第55話 おにぎり
「悠……あんたにはがっかりだわ」
「俺も、お前にはがっかりだ」
朝食の席で、溜め息をつきながら麗が言うと、悠はおにぎりから口を離してそう返した。
「はあ? こぉんな素敵な麗ちゃんの何が―…」
「不味い」
麗の発言を遮るように、悠は一口食べただけのおにぎりを彼の皿の上に戻し、それを自分から遠ざけた。
「な、なんですって!?」
悠の聞き捨てならない発言に声を荒げる、本日の朝食係、麗。
『ん? そうか? オレ様は美味いと思うが。もぐもぐ』
すると、もぐもぐとおにぎりを食べながら死神がそう言った。
「でしょでしょ!? ほら見なさいよ! 悠の舌がおかしいんじゃないの?」
「舌がおかしいのはあの甘党の方だろ」
それを聞いて、麗が勝ち誇ったように言うと、悠はさらりと返した。
「……? 甘党?」
何故そこで甘党という言葉が出てきたのかと小首を傾げる麗。
「甘いものが好きとか、理解不能だな」
なんであんな不味いものが好きなんだ、と付け足し、悠はいつものようにきゅうりを食べ始めた。
「……ま……まさか……」
悠の言葉を聞き、嫌な予感がした麗は、おにぎりを手に取り、それを一口食べてみた。
「……砂糖と塩間違えたわ……」
予想通り砂糖と塩を間違えていた麗は、テーブルに甘いおにぎりと頭をがっくりと落とした。
『もぐもぐ。おにぎりがこんなに美味くなるとは、盗賊少女は天才だな。もぐもぐ』
「……甘い……です」
「……うん。甘いね……」
そんな彼女の隣で、甘いおにぎりをもりもり食べながら、今の彼女には皮肉にしか聞こえないような発言をする甘党、死神と、一口食べただけでそれを皿に戻す鈴と葵。
「朝食も終わったこと、ですし、早く次の町へ出発しましょう、です」
口直しにお茶を飲んだ鈴は、何事もなかったかのように話を切り換えた。
「次の町?」
彼女の言葉に、お茶を飲みながら小首を傾げる葵。
「これをマロに貰った、です」
こく、と頷いた後、鈴は例のポケットからチケットを五枚出してテーブルの上に置いた。
「! わあ、サーカスのチケットだ!」
『いち、にい、さん、しにがみ。よし、オレ様の分もあるな』
「何その変な数え方!?」
それを見て驚く葵と、変なものの数え方をした死神に突っ込みを入れる、ショックの淵から立ち直った麗。
「……それ、シードリーブスって書いてあるぞ?」
わいわいと盛り上がっている四人に、きゅうりを食べながら悠がさらりとそう言った。
「「え」」
葵と鈴と麗の背後に、ドカーンと雷が落ちた。
「ほ、ホントだわ……」
「し、シードリーブスって確か……」
「鈴たちが一番最初に訪れた町、ですか……?」
恐る恐る口を動かした後、ゆっくりと悠に目を向ける三人。
「そうだ」
「恒、此処からシードリーブスへはどう行けばいい、ですか?」
鈴は自分から聞いておいて悠の返事を無視し、死神にシードリーブスへの行き方を尋ねた。
『ん? 此処からシードリーブスに行くには、崖を下って、緑の丘をお花や蝶々と戯れながら進んで、河童が住む大きな沼を越えて、森を抜けて、オバケが出る渓谷から離れるようにドラゴンが静かに暮らす海に向かって、白い砂浜ではしゃいで、背の高い叢を掻き分けて、妖精の森を抜けて、ほとんど毎日吹雪いている険しい雪山を越えて、比較的平和な野原をずっとずーっと歩いていけば、そのうち辿り着くぞ』
すると死神は、見事に四人が歩いてきた道のりを逆方向に進めばいいと言った。
「……最悪……」
「……です……」
彼の言葉を聞いて、がっくりとテーブルに頭を落とす鈴と麗。
「ほ、他に道はないんですか、死神さんっ?」
お願いするように葵が死神に尋ねると、
『此処から真っ直ぐ行くとすぐ着くぞ』
死神はあっけらかんと言い放った。
「「え?」」
硬直。
「ぷっ……あの城、此処からよく見えるぞ?」
間が抜けたような顔をした三人を見て、悠は愉快げに笑いながら窓を指さしてそう言った。
「「・・・」」
そこからは、確かに背の高いシードリーブス城を見ることが出来た。
「目指せ甲子園!!」
『あーれー』
「集中豪雨ぅ!!」
「ぷ。こんな攻撃が俺に当たるとでも―…」
「もう、悠と死神さんの意地悪っ!」
「――!? や、止めろ、葵っ?!」
「みじん切りっ!!」
こうして、一行はシードリーブスに向け、賑やかに出発したのであった。