第40話 セネリオ
「俺のせいで貴様の順位が下がった? 最高だな」
「どんだけSなのよ、あんたは?!」
セネリオが小爆発を起こす直前に放った言葉を聞いて、愉快げに笑みを浮かべた悠に、麗は素早く突っ込みを入れた。
『……? えす?』
その隣で、メロンキャンディをくわえた死神が、麗の突っ込みの際に用いた言葉に小首を傾げた。
「……怪我をした人や、困っている人を見て、面白そうに笑うような奴のこと、です」
そんな死神にさらりと簡単に説明する鈴。
「何を言ってる? 困ってる奴がいたら相談に乗ってやるに決まってるだろ?」
すると、心外そうに悠が口を挟んだ。
「いや、何今更良いヤツぶってんのよ!?」
白々しすぎる彼に透かさず突っ込みを入れる麗。
「で、相手を信用させた上で突き落とす」
「と、思いきや、まったく良いヤツじゃねえ?! まあ、知ってたけどね!!」
「ちなみに、怪我は無料でより深くしてやるぞ」
「いろんな意味で出血大サービス!? 有り難迷惑極まりないわよ?!」
などと、悠と麗が漫才を繰り広げている時、
「……」
葵は、セネリオが小爆発を起こした所をじっと見つめていた。
そこには、灰色の煙がセネリオを包むようにもくもくと発生している。
その煙を見ていた葵は、真剣な表情でこう言った。
「……自爆?」
と。
「んなわけあるかぁ!!」
「いたっ!?」
直後、葵は麗にスパァンと突っ込みを入れられた。
「いたた……でも、龍太くん爆発したよ?」
「……本来の姿にでも戻ったんだろ」
葵が麗に言うと、悠は麗に叩かれてしまった彼の頭を優しく撫でながらそう言った。
「本来の、姿?」
『ん。龍太に戻るぞ』
悠の言葉に鈴が小首を傾げると、死神は飴をくわえたままこくりと頷いた。
「!? ま、まさか、あいつの正体は、龍なの?!」
ピンと閃いた麗が死神にそう言うと、
『いや、竜の落とし子だ』
死神はさらりとそれを否定して、セネリオの正体をさらりと言った。
「タツノオトシゴ?!」
その答えに驚いて、バッと煙の向こう側に目を向ける麗と、彼女に続く三人。
すると、そのタイミングに合わせたかのように、灰色の煙が晴れ、そこから本来の姿に戻ったセネリオが姿を現した。
「ぷっ」
そして、悠が噴き出した。
『テメェェ!! 今、オレ見て噴き出しやがったなぁ!?』
そんな彼に、当然のごとく腹を立てるセネリオ。
彼は頭から蒸気を発し、くるくると巻かれた尾を延び縮みさせ、長い管状の口からくぐもった怒鳴り声を出した。
「……可愛い、です」
どうやら鈴の無表情な栗色の瞳には、少年の時と同じ大きさで、宙に浮くために短いヒレを懸命にパタパタと動かしている、全身緑色の巨大タツノオトシゴは、とても可愛らしく映ったようだ。
『そっ、そんなこと言われたって、全然嬉しくないんだからな!!』
そう言いながらも、若干嬉しそうな声と顔になるセネリオ。
「……なんかアイツ、悪いヤツじゃないっぽい?」
そんなセネリオを見て、麗は顎に人指し指を当て、小首を傾げながら呟いた。
『オレ様はあんまり好きじゃないぞ』
すると、飴をくわえながら大鎌を担いでいる死神がさらりと言った。
「どうして、ですか?」
彼の言葉を聞いて、小首を傾げて質問をする鈴。
『龍太は自分が気に入らない奴なら、人間は勿論、魔物だってすぐ殺すからな』
彼女の質問に、死神はそう答えた。
「え?」
「人間は……勿論?」
その答えを聞き、驚いて固まる麗と、彼の言葉をゆっくりと聞き返す鈴。
『……魔物が人間を殺すことは、当たり前のことだ』
すると死神は、彼の蒼白い肌の色のような冷たい声でそう言った。
「そんな―…」
『テメェェ!! またオレのこと“龍太”って呼びやがったなァァ!?』
「『!』」
そんな死神に、信じられないと言うような顔で麗が何か言おうとしたところ、セネリオの口から発射された勢いのいい無数の泡がこちらに飛んで来た為、その言葉は遮られた。
「「……?」」
いつまで経っても痛みが襲って来ないので、鈴と麗が反射的に固く瞑った瞳を開くと、
「……ふう、よそ見してちゃ駄目だよ?」
安堵の溜め息をつく葵が、いつの間にか彼女たちの前に立っていた。
どうやら先程の泡は、剣を盾にして防いだようだ。
「あ、葵……! ゴメン、ありがとっ!!」
「っです」
自分たちを守ってくれた葵にお礼を言った後、麗と鈴は、ボスキャラが目の前にいることを今思い出したように、慌ててそれぞれ武器を構えた。
「どういたしまして」
そんな二人に、いつものようにくすりと笑って応える葵。
『お、オレの攻撃を防いだだと……!?』
自分の攻撃を剣一本で全て防がれたことに衝撃を受けるセネリオ。
『流石葵。オレ様惚れ直しちゃったぞ。ふわふわ』
すると、上から死神の抑揚のない声が聞こえてきた。
((!! 薄情者っ!!))
