第56話 怖がりと甘党
あんな崖の先っぽにどうやって建てたのだろうと不思議に思うような死神の城を出て、死神の城からすぐ近くに見えたシードリーブスに行く為に、一行は暗い森の中を歩いていた。
「……なんなのこの森? なんか黒い霧みたいなのが漂ってるわよ?」
まだ昼前の筈なのに、辺りに漂う黒い霧のせいでこの森は暗くなっている。
それを不思議に思った麗がそう言うと、
『此処は“黒霧の森”だからな。もぐもぐ』
死神はイチゴゼリーを食べながらさらりと答えた。
「まんま、ですね」
『フッフッフッ。シンプル・イズ・ベストだ』
鈴の発言に、フッフッフッと不敵に笑う死神。
「お……おっ、オバケとか出ないよね、悠……?」
彼の後ろを歩く葵が、悠のコートの袖を掴んで恐る恐る尋ねると、
「なっ、何を言っているんだ葵っ?! そんなもの、いないに決まってるだろっ!?」
悠は妙なテンションでそれに答えた。
『……』
それを聞いた死神は、担いでいた鎌子を軽く振り、
『河童少年、あれはなんだ?』
すっ、と右手の人指し指で前方を指さして悠に質問をした。
「は? と言うか、“河童少年”って呼ぶ―…」
自分のことを“河童少年”と呼ぶ死神にもの申そうとしたところ、悠は死神の右手の人指し指の先にある、認めがたいものを見てしまった。
認めがたいもの。
それは――
「ひ……火の玉……」
「暗雲の閃光は破滅をもたらす!!」
宙に浮き、無方向に動き回る、紫色の火の玉。
葵がかすれた声で言った直後、悠はその火の玉を、前方に広がる黒霧の森もろともぶっ飛ばした。
が、攻撃の範囲ではない自分の背後には、まだ黒霧の森が残っている。
「走るぞ、葵!!」
「う、うんっ!!」
と言うわけで、悠は葵の腕を引っ張るようにして、砂煙を巻き上げながら走り去っていった。
「「・・・」」
鈴と麗は、ぽかんと口を開けて走り去っていく二人を見ていた。
『フッフッフッ。なかなか可愛いな。河童少年も』
その隣には、鎌子を振って産み出した紫色の火の玉を指先で踊らせながら愉快げに笑う死神がいる。
そんな彼を見て、
((こっ、こやつ、やりおる……!))
とか、何故か武士風に思う鈴と麗であった。
「ごごご、ご注文は、おおき、おき、お決まりになまり、お決まりになりましたましたかあっ?!」
「あ、はい。中辛4つと、……ええと、死神さんとマロは?」
どもりまくりのウエートレスに声をかけられ、葵はそう答えた後、向かい側に座っているマロと死神に小首を傾げながら尋ねた。
『まろ、甘口がいいまろっ!』
『オレ様は超激甘がいいまろ』
すると、マロが元気よく答えた後、死神が抑揚のない声でそう言った。
シードリーブスの町でマロと合流した一行は、
『サーカスまでまだ時間があるまろ!』
ということで、お腹がすいたので、取り敢えず近くにあったカレー屋にやって来たのであった。
「かっ……かしこまりまりました!!」
ウエートレスはどもりながらそう言うと、奥の方へと下がっていった。
奥の方で何やらきゃいきゃい騒いでいる様子からみると、彼女がどもりまくっていたのは、恐らく悠と死神が原因だろう。
「相変わらず大人気ね〜」
その様子を見て、麗はお冷やを頂きながら、
「オバケが怖い悠クンは」
ニヤリと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべてそう言った。
「……煩い黙れ」
悠はコップを握り締め、斜め下の床を睨みつけながら悔しそうに言った。
「そう言えば、マロは可愛いから許すけど、あんたが超激甘ってどういうことよ? いくつでそんなこと言ってんのよ?」
悠のその反応を見て満足げに笑いながら、麗はさらりと話題を変えた。
『フッフッフッ。15だ。そして、オレ様は辛いの嫌いだからな』
「ならカレー屋にくるな。て言うか消えろ。失せろ。絶えろ。果てろ。滅びろ」
不敵に笑いながら答えた死神を、悠は忌々しそうに睨みつけた。
貴様さえいなければ、とでも言いた気な、殺気のこもった目で。
『ゆうこりん冷たい』
すると、死神はぷうっと膨れてそう言った。
「誰がゆうこりんだ!?」
それを聞いて、鈴と麗は噴き出しそうになったのを力一杯押さえ込み、悠は怒鳴ると同時に握り締めていたコップを砕け散らせた。
「わあ、悠、凄い!」
『あおぴょん、ずれてるまろ』
それを見て驚いた葵に、マロは右手を振りながら突っ込みを入れた。
『む? “河童少年って呼ぶな”って言っただろ?』
「壮麗なる龍は―…」
「ちょっ!? こ、ここはお店の中よ?!」
「悠、落ち着く、です!」
「黙れ!! もう葵以外みんな死ね!!」
「こんな時でも葵至上主義?!」
「あの、ごめんなさい。このコップ、壊しちゃったんですけど……」
『あおぴょん、流石まろ』
などと、一行がギャーギャー騒いでいると、
「お待たせしました。超激甘カレーのお客様?」
何事にも動じない、つわものウエーターが超激甘カレーを持ってやって来た。
「「?!」」
同時に、葵と鈴と悠と麗が固まった。
『おお。オレ様のだ』
「はい、どうぞ。他のお客様はもうしばらくお待ちを―…」
「「帰ります」」
死神の前に超激甘カレーを置いたウエーターの言葉を遮り、四人はスタスタとカレー屋を出ていった。
『む? どうしたんだ?』
『150%の確率でそれが原因まろ』
『むう……超美味いのに。もぐもぐ』
マロが指さした超激甘カレー、ルーの代わりにチョコレートがかかったご飯を食べながら、死神はそんなことを言うのであった。