第44話 乙姫
「はじめまして。日向 葵です」
自己紹介をしてくれたフランに、葵はにこやかに微笑みながらそう言って右手を差し出した。
「って、バカ!!」
「いたっ!?」
すると、左から鉄拳が飛んできた。
「い、痛いよ、麗。……? 悠?」
麗に叩かれた所に左手を当てながらそう言っている途中で、フランに向けて差し出した右手を悠が無言で取ったので、葵は小首を傾げて彼の名前を呼んだ。
「話聞いてなかったの!? こいつは第8ステージのボスなのよ?! って、何ちゃっかり葵の手ぇ握ってるのよ、悠!?」
葵に突っ込みを入れた後、ちゃっかりしている悠にもしっかり突っ込みを入れる麗。
「……だって」
『ウフフ、嫌ですね。そう身構えないでください、麗さん』
ムッとした表情で悠がぼそっと発した言葉は、フランによって掻き消された。
『ご安心を。僕は貴殿方と戦うつもりはありませんから。多分』
「なんで曖昧?! って言うか、どうして私の名前を――」
爽やかな笑顔で、最後に四人を不安にさせる単語をつけたフランに麗が突っ込みを入れると、
『貴殿方のことは、恒さんからよく聞いていましたので』
フランはそう答えて、竜宮城の入り口に向かって歩き出した。
「フランさんと死神さんはお友達なんですか?」
悠と繋いだ手を前後に緩く揺らしてほのぼのと笑いながら、葵はフランに質問をした。
『はい。彼、よく此処に来てくれるんですよ』
質問に答えたフランは、竜宮城の入り口である大きな扉を押した後、再び四人に向き直り、
『ようこそ、僕の城へ』
ふわりと微笑んでそう言った。
ガコン、という大きな音を立てて扉が開き、まず初めに目に入ったものは、
『メリークリスマス、あお―…』
『まろ〜! メリークリスマスまろ、きゅう―…』
と言いながら、葵と悠に向かって飛び込んできた死神とマロ。
勿論、そんな危険極まりない人物は、悠が振り向きざまに回し蹴りをして吹っ飛ばした。
「お、お花畑!?」
「と、川がある、です」
「わあ、綺麗だね」
吹っ飛んでいった死神とマロを完全に無視して、次に目に入ったものは、竜宮城の中の様子。
城の中は、室内だというのに、色取り取りの花が鮮やかに咲き乱れ、その間を綺麗な川が流れている。
「そしてドラゴンがずらり?!」
「……食費が大変そう、です」
最後に、花畑の中にいるドラゴン達を発見した。
『ああ、その点は全く問題ないんですよ』
そのドラゴン達を見て、鈴がぽつりと発した言葉に、
『鈴さんは、“弱肉強食”という言葉をご存知ですか?』
フランは爽やかに微笑みながらそう言った。
「弱――」
『ウフフ、言ったでしょう? ドラゴンは基本肉食だって』
嫌な予感にぱきっと固まった鈴に向け、フランがその予感を的中させた。
「……成程。それでお金を使わずお腹いっぱい、ってことか」
二人を吹っ飛ばした後、何事もなかったかのようにきゅうりをかじっていた悠がそう言うと、
『はい。意外と美味しいんですよ? ドラゴンの肉って』
「って、あんたも食うのかよ!?」
と、爽やかな笑顔で言ったフランに、麗が透かさず突っ込みを入れた。
「……あれ? でも、魔物は死ぬとすぐに消えてしまいますよね?」
それでどうしたらお腹がいっぱいになるのだろうと、葵が小首を傾げてフランに聞いた。
『魔物は死ななければ消えませんよ?』
すると、葵はフランに逆に聞き返された。
「え?」
「……詰まり、部分的に食べる、ということ、ですか?」
疑問符を出した葵の隣で、鈴がそう言うと、
『ウフフ、見たでしょう? ドラゴンは再生能力が凄いんです』
フランは爽やかな笑顔でそう言った。
「……ええと、あんたはドラゴンが好きなのよね?」
『勿論大好きですよ。ドラゴンは無邪気で、素直で、美味しくて、優しくて、可愛くて、とってもメルヘンで素敵な魔物ですから』
「……なんかひとつ増えてない? とは、敢えて突っ込まないわよ?」
にこにこと笑って答えるフランに、麗は引きつった笑顔でそう返した。
『ああ、そうだ! 今、恒さんのささやかな誕生日パーティーをしていたところなんですよ―…って、あれ? 恒さん?』
そんな麗の呟きを綺麗に流したフランは、死神の姿が見えないことに今気が付いた。
「……死神なら、あそこの木に引っ掛かってるぞ」
すると、悠が城の中にある木を指さしてそう言った。
『え?』
『ぶらんぶらーん』
疑問符を出したフランは、自分で効果音を言いながら木の枝にぶらさがっている死神を見て、
『もう、本当に馬鹿ですね?』
とびきりの笑顔でそう言った。
(分からない、私こいつが分からないわ!!)