先程の攻撃の時に、死神が一人だけ鎌に乗って空に逃げたことが分かった鈴と麗は、心の中でそう叫んだ。
『何!? アイツ女だったのか?!』
死神の言葉を聞き、葵が女の子だと勘違いするセネリオ。
「否定はしない」
きゅうりをかじりながら葵の隣に歩み出た悠は、彼の言葉に賛同した。
「ええ?! 否定してよ、悠!?」
それに驚いて悠に突っ込みを入れる葵。
「僕は男だよ?」
そして葵は、ぷうっと頬を膨らませて悠に向かってそう言った。
「!」
そんな可愛らしい葵を間近で見た悠は、
「……悪い」
ふっと微笑み、謝りながら葵の膨れた両頬を右手で挟んでみた。
すると、ぷすっと空気が抜ける音がした。
「も、もう、悠! 本気で謝ってるの!?」
そうしてポカポカと悠を叩き始める葵。
「や、やめろ、葵」
彼の弱い攻撃を釵を持った左手と腕で防ぐ悠。
一見微笑ましい光景だが、葵は右手に剣を持ったまま叩いてくるので、悠は結構本気で先程の台詞を言っていた。
『戦闘中にいちゃついてんじゃねぇぞ、テメェらァァ!!』
セネリオはご尤もな怒鳴り声をあげた。
「……はっ! いけない、いけないっ! 鈴!」
葵と悠のせいで削がれた戦意があまりに大きかった為に、蝶々を追い掛けていた麗は、セネリオの怒鳴り声で我に返り、慌てて鈴に声をかけた。
「! は、はい、です! 束縛の鎖!」
例のポケットからぬいぐるみのチェルシーを出そうとしていた鈴は、彼女の呼び声を聞いて慌ててそれをしまい、呪文を唱えながら杖を地面に突き立てた。
直後、彼の足元から飛び出した白い光で出来た鎖に、彼の胴体が束縛された。
『な――』
「大雨洪水注意報っ!」
セネリオが驚く暇もなく、謎の技名を言いながら、麗が彼に向かって十本のナイフを同時に投げつけた。
鈴の魔法で身動きが取れない上に腕がないセネリオは、その十本のナイフを全て自らの体で受けることになった。
『っ!!』
鋭いナイフが体に突き刺さると同時に光の鎖が消え、セネリオは仰向けに倒れ込んだ。
そして、セネリオの周りの地面が彼の青い血で染められていく。
「「……」」
「や、やったの……?」
「……みたい、ですね」
その様子を見て、そろそろと麗が口を開くと、鈴がぎこちなく頷いた。
『おー』
彼女たちに向けて、ぱちぱちと拍手をする死神。
「わあ、凄―…」
そう言って、葵が剣をしまおうとした瞬間、
「うわあ?!」
いつの間に伸ばしたのか、葵の足にセネリオの尾が巻き付き、葵は彼の元に引き寄せられた。
「「! 葵―…」」
『動くな!!』
すぐに彼を助けようとした三人は、セネリオの一言によってその動きを止められた。
『……動いたら、こいつを絞め殺す』
「「!」」
ヒレを動かして上体を起こしたセネリオは、自分の尾を葵の胴まで巻き付けながら三人にそう言った。
『ふ……フハハ! これでテメェら……オレに攻撃出来ねぇだろ……!!』
固まった三人を見て、息を切らせながらも得意気に笑うセネリオ。
「……いいなあ」
「って、今それどころじゃないでしょう?!」
『いや、動くなよ!?』
ぼそっと悠が言った言葉に思わず突っ込みを入れてしまった麗。
そんな彼女の突っ込みに、セネリオは突っ込みで返した。
『こ……こいつがどうなってもいいのか……?』
そう言って、セネリオは今度こそ三人の動きを止めることに成功した。
「あれ? でも、僕は攻撃出来るよ?」
『え』
三人の動きは。
「えいっ」
『嘘ぉ?!』
葵の腕まで縛り付けていなかったセネリオは、彼の剣に貫かれてしまったとさ。