第38話 質疑応答
「あ、葵……」
気持ちが落ち着くのに時間がかかるのか、なかなか自分から離れない葵。
そんな彼の行為は、悠の落ち着きを失わさせた。
「……」
ざわつく体。
高鳴る鼓動。
無意識に何かを求めて下に向かう左手。
「っ!」
自分が冷静さを失っていることに気が付いた悠は、
「い、一体どうしたんだ、葵?」
担いでいたきゅうりの袋を降ろして、両手で葵の両肩を掴み、不本意ではあるが彼を自分から遠ざけた。
「……へ……変な三人組の男の人たちに追い掛けられて……」
大分気持ちが落ち着いてきた葵は、ゆっくりと彼の問いに答えた。
「!? 変な三人組の男に襲われただと?!」
若干聞き間違える悠。
「どんな奴らだ?」
そして、さりげなく探りを入れる、漆黒の瞳に怒りを宿した悠。
「ええ……と、顔はよく覚えてないけど、髪型はリーゼントとアフロとモヒカンだったよ」
本当に変な三人組の男の人たちに追われていた葵。
予想だにしなかった個性豊かな髪型を聞かされて、憤っていた悠も、思わず言葉を失ってしまった。
「……そうか。それは怖かったな?」
が、すぐに我に返ることが出来た悠は、ロングコートの袖で葵の瞳に残る涙を拭いながら、女性が聞いたらそれだけでくらくらしてしまいそうな、限りなく優しい声でそう言った。
「うん。ありがとう、悠」
すると葵は、思わず抱き締めたくなるような笑顔で、自分を助けてくれた悠にお礼を言った。
『きゅんきゅん』
キュンキュンした死神は、素直にそれを実行した。
「天空を巡る無形の刃」
突然現れて葵を抱き締めた死神は、悠の魔法によって吹っ飛ばされた。
「見て見てこの服超可愛くない?!」
すっかり暗くなって、宿屋の部屋に戻った麗は、目を輝かせながら鈴に今日買ってきた服を見せた。
「……麗、またそんなに買った、ですか?」
すると、溜め息まじりに無表情な彼女がそう返した。
「だ、だって可愛かったんだもん……エヘッ」
可愛らしく笑って誤魔化そうとした麗に、
「また荷物が重くなる、ですよ?」
鈴はズバッとそう言った。
「そ、そう言う鈴だって、そのやたらでかいクマさんは何よ?」
そんな彼女にズバッと言い返す麗。
「チェルシー、です」
しかし、鈴はなんの臆面もなく巨大なクマのぬいぐるみの名前を答えた。
「ち、ちぇる……って言うか、そっちの方が荷物になるんじゃない?」
若干呆れながらそう聞き返す麗。
「大丈夫、です」
すると、鈴はポケットの中から白いポケットを持ち出した。
「あの幻のポケットを見付けた、です」
そのポケットは、あの有名な、某猫型ロボットが愛用している、物理的な法則を完全に無視してなんでも収納することが出来るポケットだった。
「!? も、もしやそれはあの超有名な四次元―…」
麗が危うくそのポケットの名称を言いそうになったところ、
「「?」」
隣の部屋から、ドアが閉まり、その後鍵を閉めた音が聞こえてきた。
「……? あの二人、もう寝たのかしら?」
それを聞いて、小首を傾げながら呟く麗。
「七時就寝、です」
「ご老体!?」
ふかふかのベッドに入って早くも眠りに落ちた葵を部屋に残し、ひとり屋上に向かう悠。
勿論、昼間の危ない輩がまた現れて、葵の寝込みを襲う、なんてことがないように、ばっちり部屋には鍵をかけた。
「……此処か」
そう呟いた後、悠が扉を押し開けると、
『エビフライ!!』
屋上の真ん中で、死神が海老のように体を反らしていた。
「……」
悠は静かにドアを閉めた。
『見ぃたぁなぁ?』
「!?」
そして回れ右をすると、目の前に死神がいたので驚く悠。
『フッフッフッ。ばれちゃあ仕様がない』
そんな悠に、死神はそう言って大鎌、鎌子を担ぎ、
『オレ様は死神だ!』
「知っている」
と、迫力満点に自己紹介したのだが、悠にあっさりと流されてしまった。
『……しょっきんぐぴんく……』
ショックを受けた死神は、意味不明なことを呟きながら、
『ふらふら、ごつん』
と、壁に右肩と頭を預け、アンニュイオーラを発生させた。
「……」
何故死神はわざわざ自分で効果音を言うのか、と疑問を浮かべる悠。
が、そんなことを知ったところでなんの役にも立たないだろうと思った悠は、敢えてそこには触れないことにした。
『……のの字、のの字、のの字、のの字、』
「……死神、」
『のの字、のの字、……む? なんだ?』
悠が静かに話しかけると、右手の人指し指で壁に連続して“の”の字を書いていた死神はその指を止め、悠の方に顔を向けた。
「貴様に殺人欲求はないのか?」
そんな彼に、直球な質問をする悠。
『あるぞ』
「……ならば、何故貴様は葵にずっと抱きついていても平気なんだ?」
即答した死神に次の質問をする悠。
「……俺はあの時……葵を殺そうとしてしまったのに……」
今日の昼間、葵に抱きつかれた彼は、全身がざわついた。
心地好いどころか、不気味なほど脈が速くなった。
ロングコートのポケットに入っている、鋭く尖った釵を求めて、無意識に左手が動いた。
この行動を彼にさせたものは、葵に対する友情でも愛情でもない、殺意。
――そのことを思い出しながら、悠は辛そうな顔で、小さくそう付け足した。
『愛の力だ』
死神は真剣な顔でそう言った後、
『……ぽ』
恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
「……」
そんな死神を見て、悠は無言で部屋に戻り始めた。
『河童少年』
「……」
死神が悠をそう呼び止めると、彼は振り向かずに足だけを止めた。
『ストレスは、溜め込むから爆発しそうになるんだ』
死神は、悠が振り向かないことを少しも気にしていない様子でそう続けた。
『だったら、溜めなければいい』
「……どうやって?」
それが簡単なことのように言う死神に、悠が後ろを向いたまま尋ねた。
『簡単なことだ』
すると、死神はさも当然のように、
『ストレスは、欲求を満たすことで解消される』
と言った。
「っ?! ま、まさか貴様―…」
それを聞いて、目を見開いた悠がバッと振り向くと、
『ちゃお』
死神は口元に不敵な笑みを浮かべて姿をくらました。