第49話 ジュジュ
「……第5ステージのボス……」
「……渓谷の亡霊……」
「……て言うか、ボクっ娘……」
三人は真剣な面持ちでそれぞれ呟いた。
ちなみに、上から悠、鈴、麗の順である。
「……」
「……」
「……コホン。さて、どうすればあいつを倒せるのかしらね?」
麗は、鈴と悠から向けられた視線から逃れるように目を閉じ、軽く咳払いをしてから再び目を開けて、ジュジュに取り憑かれている葵に目を向けた。
「そんなの簡単だよ。ボクを攻撃すればいい」
「――!」
が、ジュジュは麗が思ったよりも彼女の近くにいた。
「こんな風にね」
ジュジュは走ってきた勢いを乗せて、銀色に輝く剣を振るった。
「きゃあああ!!」
その勢いで後方に飛ばされる麗。
同時に、彼女の赤い血が辺りに飛び散った。
「させない、です!」
そのまま止まらずに振るった剣に左手を添え、追撃の体勢に入るジュジュ。
しかしその追撃は、彼女と麗の間に割って入った鈴が杖で止めた。
「クスクス。キミ、なかなか勇敢な白魔道士だね」
ジュジュは鈴に剣を弾かれたすぐ後、先程より力をこめて剣を振り、邪魔な杖を弾き飛ばした。
「でも、回復役が敵の前に出てくるのはよくないと思うよ?」
「っ!!」
そして、ジュジュは丸腰になった鈴に剣を振り下ろした。
戦場に、二度目の血しぶきがあがった。
「クスクス。バイバイ」
邪悪な笑みを浮かべ、鈴にとどめを刺そうとしたジュジュの周りの地面が、突然蒼白く光った。
「!」
「凍り付く壁」
それに気付いたジュジュがそこから飛び退くと同時に悠が呪文を唱えると、蒼白く光った地面から分厚く巨大な氷の壁が飛び出した。
「あっぶなぁ。まだ黒魔道士さんがいたことを忘れてたよ」
「自由を奪う凍てつく罠」
挑発的な笑みを浮かべながら言うジュジュを無視し、悠は次の呪文を唱えた。
「?」
しかし、自分の周りになんの変化も起こらないので疑問符を出すジュジュ。
「! これは……!」
すると、氷の壁の向こう側で鈴が驚きの声を発した。
それは、彼女の傷口が凍り付き、溢れ出る血が止まったから。
「……早く杖拾ってこい」
「! はい、です!」
悠の言葉を聞いて、鈴は立ち上がって頷いた。
「わお。優しいね」
そして杖に向かい始めた鈴を見て、
「そんなこと、させないに決まってるけどね」
ジュジュは彼女を追って駆け出した。
「凍り付く壁」
「!」
すると、先程の壁と直角に交わるように、新たな氷の壁が現れた。
自分の行く手を阻む氷の壁を見て、ジュジュが悠を忌々しそうに睨みつけると、
「……そんなこと、させないに決まってるだろ?」
悠は不敵に笑ってそう言った。
「……キミ、かっこいいけどムカつくね」
ジュジュは剣を握り締めると、標的を悠に変えて走り出した。
「そりゃどうも」
そう言いながら振り下ろされた剣を一対の釵で止める悠。
「……悪い、葵」
そして、小さく葵に謝ってから、
「宙を舞う三日月」
「うわ!?」
彼を風魔法で思い切り後方に吹き飛ばした。
「っ!!」
勢いよく吹き飛ばされたジュジュは、氷の壁に激突してそのまま地面に崩れ落ちた。
「凍り付く壁」
その隙に、悠は三度氷の壁を出現させた。
そうしてジュジュは、三つで直角三角形を描く分厚い氷の壁に閉じ込められてしまった。
「癒しの風」
癒しの魔法で傷を治した鈴と麗は、悠の元に移動した。
「悠、ありがとうございました、です」
そして、ペコリと頭を下げる鈴と、
「あんたのおかげで助かったわ。って言うか、本気で死ぬかと思った……」
今回ばかりはちゃんとお礼を言う麗。
「……で、ここからどうするの?」
