」」
すると、ロバートがマロに飛びかかり、マロはロバートに押し倒された。
『ガルルルルルルル……』
『お、おおお、落ち着くまろ、ロバート!? マロはロバートと話がしたいだけまろ!! そうまろ!! 話まろ!! 話せば分かるまろ!! 誰だって分かり合えるまろ!! だから、落ち着いて、話し合おうまろ!! うんうんそれがいいまろ!! って言うか、まろを食べても美味しくないまろよ?!』
よだれを滴らせ、今にも自分を食い殺そうとしているロバートに、和解を試みるマロ。
『ガオオォオオオ!!』
『キャーまろー!!』
しかし、その甲斐もなく、迫力満点の恐ろしい雄叫びをあげたロバートに、マロは多少無理がある悲鳴をあげた。
『みみみ、みんなっ!! 助けてま―…』
助けを求める為に団長たちに目を向けたマロは、そちらを見て目を見開いた。
『……ろ……』
マロの目に飛び込んで来たもの。
それは、ロバートに突進された時に飛ばされてしまったのであろう、団長たちの足元に転がっている自分の帽子と、その周りに広がる青い血溜り。
そして、手に持ったナイフとその手を青く染めた、団長の姿。
『……むぅ……ちゃん……?』
直後、マロのなかで消えかけていたものが、どっと溢れ出した。
「マロがラスボスってどういうことですか!?」
『どうもこうも、そのままの意味だ』
葵からの、爆発が起こった場所に向かって走りながらの質問に、鎌子に乗って飛行している死神はさらりと答えた。
「そのままって……」
「でも、ラスボスが魔物に人間を殺すように呪いをかけた、ですよね?」
「……それは、人間が嫌いだからじゃないのか?」
「そうよ! それなのにその本人が人間と一緒に行動してるなんておかしいじゃない!?」
葵に次いで、死神に質問を投げ掛ける鈴と悠と麗。
『んー……75字以内で説明するとだな』
死神は少しだけ思考を巡らせた後、
『あいつが全部の魔物の呪いをかけたのは、あいつが人間の親に捨てられたからで、あいつが人間と一緒に行動してるのは、その人間があいつを拾ってくれたからだ』
と、いつもの抑揚のない声でさらりとそう言った。
「!? 人間の、親?!」
「それに、捨てられたって――?!」
彼の言葉を聞き、鈴と葵は驚いて目を見開いた。
『魔物は突然変異で産まれてくるからな』
「……人間からでも産まれることがある、ってことか?」
『ん。で、多分、魔物ってことがバレて捨てられたんだろ』
悠の言葉に頷き、重たい話を随分と軽く話す死神。
「て、随分と他人事ね?」
そう思ったのか、麗がそれを口にすると、
『まあ、実際他人だしな』
「うおい?!」
死神がさらりとそう言ったので、麗は彼に思い切り突っ込みを入れた。
『おお。で、オレ様が初めてあいつに合った時、その一人で寂しそうにしてた他人に言ってやったんだ』
すると、死神は思い出したように、
『みんなと遊ぶと楽しいぞって』
と、言った。
「! 恒―…」
麗の死神信頼度が回復したところで、
「『!!』」
二度目の爆発が起こった。
「――急いだ方が良さそうだね」
「ああ」
「そうね」
「はい、です」
葵の言葉にそれぞれ頷く三人。
『行くぞ! 黒マロを止めに!』
・・・。
「って、ここはボケないでしょ普通!?」
「……台無し、です」
「まだカレーネタを引きずっているのか?」
「“止めに”……優しいですね、死神さん」
その雰囲気を台無しにした死神に、麗と鈴と悠は突っ込みを入れ、葵はくすりと微笑んだ。