第25話 死神
『トリック・オア・トリート?』
目の前に現れた黒ローブは、担いでいた大きな鎌と虫取網を肩に預け、物欲しそうに両手を前に出して小首を傾げた。
そんなことを突然言ってきたものだから、
「「は?」」
「「……」」
麗とエディは思わず聞き返し、鈴と悠は極寒の視線を黒ローブに向けた。
『お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃーうゾ?』
しかし、そんなことはお構い無し。
黒ローブは先程の台詞を和訳して再び言った。
そのどこか眠たそうな目は限りなく真剣で、キラキラと輝いている。
「……何? なんなのこいつ?」
「ね!? ボクが言った通り怪しい奴でしょう!?」
「鈴たちにお菓子を要求している、です」
「甘いものは好かん」
そこで、三人と一匹の妖精は、急遽小さな声で小会議を始めた。
「誰もあんたの好みなんか聞いてないわよ」
「……これは、罠、なのでしょうか?」
麗が、議題と関係のない発言をした悠に突っ込みを入れると、鈴が小首を傾げて言った。
「分からないわ。だから、もう少し様子を―…」
麗が首を横に振ってそう言っている途中で、
「はい。ハッピーハロウィン」
『!』
葵が微笑みながら黒ローブにチョコレートをあげた。
「って、バカー!!」
「いたっ!?」
そんな葵に、麗は飛び蹴りを見舞わした。
「ちゃんと人の話を聞きなさいよ!? って言うか、なんでチョコなんて持ってたのよ?!」
葵を前後にガクガク揺らしながら、話を聞いていなかった、ということよりも、金欠で食糧難だと言うのにチョコレートを持っていたことに対して突っ込みを入れる麗。
「非常食用に持っておいたんだ。ほら、遭難した時にチョコを食べたおかげで生き延びたって話、聞いたことあるでしょう?」
その突っ込みに対して、葵は右手の人さし指を立てて微笑みながらそう言った。
「はい、あります、です」
「流石葵。しっかりものだな」
彼の言葉を聞いて、感心したように鈴と悠が頷いた。
「死神に非常食あげてどうすんのよー!?」
ご尤もな突っ込みを入れる麗。
『ほう。よくオレ様の名前が死神だって分かったな。もぐもぐ』
すると、黒ローブ、死神が効果音を自分で言いながら驚いたように言った。
「そんなのそのでっかい鎌見たら分か―…って、名前なの!? って言うか、自己呼称“オレ様”?! しかも、早速チョコ食ってる!?」
先程から突っ込み通しなのに、三連突っ込みを見事に決める麗。
『鎌子のことか?』
でっかい鎌、と言われて、死神が肩に預けている鎌を指さしてそう言った。
「鎌子? お前、ネーミングセンスないな」
「悠、人のこと言えない、です」
突っ込み続きで息切れした麗のことを気遣ってか、鈴が彼女の蚊遣り豚をブタ子と名付けた悠に突っ込みを入れた。
「やい、死神! 街のみんなを返せ!!」
まったく話が進まないので、痺れを切らしたエディが勇ましく言った。
葵の後ろに隠れながら。
『やだ』
が、簡潔に断られてしまった。
「……ええと、どうして死神さんは妖精さんたちを捕まえたりしたんですか?」
あっさり断られた為に凹んでしまったエディに代わって、葵がそう尋ねた。
『お菓子をくれなかったから』
またもや簡潔に答えを述べる死神。
「だからってそんな―…」
『でも、少年はチョコくれた』
葵の発言の途中で、
『お礼する。何欲しい?』
と言った。
「え? ええと、じゃあ、その妖精さんたちをください」
『らじゃ』
葵が言うと、死神はすんなりと了解して妖精が沢山入った虫籠を彼にプレゼントした。
「……なんか普通に返してもらっちゃったわね?」
「はい、です」
予想外の出来事にぽかんとした顔になる麗と鈴。
「はい。エディ」
「あ、ありがとうございました!!」
エディは少年の姿に変身して葵から虫籠を受け取ると、
「では、皆さん、ご機嫌よう!」
と言って、爽やかに去ろうとした。
「待てコラ」
「ですよね」
が、悠にがしっと捕まってしまった。
「……?」
何やら後ろの方で悠と鈴と麗がエディとこそこそやっているので、小首を傾げる葵。
『少年』
すると、自分のことを死神がそう呼んだので、
「僕、葵って言います」
葵はそう言いながら振り向いた。
『……葵、チョコありがとう。美味かったぞ』
「どういたしまし―…」
『好き』
葵の発言の途中で、死神は彼のことを抱き締めた。
「て?」
「「!? 葵!!」」
突然の出来事に驚く葵と鈴と麗。
同時に、辺りの空気がざわついた。
「……鈴、奴の弱点は何だ?」
ざわつきの原因は悠。
彼は、葵に抱きついている死神に殺気が篭った鋭い眼光を向けながら、隣に立っている鈴に静かに尋ねた。
「しっ、“死神”……人を死に誘う魔物、弱点は光魔法、です」
完全に何か良からぬものが切れている悠の声。
その声で質問されたので、鈴は慌ててエディから受け取った報酬を鞄にしまい、魔本を開いて彼に死神の弱点を教えた。
「暗雲の閃光は―…」
『ちゃお』
が、悠が呪文を唱えている途中で、死神は力が抜けるような抑揚のない声で別れの挨拶を言って、ヒュ、と姿をくらました。
「……破滅をもたらす」
そのまま呪文を中止するのはなんか癪だったので、悠は周りの森をぶっ飛ばした。
「悠、森林破壊は地球温暖化に繋がる、です」
「此処地球じゃないだろ」
「……盲点、です」