第53話 技の名前
「えいっ!」
振り下ろされた剣を鎌子で止めた死神は、空いている左手を銃の形にした。
「!」
『ばーん』
「うわあ!?」
その指先から放たれた魔法の弾が腹を直撃し、葵は後方に吹っ飛んだ。
「ゴホ……いったた……」
葵は剣を杖代わりにして立ち上がり、紫の炎に照らされてフッフッフッと不敵に笑う死神を見た。
何度か攻撃を与えることが出来たものの、この様子から、葵の方が負けている。
死神の右手には、長身の彼以上もある、当たったら間違いなく首が飛ぶような危険極まりない大鎌の鎌子が握られている。
しかし、鎌子の攻撃を防ぐと、彼の左手から効果音通りの魔法が飛んでくる。
『そう言えば、葵、技名はないのか?』
葵がどうしようかと考えていると、死神が小首を傾げて話しかけてきた。
「? ゴホッ、技名……。技の……名前のことですか?」
そう言えばと言われても、それに繋がる会話などしていないのだが。
少し息切れした葵が小首を傾げて聞き返すと、
『ん。つけた方が、気合いみたいなものが入るぞ』
死神は、ん、と頷いて地を蹴った。
『月光』
「――っ!!」
みたいなもの? と疑問に思うという隙を見せてしまった葵は、攻撃を避け切ることが出来ず、死神の鎌子によって左肩から右の脇腹にかけて切り裂かれてしまった。
『……な?』
「……っ」
な? じゃないですよ、と葵は目で訴えながら、
「……技名……」
そう小さく呟いた。
そして、何か閃いたのか、葵はズボンのポケットに手を入れた。
『! しまった! 絆創膏か?!』
それを見た死神は目を見開いてそう言った。
そして、そうはさせるか、と死神は鎌子を振り上げるようにして、再び葵に斬りかかった。
「違いますっ!」
と言うか、絆創膏で済む怪我ではない。
葵はそう言いながら死神の攻撃を止めた。
すると、やはり死神は左手を素早く葵に向けた。
「えいっ!」
『ば―…ふがっ?!』
その瞬間、効果音を言う為に口を開けた死神の口に、葵はポケットから取り出した棒付きのメロンキャンディを突っ込んだ。
「――ええと、みじん切りっ!!」
死神の動きが止まった隙をついて、葵は夢中で剣を振るいまくった。
『ふも……っ!!』
技名の前の“ええと”が気になるが、その名の通り、死神は葵の剣によって縦横に斬り刻まれた。
その衝撃で後方に飛んだ死神は、飴が口に入っているせいか、くぐもった悲鳴をあげながら弧を描き、仰向けに倒れた。
「……悠から……スペア貰っといてよかった……」
少しでも出血を止める為に傷口に手を当てながら、ポケットに忍ばせておいた例のポケットのスペアを見て言う葵。
「……はあ……はあ……はっ!?」
それから目を離して、床に倒れている死神を見下ろした葵は、息切れの途中でハッと我に返った。
「だっ、大丈夫ですか、死神さんっ?!」
葵は倒れたまま動かない死神に慌てて駆け寄った。
『フッフッフッ。大丈夫じゃないに決まってガハゴホッ』
「わああ!? しゃ、喋らないでくだゴホゴホッ」
そして葵も倒れた。
『……フッフッフッ……葵〜、オレ様、この世のものとは思えないほどキレ〜なお花畑が見えるぞ〜?』
「……ふふ……僕はこの世のものとは思えないほど綺麗な川が見えます〜……」
二人が幸せそうな顔でそんなことを言っていると、
「無事か、葵?!」
部屋の扉が爆発音と共に豪快に吹っ飛び、そこから悠が現れた。
「!! 葵!!」
血を流しながら倒れている葵を見付け、悠は慌てて彼の元に駆け寄った。
「――っ」
そして悠も倒れた。
「もう、待ちなさいって言ってるでしょ―…って、死体が三体?!」
少し遅れて部屋に辿り着いた麗は、床に転がっている死体なのに四体ではなく三体の死体を見て、
「鈴鈴鈴鈴鈴鈴鈴鈴!!」
夢中になって鈴を呼んだ。
「一回呼べば分かります、です」
すると、すぐにそこへやって来た鈴に、
「鈴っ、三体っ、早くっ、死体がっ、回復っ!!」
麗は三人を指さしてわけの分からないことを必死に訴えた。
「……成程、この死体がゾンビにならないうちに早く始末しろ、と?」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違うわよ?!」
そう平然と言いながら三人の元へ移動する鈴に、麗は首をブンブンと横に振って言った。
「……白魔道士ジョーク、です」
そんな彼女に鈴はさらりとそう言った後、倒れている三人を見た。
(白魔道士ジョーク……?)
「葵と恒は傷のせいで、悠は魔法の使いすぎのせい、ですね」
疑問を浮かべている麗はほっといて、鈴はそう言った後、
「癒しの風」
と、呪文を唱えながら、杖の先で床を突いた。
「……くぅ……」
「……」
『ぐーすかぴー』
すると、回復した三人から寝息が聞こえてきた。
「「……」」
『ぐーすかぴー』
「……こいつ、本当に寝てるの?」
『ぐーすかぴー』
「……はい、恐らく……」
『ぐーすかぴー』
「「……」」
死神のいびきを不審に思いながら、鈴と麗は、ベッドに運ぶのは無理なので、床で寝ている三人に布団をかけてあげた。