第13話 落とし穴
宿屋の女性は瓦礫の中から立ち上がって、一目散に駆け出した。
「た、た、大変です!!」
そう叫びながら彼女が向かったのは、
「町長!! ここを開けてください、町長!! 大変なんですってば!! 蝶々!!」
この町の長の家。
「逃げ遅れたのですか!? ちなみに、私は蝶々ではなくて町長―…って、ソレイユ?!」
戸をバンバンと叩きながら彼女が叫ぶと、中から一人の女性、この町の町長が姿を見せた。
「なっ、何故貴女が此処に!? 貴女は、我らが主より今回の生け贄に選ばれた方なのですよ?!」
「そのことで来たんですけど、どっ、どうしましょう!?」
宿屋の女性、ソレイユを見て驚く町長と彼女の家に避難していた町民たちに、
「わ、私……関係のない人を巻き込んでしまったんです!!」
ソレイユは顔を真っ青にしながらそう言った。
「……? それはどういうことですか?」
「先程、私の店に見慣れない方々がいらしたのです」
町長と町民たちは、彼らが祭っている神に祈ることを止め、ソレイユの話に耳を傾けた。
「……“迎え”の時間が迫っていたので、慌てて店から追い出したのですが……そしたら、丁度その時迎えがやって来て、それがその方たちを生け贄だと勘違いして連れていってしまったのですっ!!」
今にも泣きそうな声で一気に説明するソレイユ。
「……見慣れない方々……詰まり、旅の方ですか?」
すると、町長が静かに尋ねた。
「……? は、はい。少なくとも、この町の方ではありませんでした」
「! やりましたよ、皆さん! ついにこの町に勇者様方がいらして下さいました!」
それに頷いたソレイユを見て、町長は喜びの声をあげた。
彼女の言葉を聞いて、歓喜する町民たち。
「!? あの方々は、勇者様方だったのですか?!」
「ええ! その中に、それらしい方がいらした筈です!」
町長が頷いたのを見て、
「! た、確かに、背が高くてすっごくかっこいい方がいらっしゃいました!」
四人の旅人の中にいた、黒いロングマフラーを頭に巻き、黒いロングコートを着込んだ彼を思い出してハッとするソレイユ。
「おお、その方に違いありません!」
どうやらソレイユと町長には、勇者はかっこいいという妙な認識があるようだ。
「彼らを使わした我らが主に感謝を! そして、彼らのご武運を祈りましょう、皆さん!!」
「「はい!」」
そして彼らは、神に祈りを捧げ始めるのだった。
町の皆さんが悠を勇者様と称えている頃、
「ふあ……」
当の本人は、呑気に欠伸をしていた。
「悠、眠い、ですか?」
「誰かに噂されてるんじゃないかな?」
小首を傾げた鈴の隣で、彼が欠伸をした理由を的確に言い当てる葵。
「それなら欠伸じゃなくてくしゃみが出ると思うんだけど?」
麗は葵に突っ込みを入れた後、
「葵、止まんなさい」
と、彼に言った。
「え? うん」
「……とう」
言う通りにぴたりと立ち止まった葵の一歩先にある地面に、丁度足元に落ちていた大きめの石を投げる麗。
「「!」」
石が地面に当たると、次の瞬間、スカッとその地面が姿を消した。
「す、凄いね、麗! ありがとう!」
「どういたしまして。ま、流石私って感じ?」
「麗、どうして分かった、ですか?」
葵にお礼を言われ、腰に手を当てて高笑いしている麗に尋ねる鈴。
「盗賊の勘よ!」
「……伏せろ、盗賊」
麗がぐっと親指を立てて答えると、悠が静かに彼女に言った。
「誰が盗賊よ!?」
「お前だ」
悠は、自分でそう言ったくせに腹を立てて聞き返してきた麗の頭を左手で無理矢理伏せさせた。
同時に、先程まで麗の頭があった所を、ゴオッという轟音を立てて氷の柱が通過した。
「! 魔物!」
自分達の後ろに現れた魔物に気付いた葵は、剣を抜いてそれに向かっていった。
「悠、どうして分かった、ですか?」
「きゅうりパワーだ」
鈴と悠がそんな会話をしているうちに、
「……麗、悠にお礼は?」
魔物を倒した葵が小首を傾げながらそう言った。
「うっ……」
それを聞いて、露骨に嫌そうな顔をしてその場から一歩下がる麗。
「「! 麗!」」
その行動に、葵と鈴は思わず声を張り上げた。
彼女の後ろには、先程彼女が見破った罠――落とし穴があるから。
「え? ――きゃああああ!?」
足を踏み外してしまった彼女の手を、鈴はぱしっと掴んだ。
「お……重い……です」
「し、失礼ね!? だけどゴメン!! お願いだから頑張ってーっ!!」
無表情な彼女の上擦った声が、言葉の現実味を示している。
麗はそれに微々たるショックを受けながらも、懸命に自分を助けようとしてくれている彼女を応援した。
「麗っ! これに捕まって!」
「危な?! 何考えてんのよ、これ諸刃でしょう?! でもありがと!! 気持だけ受け取っとくわ!!」
すると、葵が先程魔物を叩き斬った剣を彼女に差し延べながらそう言った。
が、麗は彼の厚意だけを受け取ることにした。
「ぷ。ダッサ」
「ぶっ飛ばーす! いえ、ぶっ飛ばしません!! だからお願い助けてー!!」
この状況を楽しそうに眺める悠に、自分の感情を押し殺しながら麗が助けを求めると、
「断る」
悠はさらりと、且つ、簡潔に断った。
「こんの人でな―…」
「悠、お願い!」
そんな悠に、麗の叫び声を遮って葵がそう頼むと、
「任せろ」
彼はばっちり頷き、
「天空を巡る無形の刃」
「え」
と、平然と唱えた。
――同時に、彼女の足元に風が発生する。
「いやああああああ!?」
麗は上昇する風の勢いに乗って穴から脱出し、そのままその風に弄ばれた。
「流石悠だね」
穴から脱出したところまでしか見ていないのか、目を輝かせながら葵が悠に言うと、
「ま、任せろ」
彼は照れた様子で葵にそう返した。
「ぶ……ぶっ飛ば……」
「い、癒しの風!」
傷だらけになって、どさりと地面に倒れた麗に、鈴は慌てて白魔法を使うのであった。