第45話 メルヘン男
少女は言った。
『それ以上踏み込んじゃ駄目まろ、フラン』
少年は思った。
(此処、僕の城なんですけど……?)
まったく通じ合っていないマロとフランに、葵は真剣な表情でこう言った。
「あの……早く戻していただけませんか?」
ささやかなパーティーが終わり、それぞれが城の中で好きな行動を開始した。
「死神に花畑……ってことは、この川は三途の川?」
花畑の間を流れる綺麗な川を見て、普段着に戻してもらった麗が言うと、
「そうかもしれない、ですね」
白いローブを着た鈴は、いつもの調子で返事をした。
「詰まり、この川を渡ったらあの世逝き?」
「……試してみる、ですか?」
じっと川を見つめている麗に鈴がそう言うと、
「ぜ、絶対に離さないでね?」
麗は鈴の手をしっかりと握って、水面に顔を出している岩に足を乗せた。
「はい、です」
鈴はこくんと頷いてその手を離した。
「って、言ってるそばから離したあ?! いやー!! 死ぬー!!」
狭い足場でバタバタと暴れてしまった麗は、
「! ――きゃあ!?」
『『クルククーン』』
川にドポンと落ちて、水辺にいたドラゴンたちに笑われてしまった。
「こんにちは」
そこから少し離れた場所に座り、指に止まった蝶々にくすりと笑いかけながら挨拶をする、普段着に戻してもらった葵。
『メリークリスマス、葵』
『メリークリスマスまろ、あおぴょん』
そんな彼の所に、サンタクロースの格好をした死神とマロが、物欲しそうに両手を前に出してやって来た。
『む〜』
彼女のトンガリ帽子の中から現れた夢魔は、鼻が赤く染められていて、頭には二本の角がついていた。
「え? あ、ええと、ちょっと待っててください」
彼らの物欲しそうな両手を見た葵は、慌てて今ここにあるものを使ってものづくりを始めた。
『む〜』
そうしてしばらく待っていると、
「ふう……はい、どうぞ」
葵は微笑みながら、二人と一匹に綺麗な花の冠をプレゼントした。
『まろ……』
それを頭に被せてもらったマロは、
『ありがとうまろ、あおぴょん!!』
にっこりと笑って葵にお礼を言った。
「どういたしまして」
くすりと微笑みながらそう返す葵。
『むう……苦い』
『む〜……』
そんな彼らの隣で、花の冠を迷わず食べた死神と夢魔は、苦い、と同じように舌を出した。
それを見て、葵とマロは面白そうに笑った。
『す、素晴らしいです……!!』
その様子を少し離れた所で見ていたフランは、
『葵さんはメルヘンの塊ですね!!』
隣の椅子に座ってきゅうりをかじっている悠に、興奮した様子でそう言った。
「……このコート」
悠はそれを綺麗に無視し、今自分が来ている、フランがくれた新品の黒いロングコートを摘んだ。
『え? ああ、そのコートは、僕から貴方へのプレゼントです。お気に召しましたか?』
無視されたことを気にも留めずに、フランは爽やかに微笑みながら彼に言った。
「死神の鎌と同じか?」
そんな彼に、悠は突然そう尋ねた。
『! 鋭いですね』
それに驚いたフランは、
『はい。恒さんの鎌子と同じように、そのコートには貴方の体内に宿る邪悪な魔を鎮める、光属性の効果が備わっています』
と、こくりと頷きながら言った。
――光属性の特殊な効果がつくと、それと同時に光属性の攻撃に対しての耐性も備わる。
だからあの時、死神は悠の光魔法を切り裂くことが出来たのだった。
「……何故俺にこれを?」
そのような効果を持つ特殊なコートを、今日会ったばかりの自分にどうして無償でくれるのか、悠がフランに尋ねると、
『……それは、貴方が恒さんと同じように苦しんでいたから』
フランはゆっくりとそう言った。
「……」
『楽になれる方法を知っているのに、魔物の心と体はいつもそれを求めているのに、』
魔物の心と体が求めているもの。
それは、人間が持つ真っ赤な血。
『魔物が人間を殺すことは当たり前のこと。それなのに、貴方と彼はそれを無理矢理押さえ込んで、少しつつけば簡単に壊れそうになるほど我慢していたから』
黙って聞いていてくれる悠に微笑みを向けながら、フランは言葉を続けた。
『僕はメルヘンが好きだから』
一息置いてから、フランは花畑を見回しながらそう言い、
『つらく苦しんでいるのはメルヘンじゃないから』
自分に駆け寄ってきた幼いドラゴンを胸に抱いて、
『だから、貴方にも彼にも笑顔に、メルヘンなって欲しかったのです』
ふわりと微笑んでそう言った。
「……何故魔物は人間を殺そうとするんだ?」
すると、悠が再びフランに質問した。
『それは、僕たち魔物は、人間を殺すよう、呪われて産まれてくるからです』
その質問に答えた後、不思議そうな顔をした悠に、
『魔物は魔物に呪われているのです』
フランはそう付け加えた。
「じゃあじゃあ、その魔物をやっつけちゃえばいいんじゃないの?」
すると、いつの間にそこにいたのか、フランの隣で麗が言った。
『はい。そうすれば、魔物に掛けられた呪いが解けてなくなります。同時に、貴殿方はこの世界からいなくなります』
彼女の問いに、フランはさらりと答えた。
「……? どういうこと、ですか?」
麗の隣にいた鈴が首を傾げて尋ねると、
『詰まり、すべての魔物に呪いを掛けている魔物。その魔物がラスボスということです』
フランは微笑んでそう答えた。