第54話 好き
『む……』
ゆっくりと目を開けた死神は、いつもより更に眠たそうな目で、まるで朝起きて眼鏡を探している人のようにきょろきょろと何かを探し始めた。
『フッフッフッ』
彼が探していたものは、彼の近くの床に、奇跡でも起きたのか、棒を足にして真っ直ぐ立っていたメロンキャンディ。
お目当てのものを見付けられた死神は、それを満足そうに口に入れて再び眠りに落ちた。
「……う……?」
目が覚めた葵は、しぱしぱとまばたきをした後、むくりと起き上がった。
「……此処は……?」
寝起きの声でそう呟いて辺りに目をやる葵。
目に入ってきたのは、紫色に照らされた部屋。
『くーくかひー』
「……」
そして自分の右隣の布団には死神が、左隣の布団には悠が眠っている。
――此処は、死神の城。
「あれ? 治ってる」
此処が何処だか思い出した葵は、自分の傷が癒えていることに気が付いた。
そしてきっと、隣で飴をくわえたまま元気に不自然ないびきをかいている死神も回復しているのであろう。
「此処に悠がいるってことは……鈴は何処にいるんだろう?」
反対隣で静かに眠っている悠を見て、あと二人もこの城にいると思った葵は、鈴にお礼を言うべく立ち上がり、広い部屋から出ていった。
『んん……へほんひゃんひぃ……』
口に飴が入っているせいか、寝言のせいか、死神は何かふやふや言いながら寝返りを打った。
棒がついている飴をくわえながらの、危険極まりない横にごろごろ三回転。
「『……?』」
ごつん、と何か額に硬いものが当たり、悠と死神は同時に目を開けた。
「『・・・』」
そして目の前にあるお互いの顔を見て、二人は同時に固まった。
二人の間に流れる沈黙。
それを破ったのは、おもむろに口から飴を離した、死神。
『河童少年、大胆……』
「壮麗なる龍は―…」
そう言って、なにやらもじもじと恥ずかしそうに布団で顔を隠した死神に、悠が彼の中で一番強い魔法をお見舞いしようとしたところ、
「! おはよう、悠。起きてたの?」
「!」
葵がそう言いながら部屋に入ってきた。
その声に驚き、そしてこの状況を勘違いされては困ると、悠はバッと振り向き、
「ご、誤解だ、葵!! 俺にそんな趣味はない!!」
と、必死になって訴えた。
「……? 誤解? まだ寝てるの?」
悠の訴えを聞いて、葵はきょとんとした顔で小首を傾げた。
「って、そんなわけないでしょ?!」
「いたっ!?」
すると、葵は麗に後ろから頭をスパァン、と勢いよく叩かれた。
「……悠、嘘はいけない、です」
「は?」
彼女の隣で鈴がいつもの無表情で言うと、悠はそれを一言で聞き返した。
「何を今更―…」
「あ! 死神さん! あの傷、鈴が治してくれたんですよ」
そんな彼に鈴が何か言うとしたところ、麗に叩かれてずれた視界に死神が映ったのか、葵が気付いたようにそう言った。
『何!? そうだったのか?!』
「はい」
寝ている状態からバック転をして起き上がるという、確かに凄いが意味不明な行動で自分の驚きの度合いを表現した死神に、葵がこくりと頷くと、
『ありがとう、白魔少女』
「いえ、あなたは葵と悠のついで―…」
『好き』
と言って、死神は鈴をふわりと抱き締めた。
「「・・・」」
間。
「え、えええ!? ラヴストーリーは突然に?!」
死神にすっぽりと包まれているので鈴の表情は分からないが、その隣で面白そうにはしゃぐ麗。
「あと、麗がお布団をかけてくれたんですよ」
そのまた隣で、葵はくすりと笑いながらそう言った。
『ありがとう。盗賊少女も好き』
「な――?!」
すると、死神は鈴を離し、今度は麗を優しく包み込んだ。
「なな、何するのよ!?」
顔を赤くした麗が死神の腕からどうにか脱出してそう言うと、
『む? 感謝のキモチを表現してみました』
死神は何故か敬語を使って答えた。
「か、感謝の気持ち?」
『ん。またの名を、オトモダチのしるし』
聞き返してきた麗に、死神は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて答えた。
「「……お……お友達の、印……??」」
「わあ、よかったね、二人とも」
死神の言葉がよく理解出来なかったのか、リピートした鈴と麗に、葵はくすりと笑ってそう言った。
「……え? 何?」
「……と言うことは、恒は葵をお友達として好き、と?」
「詰まり、恒はアイツがお友達だと思った人には誰にでも抱きつくと??」
ようやく状況を飲み込むことが出来た麗と鈴は、その場でコソコソと小会議を開いた。
「……ただの変態だな」
死神の後ろに立っている悠がぼそっと呟くと、
『……フッフッフッ。河童少年、自分だけオレ様にぎゅってされてないからすねてるな』
死神は振り向き、不敵に笑ってそう言った。
「すねるか、どアホ」
『アホじゃない。バカだ』
「黙―………っ??」
何か言い返してきた死神を黙らせようとした途中で彼が何を言ったのか気付き、調子が狂わされる悠。
「と言うことは、悠、チャンス到来、ですね」
ミニ会議の結論が出た鈴と麗は、顔を見合わせて頷き、二手に分かれて早速行動に出た。
「ほら、早くいきなさいよ〜っ!」
「ばっ、だ、だから触るなって言ってるだろ!?」
背中を押そうとした麗から素早く逃げる悠。
「? どうしたの、鈴?」
「葵、今、悠から大好きだと言う告白がある、です」
葵の背中を押しながら、うっかり内容を喋ってしまった鈴。
「あ」
しまった、と口を手で塞ぐ鈴。
「わあ、本当?」
すると、葵は自分の前に立っている悠を見て、
「僕も大好きだよ」
いつものようにくすりと笑ってそう言った。
「「!!」」
その言葉を聞いて、後ろに気を取られていた悠は葵に顔を向け、鈴と麗は予想外だったのか、ぱきっと石のように固まった。
「だって、悠は僕の一番最初の友達だもん」
石化した二人に気が付かずに、聞かれたわけでもなく理由を言った後、
「これからも、ずっと友達でいようね」
葵は素敵な笑顔でそう言った。
「「っ!!」」
石化していた二人は、葵の最後の一言で音もなく噴き出した。
そして、これを聞いた悠の顔を見てやろうとそちらに目を向けた。
「ああ。勿論だ」
「「!?」」
が、予想外の展開再び。
悠はその整った顔に微笑を浮かべて葵の言葉に同意していた。
『ふむ。葵のオトモダチならオレ様ともオトモダチだな。ぎゅー』
「その考えは力一杯否定するぞ」
死神の抱きつき攻撃をひらりとかわす悠。
『フッフッフッ。河童少年はシャイボーイなのか。じゃあ、これあげる』
そう言って、持っていた食べかけのメロンキャンディを悠に差し出す死神。
「いるか」
『イルカ?』
「アホか」
『バカだ』
「ふふっ、二人とも面白いね」
そんなほのぼのとした三人の後ろに、鈴と麗は呆然と立っていた。
「……何? 詰まり、今までのはただの素晴らしき友情劇?」
「……今までのは、ただの鈴たちの勘違い……?」
「……」
「……」
「「……詰まんね」」
テンション反比例。