第11話 生き物
『ウウゥウウ……』
野原の真ん中で、低い唸り声を出す大型犬のような魔物。
「……」
その濁った眼光の先には、剣を構えながら困ったという表情をした葵が立っている。
「そう言えば、悠はどうして魔法の使い方を知っていた、ですか?」
そこから少し距離を置いた安全地帯で、鈴が悠に質問をした。
「……河童に教わった」
「河童あ!?」
悠の答えを、麗は思わず聞き返した。
「だから、池の中から出てきた、ですか?」
鈴も無表情ながら驚いたような顔をして、もう一度質問をした。
「ああ」
それに、再びさらりと答える悠。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? だって河童って言ったら妖怪で、それはこの世界でいう―…」
「……魔物、だな」
悠は、麗の言葉を引き受けた。
「でしょう!? それに、魔物はどうしてだか知らないけど、有無を言わさず人間を襲ってくる生き物なのよ?! それが、ご丁寧に自分を倒す為の魔法の使い方なんか人間に教えるわけないじゃない!!」
それに頷いた後、自分の考えを述べる麗。
「……河童は親切な魔物、なのですね」
すると、鈴がぽつりと呟いた。
「きゅうり好きに悪い奴はいない」
「なんの格言?!」
鈴の言葉に頷いてみせた悠に突っ込みを入れる麗。
「優しい魔物もいる、ですね」
と、鈴が言うと、
「倒したがな」
「倒したんかい!!」
さらりと言った悠に、麗は再び突っ込みを入れた。
『ウウゥウウゥウウ……』
「……」
三人がそんな会話をしている時もずっと、葵は大型犬のような魔物と向かい合っていた。
「……? 葵、先程から何をしている、ですか?」
剣を構えていながら何もしない彼に小首を傾げる鈴。
「あら? そいつ、モコモコにそっくりね」
「……うん。それで思ったんだけど」
葵は麗が言った言葉に頷いた後、
「魔物を殺すことって、動物虐待にならないかな?」
先程から唸り声を発している、自分の飼い犬によく似た魔物を指差しながら言った。
「いや、なるわけないでしょう?!」
それに透かさず突っ込みを入れる麗。
「でも魔物も“生き物”だって、麗、さっき言ったよね?」
すると、葵が静かにそう言った。
「そっ……それは……そうだけど……」
「……魔物とは、なんらかの原因で生まれつき体内に邪悪な魔力を宿した生き物の総称だ」
そう言われてたじろいだ麗に代わって、悠が口を開いた。
「邪悪な魔力とそれに侵された脳は快楽を求め、時には自分の意志とは関係なく人間を襲う」
そして、淡々と語り続ける悠。
「……魔物は、人間を殺めることを楽しんでるということ、ですね」
「……それが本心でないにしても、その思考は死ぬまで変わることはないし、変えることも出来ない」
鈴の言葉に頷いた後、悠はそう締め括った。
「詰まり、馬鹿は死ぬまで治らないってわけね」
成程、と納得しながら麗がそう言うと、
「……試してみる、ですか?」
と、鈴が言った。
「ちょ?! 何杖構えてんのよ、鈴!? 私は魔物じゃないわよ?!」
杖を握り直した鈴を見て冷や汗を掻く麗。
「馬鹿ってことだろ」
「なんですって!?」
と、麗が悠に気を取られた隙をついて、
「首尾いっ―…」
鈴は素早く攻撃を繰り出そうとした。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ!? 一億五千万歩譲って私が馬鹿だとしても、死んじゃったらそれが治ったかどうかなんて確かめられないじゃない!! ね!?」
麗は大きな声を出して、それをなんとか停止させた。
「コンテニュー? → イエス、で、多分、大丈夫、です」
「そこまでゲーム?! しかも確信なし!? って、いやああああああああああ?!」
連続突き攻撃を仕掛けてきた鈴から、麗は素早く逃げ出した。
「……詰まり、倒すことが魔物を救う唯一の方法ということだ」
二人を気にせずに悠がそう葵に言うと、
「……うん」
葵は小さく頷いて魔物を切り裂いた。
「……でも、“救う”だなんて偽善的な言葉だよね」
剣をしまいながらぽつりと呟く葵。
「そうでもない」
「?」
葵は悠に顔を向けた。
「奴らは天に昇り、きっとまた蘇る」
悠は光の粒となって空に帰っていく魔物の魂を見上げながら、
「次は、ちゃんと望み通り行動出来る身となって」
と、しっかりとした声でそう言った。
「輪廻転生……ですね」
「……そっか。本当に、そうだといいね」
そう言って、彼と同じように空を仰ぐ鈴と葵。
見上げた大空は、限りなく青く、どこまでも優しかった。
「ところで悠、このことを誰に聞いた、ですか?」
しばらくして、鈴が尋ねると、
「ん? ああ、河童」
「また河童かい!!」
さらりと答えた悠に、鈴の攻撃から逃げ延びた麗が突っ込みを入れた。