第33話 鬼ごっこ
取り敢えずテントから外に出てみると、四人の前に長い桃色の激しくうねった髪の少女がにっこりと笑って立っていた。
その少女の顔は真っ白で、鼻には赤い球のようなものがついていて、左の目の周りにはオレンジ色の大きな星がペイントがしてある。
「……誰?」
道化師のような格好をした少女を見て、葵姿の麗は一言そう言った。
『まろろ、まろはナイトメアの“マロ”まろ。で、こっちは―…』
名前を聞かれたので、笑いながらそれに答える少女、マロ。
『……まろ?』
自分の連れを紹介しようとしたら姿がなかったので、マロは辺りを見回した。
『あ』
「……可愛い、です」
『む〜』
探していた連れは、鈴に捕まっていた。
『そっちは夢魔の“むぅちゃん”まろ』
「あっそ。で? 私たちになんの用、まろまろ?」
『違うまろ。マロまろ。まろまろじゃないまろ』
小首を傾げて再び質問してきた麗に、マロは首を横に振ってそう応えた後、
『それに、なんの用って、失礼まろ。ぞっきーがまろのこと呼んだくせに』
麗を指さしてぷうっと膨れた。
「へ? 私が? って言うか、ぞっきーって何よ?」
『盗賊のお姉ちゃんだから“ぞっきー”まろ』
マロはニックネームの由来を答え、
『ぞっきー、さっき“魔法掛けたヤツ出てこい、ウラァ!!”って、言ってたまろ』
と言った。
「……え? 詰まり、あんたが私たちに魔法掛けたの?」
その言葉を聞き、確認するように聞き返す麗。
『そうまろ』
こくんと頷くマロ。
「戻せ」
『いいまろよ』
マロは麗の要求に素直に頷いた。
「……へ?」
あっさりと要求が通ったので、麗が拍子抜けしていると、
『まろを捕まえられたら戻してあげるまろ!』
『む〜』
マロは鈴から夢魔を取り返してからそう言って走り出した。
「なっ! ま、待ちなさーい!!」
「む、むぅちゃん!」
そうして彼女を追うように走り出す麗と鈴。
「……」
麗姿の悠は倦怠感溢れる溜め息をついた後、
「天空を巡る無形の刃」
と、いつものように魔法を唱えた。
「……?」
しかし、魔法はいつになっても発動しなかった。
『まろろ、無駄まろ、きゅうちゃん』
そんな悠を見て、マロは面白そうに笑いながらそう言った。
さしずめ、きゅうりが好きだからきゅうちゃんなのだろう。
「き、きゅう―…」
『人間は魔道士以外は魔法は使えないまろ』
「……!」
きゅうちゃん、と呼ばれたことに対してもの申そうとしたところ、マロにそう言われたので、悠は今、自分が麗の姿になっていることを思い出した。
「くっ……」
魔法が使えないと分かった悠は、バッと葵の方に顔を向けた。
「こんにちは」
葵は、指に止まった黄色い小鳥にくすりと笑いながら挨拶をしていた。
悠の姿になっていても、葵ワールドは健在だった。
「ど、動物に嫌われてた筈の悠の指に小鳥が!?」
「……と言うか、悠が爽やかに笑ってる、です」
そんな悠を見て目を見開く麗と鈴と、
「……」
こんな非常時にそんな呑気なことをしていても、中身が葵だから怒らない悠。
「……仕方ない」
悠はまたひとつ溜め息をつくと、不本意だがマロを追って走り出した。
盗賊らしく、ポシェットいっぱいに入った狩猟用ナイフを投げながら。
『まろろろろろろろ!?』
『む〜?!』
「うっ、うら―…悠、やめる、です!」
「ああ、あ、危ないでしょう!? 私たちもいるのよ?!」
この行動にはマロと夢魔は勿論、鈴と麗も驚いて叫んだ。
「ナイフを投げられたくないなら止まれ、餓鬼」
お子様は嫌いなようで。
悠は再び両手の指と指の間に、計八本のナイフを挟んで構えると、
「ああ、ちなみに言っとくが、その体傷付けたら殺すからな」
それらを投げながら葵姿の麗にそう言った。
「ならそんな危ない物投げんじゃないわよおお?!」
ご尤もな突っ込みを入れながら、麗は死ぬ気でそれらを避けた。
そして、避けながらも必死にマロを追い続けた。
『まろろ! すっごく楽しいまろね、むぅちゃん!』
『む〜』
自分を追ってくる三人との距離を時々確認しながら、マロと夢魔は、楽しそうに笑った。
そう。彼女たちにとって、これは楽しい鬼ごっこ。
『まろ!?』
時々ナイフが飛んでくるけれど。
『ま―…』
飛んできたナイフをなんとか避けたマロ。
しかし、悠もでたらめにナイフを投げていたわけではない。
『む〜!』
彼の思惑通りにバランスを崩したマロは、そのまま豪快に転んでしまった。
その際に、彼女の腕に抱かれていた夢魔は投げ出された。
が、夢魔は長めの耳をパタパタと懸命に動かして、飛んだ。
『いったた……』
『む―…』
そんな夢魔が、痛がるマロの元に飛んでいく前に、
「大丈夫?」
悠姿の葵が彼女に手を差し出した。
『……!』
顔を上げたマロは、衝撃に打たれて固まった。
綺麗な指先は自分に向けて差し出され、低い美声は限りなく優しく、美しく整った顔に浮かんだ表情は、自分を心配してくれている。
『……素敵な殿方……』
どうして彼の手を拒むことが出来ようか、いや、出来ない。
赤い瞳の中にハートマークの光が宿ったマロは、その手を取って、彼と一緒に立ち上がった。
「わあ、痛そうだね。鈴」
青い血が滲み出ているマロの膝を見て、葵はすぐに鈴を呼んだ。
『きゅ〜ん』
『……む〜?』
彼の優しさにキュンキュンしているマロに、そいつ、河童だぜ? と言う夢魔の突っ込みは届かなかった。