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ろーぷれ  作者: めろん
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第15話 蚊遣り豚

 呪文を唱えて立ち上がった悠の掌には、豚を模した可愛らしい陶器が乗っていた。


「……ええと、蚊取り線香?」


それを確認したと同時に、なんとも言えない芳香を伴う白い煙が漂い始めたのを見て、葵が小首を傾げながら尋ねた。


「ブタ子だ」


「……ちゃんと名前あるんだ?」


葵は、悠が真面目な顔で言った解答を流した後、


「どうしてブタ子を出したの?」


と、白い煙をゆらゆらと吐き出している蚊遣り豚のブタ子を指さしながら再び尋ねた。


「黒い姿、耳障りな声、性別は恐らく雌で、羽が生えた吸血鬼……詰まり、」


すると、悠は鈴と麗の首筋に口を突き刺している黒ローブの二人に顔を向け、


「蚊だ」


と、言った。


『ほ……ほほ……』


『……力が……入らないの……!』


同時に、黒ローブの二人は少女たちの首筋から口を引き抜き、力なく地面に崩れ落ちた。


「かっゆーい!!」


そして、麗が暴れだした。


「……蚊の唾液によるアレルギー反応、です」


「ぅええ!? 唾液?!」


鈴の言葉を聞いて、その後足元に倒れているお婆を見て顔を青くする麗。


「はい、です」


「うーん……」


頷いた鈴の後ろで虫刺されの薬を探していた葵は、リュックから顔を上げると、


「ないみたい」


と、言った。


「ええ?! なんで蚊取り線香があって虫刺されの薬がないのよ!?」


「し、知らないよ? って言うか、なんでブタ子があったのかも分かんないよ」


「……鈴が買った、です」


麗の突っ込みに葵が困ったように言い返すと、鈴がぽつりと呟いた。

どうやら、鈴がブタ子を購入したようだ。


「あー。鈴、可愛いもの大好きだもんね〜?」


それに納得したように言った麗の言葉に、少し恥ずかしそうに小さく頷く鈴。


「あーもー! じゃあ、この痒みはどうすればいいのー!?」


「叩けばいいんじゃないかな?」


「刺した方が効くと思う、です」


「あ、成程〜」


「鈴も手伝う、です」


「ちょっ、ちょっと? 何二人して武器構えてんのって、いやあああああ!?」


そして、三人はバタバタと走り回り始めた。


『こ……このあたしが……蚊取り線香なんかに負ける……なんて……』


 お嬢様は震える手を地面につけ、


『あ……有り得ないの……!』


ぐぐぐっと体を起こしてそう言った。


「……止めておけ」


『!』


すると、彼女の上から静かな声が降ってきた。


「お前らはブタ子に勝てない」


お嬢様が顔を上げると、悠が決め台詞っぽくそう言った。


『く……お婆! 魔法を使うの!』


再び地面に倒れたお嬢様が悔しそうに叫んだ。


『……体が……動きません……』


しかし、蚊取り線香によって全身が痺れてしまっているせいで、お婆は、彼女の魔法を発動させる条件である右手を対象に向けることが出来なかった。


『……それより貴方』


お婆は倒れたまま、震える声で悠に話し掛けた。


『……ほほ……我慢は体によくないですよ?』


「! ……」


そう言った彼女に、悠は一瞬驚いたが、それから無言で彼女を見下ろした。

すると、


「いやああああああ!!」


「……冗談、です」


「え? 冗談だったの?」


「本気で刺す気だったんかい!!」


「うん。ごめん」


「……素で頷いた、です」


と言う声が聞こえてきた。


「……葵」


「? なあに、悠?」


悠は、ゆっくりと口を開いて言った。


「止めを」


と。


「……うん。分かった」


 葵が剣を振り下ろすと、お嬢様とお婆は光の粒となって消えていった。


「……て、なんで自分で殺らないのよ?」


それを見送った後、麗は胸の前で腕を組みながら悠に尋ねた。


「馬鹿かお前は? ブタ子を持ってるからに決まってるだろ」


そう言って、悠が自分の手に乗っているブタ子を見せ付けると、


「そんなの横に置いとけばいいでしょう!? そっとね!!」


と、麗が突っ込みを入れ、


「エスパーニャ、です」


と、鈴が凛とした声で言った。

同時に、三人の視線が鈴に向かう。


「……ブタ子ではなくて、エスパーニャ、です」


鈴はスッとブタ子を指さしてそう言った。


「いやブタ子だろ」


「エスパーニャ、です」


「いやブタ子だろ」


「エスパーニャ、です」


「け、喧嘩しないでよ、二人とも?」


無表情でバチバチと火花を散らし始めた悠と鈴をなだめようと試みる葵。


「葵はどっちがいい、ですか?」


「葵、ブタ子だろ?」


「ええ!? 巻き込まれた?!」


すると、葵が蚊遣り豚の名前を決める羽目になった。


「……ええと、じゃあ、」


鈴と悠が真剣に見つめてくるなか、葵は人指し指を立て、


「……二人のを合わせて、“エ子”……とか?」


と、困ったように笑いながら言った。


「「……エ子……」」


こうして、何やら環境に優しそうな蚊遣り豚が誕生したのだった。

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