寒そうな所に閉じ込められているジュジュを見ながら麗が小首を傾げて悠に尋ねると、
「……亡霊が弱って葵から出てくるのを待つ」
悠はその場に座り、きゅうりをくわえてそう言った。
「「……待つ?」」
「待つ」
「「……」」
聞き返すと、疲れたように悠が答えたので、鈴と麗は黙って待つことにした。
「……鈴、塩ある?」
が、黙って待つのは性に合わないようで。
麗は隣で正座をしている鈴にそう尋ねた。
「? はい、です」
いきなりそんなことを聞いてきた麗に疑問符を出しながらも、鈴は例のポケットから塩が入った小さな袋を取り出して彼女に渡した。
「麗、お腹が空いた、ですか?」
「え? 何? 鈴は私がお腹が空いたら塩を求めると思ってるの?」
ありがとう、と彼女から塩を受け取った麗は、それを縛っている紐を緩め、
「悪霊退散!!」
と叫びながら、大きく振りかぶってそれを投げた。
「「……」」
それを追うように顔を上げる鈴と悠。
すると、分厚い氷の壁を超えた所で見事にそれは落下し始めた。
「「……」」
それを追うように顔を下げる鈴と悠。
それは見事に葵の頭に当たり、葵にどばっと塩がかかった。
『うぎゃあああああ!?』
そして、見事にジュジュが葵の体から抜け出た。
「やったぁ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ麗の隣で、
「……また珍しく……」
「……お手柄、ですね」
と、心底意外そうに呟く悠と鈴。
「……あれ? でもまだ繋がってやがるわ。しぶといわね、あのヤロー」
飛び跳ねるのを止めて麗が顎に右手の人指し指を当てながらそう言うと、
「……大丈夫だ」
と、十本目のきゅうりを取り出しながら悠が言った。
なかなかのハイペースである。
「「大丈夫?」」
同じように小首を傾げて聞き返す鈴と麗。
「あいつは“病弱娘”だからな」
彼女たちに悠がさらりとそう言うと、
『塩っ!! 塩がっ!! しかもさっきから寒いと思ったらなんだよこれ!? ゴホッ、ゴホッ!!』
寒さのせいか、叫んだせいか、ジュジュが激しく咳き込み始めた。
「ああ……確かに恒がそんなことを言ってたわね」
「ね、です」
そんなジュジュを見て、のほほんと会話する麗と鈴。
『ゴホッ、ゴホッ!! こ……この体に戻れば……ゴホッ!!』
そう言いながらも、先程の戦闘とこの寒さで体力が残っていないジュジュは、徐々に葵から離れて上昇していき、
『……くっ……そ……』
最後に弱々しく呟き、白い光となって砕け散った。
「……鈴たちの勝ち、ですね」
「当然だ」
一件落着、よっこらせ、と鈴と悠が立ち上がると、
「ねぇ、ここからどうするの?」
と、麗が言った。
「「?」」
悠と鈴が疑問符を出して彼女に顔を向けると、
「葵、出られないじゃない?」
麗は倒れている葵を指さしてそう言った。
「「あ」」
衝撃。
「え?! ちょっと待って!? 今、悠まで“あ”って言わなかった?!」
「ま、まさか、ジュジュを倒した後のことは考えてなかった、ですか!?」
「おっ……俺としたことが……っ!!」
そうして三人が騒ぎ出したところ、
『フッフッフッ。やはり持つべきは神だな。フッフッふわふわ』
いつの間に現れていつの間に救出したのか、彼らの背後に、葵をお姫様だっこしている死神が鎌子に乗って現れた。
「「!」」
その抑揚のない声に素早く振り向いた三人は、
「いきなり出てこないでよ!?」
「心臓に悪い、です!!」
「葵を返せ!!」
救世主の死神に酷い言葉を浴びせたそうな。
『……オレ様しょんぼり』