第50話 突然の悪役
「……詰まり、“ぬいぐるみを拾ってきてくれ”ではなく、“渓谷の亡霊を倒してきてくれ”という依頼だった、ですね」
落ちていたクマのぬいぐるみを拾って、それを見下ろしながら鈴がぽつりと呟いた。
「成程ね。だからあんなにお金を……でも、どうしてわざわざ伏せたのかしらね?」
鈴の言葉にふむふむと頷いた後、麗は肩をすくめながら小首を傾げた。
「それは……その方が依頼を引き受けてくれる人が増えるから、ではないでしょうか?」
「……あるいは、祭りの町のように、渓谷の亡霊に捧げる犠が必要だったのか、だな」
彼女の問いに、鈴が自信がなさそうに答え、その後に悠が静かにそう返した。
「犠!? じゃあ、あのおっさんは私たちに死んでこいって依頼してきたってこと?!」
信じられないという表情で悠に聞き返す麗。
「……もしそうだったら、そういうことになるな」
「……それなら町の人は死なないし、後払いだからお金も減らない、ですね」
悠と鈴は真剣な表情でそう言った。
「汚い!! 大人って汚い!!」
「でも、鈴たちは勝ちました、ですから、あの金持ちからお金をがっぽり頂きましょう、です」
「……それもそうね。結果オーライ。気にしなーい、気にしない!」
「「……」」
切り換えが早い麗に、呆れを通り越して尊敬を覚える鈴と悠。
「……では、早く帰りましょう、です」
白いローブについた汚れを軽く叩いて落としながら鈴が言った。
「ええ。えっと、葵は悠が運べばいいわよね?」
「!」
麗の言葉を聞き、悠は若干嬉しそうな顔でぱっと後ろを振り向いた。
『……フッ』
そこには、まだ目が覚めない葵と一緒に死神がいた。
「って、まだいたの?!」
「しかも、まだ葵をお姫様だっこしている、です」
「返せ!! 葵をお姫様だっこするのは俺だ!!」
「「……」」
最後の悠の言葉は聞かなかったことにするかのように空を見上げて遠い目をする鈴と麗。
『フッフッフッ。返せと言われて返すと思っているのか? ふわふわ』
すると、その視界に死神が入ってきた。
「「……。……な?!」」
鎌子に足をかけて宙に高く浮いた死神が口にした悪役言葉に、しばしの間を置いて驚く三人。
『葵は預かった。返して欲しくばオレ様の城まで来ることだな』
死神は上空から三人を見下ろしながら、綺麗に整った顔に不敵な笑みを浮かべてそう言った後、
『ちゃお』
と言って、夜に溶け込むかのように姿をくらました。
「……」
「……」
「……」
間。
「……は! あ、葵!!」
「あ、葵が恒に拐われた、です!」
「拐われたわ!! なんか最後の台詞で台無しだけど葵が恒に拐われたわ!!」
七秒の間を置いて、ようやく事態が飲み込めた三人。
「え、えええ!? どうして急に悪役になっちゃったの、あの子?!」
「り、鈴たちの恒の扱いが酷かったから、でしょうか!?」
「母さん、そんな風に育てた覚えはないわよ!?」
突然の出来事に混乱する麗と鈴。
「……別に急に悪役になったわけではない」
すると、悠は釵をかじりながら、
「あいつは第9ステージのボスキャラだ」
と言った。
「第9……ボスキャラ、なのですか!?」
「ということは、“超イケメン”って自分のこと言ってたの―…って、悠、何食ってんのよ、それきゅうりじゃないわよ!?」
「っつ!! お、俺としたことが……っ!!」
「……う……?」
目が覚めると、葵は照明として紫色の炎が揺らめく黒い部屋にいた。
「……あれ? 僕、また違う所にいる……」
肌に当たる感覚からベッドに横になっていると分かった葵は、状態を起こして辺りを見回した。
広い部屋は炎以外は何処を見渡しても黒く、今自分がいるベッドまでも真っ黒だった。
『がちゃ』
すると奥にある扉が開き、
『……目が覚めたか?』
そこから死神がいつものように鎌子を担いで部屋の中に入ってきた。
「! 死神さん!」
部屋に入ってきた死神を見て、葵はほっと安心したように彼の名前を口にした。
死神は足まで隠れる黒いローブを来ているので、この黒い部屋では、彼の青白い顔と、炎の光を受けて怪しげな光を放つ鎌子の刃しかよく見ることが出来なかった。
「ええと、此処は何処ですか?」
それでも自分の友人が現れたことに安心した葵は、ベッドから降りて靴を履き、小首を傾げながら死神に質問した。
『此処はオレ様の城だ』
彼の問いに、死神は音もなく扉を閉めてさらりと答えた。
「死神さんの……お城? どうして―…」
『剣を構えろ、葵』
続けて質問しようとした葵を遮って、死神は彼に鎌子を向けてそう言った。
「え?」
『オレ様と戦えと言っている』
思わぬ言葉に驚く葵に、死神が無表情で言った。
「きゅ、急にどうしたんですか、死神さ―…っ!!」
わけが分からないと言うように死神にそう言っている途中で、彼が驚くほどの速さで接近して鎌子を振り下ろしたので、葵は慌てて剣を抜いてそれを防いだ。
『……それでいい』
死神は、ふっと口を綻ばせてそう言った後、鎌子と共に葵から素早く離れた。
「本気……なんですか?」
『オレ様は第9ステージのボスの死神』
死神は葵の問いに答える代わりに鎌子を振って紫色の炎を激しく燃え上がらせ、
『死神 恒だ』
紫色の光に照らされた部屋の真ん中で、不敵に笑いながらそう言った。