(……本当にお友達、なのでしょうか?)
フランの笑顔に言葉に出来ない不安を覚える麗と鈴。
『そんな馬鹿なことしてないで、パーティーを続けましょう?』
『らじゃ』
フランが声をかけると、死神は、
『すたっ』
と地面に降りた。
すると、
『ぐえまろ』
丁度そこに倒れていたマロが、少々無理がある悲鳴をあげた。
『む。めんごめんご』
『もう、ちゃんと謝ってください。乙姫様を踏みつけるなんて最低ですよ、恒さん?』
乙姫様の格好をしたマロにさらりと謝った死神に、フランが怒ったようにそう言うと、
『かたじけない』
死神は地面に手をついて謝罪した。
『もう、本当に意味不明ですね』
溜め息をつきながらも微笑みを絶やさずに、
『では、貴殿方もご一緒にどうぞ。って、ああ、でもその格好は、パーティーにふさわしくありませんね』
と言って、フランはパキンと指を打ち鳴らした。
「「!?」」
直後、ボロボロな服から、鈴と麗はひらひらしたドレスに、悠は新品のロングコートに変わった。
「どど、ドレス?!」
「っです」
今まで着たことがないような服を着せられ、麗と鈴が焦っていると、
『よくお似合いですよ』
フランはふわりと微笑んでそう言った。
『なかなかだけど、乙姫様のまろほどじゃないまろ。ね、きゅうちゃ〜ん?』
素敵な笑顔でそんなことを言われたものだから、若干顔が赤くなった麗と鈴に向けて、乙姫様の格好をしたマロが悠に同意を求めてそう言った。
「は? 乙姫が何処にいるんだ?」
『ま、まろのことま―…』
キョロキョロと辺りを見回しながらそう言った悠に、マロがじたばたしながら言った言葉は、
「あ、あのぅ……」
葵によって遮られた。
「『? ――!!』」
その声に疑問符を出しながら振り向いた六人は、彼を見た途端に固まった。
「どうして僕までドレスなんでしょうか……?」
それは、葵がふわふわのドレスを来ていたから。
もじもじと恥じらいながら言う葵の姿は、
((お、乙姫……!!))
悠と死神のハートを撃ち抜いた。
「葵、可愛い、です」
『まろろ、お人形さんみたいまろ〜!』
「うんうん! もういっそのことそのまま女の子になっちゃいなさいよ!」
「ええっ!? 何言ってるの、麗?!」
鈴とマロと麗にそう言われて困っている葵を見て、
『ええっ!? 女の子じゃなかったんですか?!』
フランは驚いて無意識に一歩下がった。
『で、では、何故恒さんは―…』
『それ以上踏み込んじゃ駄目まろ、フラン』
そして、フランが続けて何か言おうとしたところ、マロが首を横に振ってそれを止めた。