第23話 野宿
紺色の空に金色の月が高く昇った頃、
「……また野宿っスか」
ゆらゆらと燃える焚き火を眺め、今更ながら麗がげんなりした様子で呟いた。
「まだ街が見えないんだから仕方ないだろ」
そんな麗の呟きに、自分達がいる場所からすぐ近くにある暗い森に目を向けていた悠が、彼女の方に顔を向けてそう返した。
「あーもー、隣町まで山越え谷越えって、どんだけ田舎なのよこの世界は!?」
「谷は越えてない」
「うっさい!」
「麗、近所迷惑、です」
悠の的確な突っ込みに麗が言い返すと、鞄の中を見ていた鈴が顔を上げて彼女に向けて静かに言った。
「ご、ゴメン……って、何処にご近所さんがいるのよ!?」
素直に謝った後で、鈴の発言に突っ込みを入れる麗。
「……葵を見習う、です」
すると、鈴はそう言って自分の右斜め前を指差した。
「へ?」
その先を見る麗。
「……くう……」
そこには葵が丸くなって眠っていた。
「七時就寝」
「早くない?!」
鈴が状況を説明をすると、麗は透かさず突っ込んだ。
「当然だろ。葵が一番戦ってるんだ。お前が戦わないから」
それを聞いた悠が、すやすやと眠っている葵にそっと毛布を掛けながらそう言った。
「だってめんど―…ゴホンッ! そ、そう言うあんただって全然戦ってないじゃない!? ってか何毛布かけてんのよ?!」
「そのまま寝たら風邪引くだろ」
「ホントに葵だけには優しいわね?!」
麗と悠がそんな言い争いをしていると、
「……ん……ビーフ……ジャーキー……」
ぽりぽりと頬を掻きながら葵が寝言を言った。
「「・・・」」
……犬? とか悠と麗が思っていると、
「……この世界にボスキャラは何体いる、でしょうか?」
ふいに鈴が口を開いた。
「何体かしらね? 結構進んだ気がしないでもないけど」
彼女の声ではっと我に返った麗は、肩をすくめてそう言った。
「鈴たちが今まで会ったボスキャラは、巨大ゾンビ、麗、吸血鬼、氷の女王の四体、です」
「待て待て待て? なんで私がカウントされちゃってるの?」
ナチュラルにボスキャラにカウントされたので、麗は鈴の言葉を遮った。
「? 違う、ですか? でも、ボスキャラのような登場の仕方だった、です」
それを聞いた鈴は、若干驚いた顔をして言った。
「そっ、そうだったかしら……? って、私、あんたたちと戦ってないし、第一ボスキャラが仲間になるわけないでしょう!?」
「悪役が仲間になるのは、王道、です」
麗の突っ込みに鈴がそう言い返すと、
「その逆もな」
悠がさらりと付け足した。
「何ちゃっかり不吉なこと言ってんのよ?!」
不穏な発言をした悠に、麗は勿論突っ込んだ。
「……で、何故急にそんな話を持ち出したんだ?」
悠は、まるでその突っ込みが初めからなかったかのように、至極自然な流れで鈴に問うた。
「流した!?」
「……お金……」
鈴も麗の突っ込みを軽く無視し、鞄に目を戻して小さく呟いた。
「?」
視界の隅で軽く凹んでいる麗を当然のごとく黙殺し、鈴に疑問符を向ける悠。
「なくなった、です」
静かな夜に、鈴の小さな声がエコーを効かせてやけに響いた。
「……ええ!? あんなにあったのに?! 一体何にそんなに使ったのよ!?」
エコーが消えた頃、やっと麗が我に返った。
「主に旅に必要な道具代、宿代、食費、きゅうり代、旅の彩り代、麗の洋服代、です」
「「……」」
無駄遣いするな、と突っ込むに突っ込めない悠と麗。
何故なら、無駄遣いリストに自分もランクインしているから。
「ですが、一番の原因は、氷の洞窟、です」
顔を背けた二人を気にも止めずに、鈴は悔しそうにそう言った。
「? 氷の洞窟?」
麗が小首を傾げると、
「ああ、流されたのか」
「はい、です」
さらりと悠が言い、こくりと鈴が頷いた。
「……ね、ねぇ、鈴? ちなみに後どれくらい残ってるの?」
突っ込む元気もなくなったのか、彼らのさらさらした行動を流して恐る恐る尋ねる麗。
「5N、です」
N=この世界のお金の単位。
「5Nですって?!」
「きゅ、きゅうり三分の一本分だと!?」
「それじゃヘアピンすら買えないじゃない!!」
「……ぬいぐるみも、買えない、です」
まさかの残金を聞いて、珍しく取り乱す悠と、頭を抱える麗と、しょんぼりと下を向く鈴。
どうやら、旅の彩り代とは鈴の趣味に使った金のことのようだ。
と言うか、趣味に走っている場合ではない。
「なんで流されないように大事にしっかり持っとかなかったのよおお?!」
頭を手でぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ麗。
「過ぎたことをとやかく言っても、無意味、です」
クールに言い返す鈴。
「いやいや、開き直ってんじゃないわよ!?」
「よし、明日からお前の出番だ」
そんな彼女に思い切り突っ込みを入れた麗に、悠が真顔でそう言った。
「は? ――!」
「ま、まさか……」
彼の言葉の意味にはっと気が付く麗と鈴。
「まっかせい! 盗賊上等ぉぉ!!」
などと、麗がイケナイことを叫んでいると、
「「!」」
ガサガサッと背後の森から物音が聞こえてきた。
サツ(警察)か!? と、体勢を低くして素早く茂みに隠れる三人。
ちなみに、彼らはまだ法を侵してはいない。念の為。
「あ!」
森から姿を現したのは警察ではなく青髪の少年だった。
「も、もしかして旅人さんたちですか!?」
しかも、隠れたつもりだが三人はバレバレだったようだ。
そう言いながら、恐怖というものはないのか、少年は怪しげな行動をしている三人に向かって真っ直ぐ歩いてきた。
「え、ええ、そうよ。て言うか駄目じゃない。がきんちょがこんな時間に出歩い―…」
警察ではないと分かり、麗はほっと胸を撫で下ろして立ち上がった。
「お願いです! 街を……街のみんなを助けて下さい!!」
すると、少年は麗の発言を遮り、思い切り頭を下げて三人にそう言った。
「「……」」
深々と下がった頭を見下ろし、三人の心は珍しく一つになった。
「「いくらで?」」
物欲で。