第1話 夏休みの最終日
「いい天気だなぁ」
早秋の爽やかな空気が漂うなか、一人の少年がそう言った。
その少年は、少し短めの白髪のような銀髪を涼しい秋の風に踊らせ、灰色がかった瞳で美しく秋晴れした青い空を仰いでいる。
『わんっ!』
少年の手にはリードが握られていて、それにはもこもこした白い大きな犬が繋がれていた。
先程まで行儀よく少年の隣に座っていたその犬は、何かの気配を感じ取り、立ち上がって吠え始めた。
『わんわんわんっ!』
「? どうしたの、モコモコ?」
それを不思議に思い、少年が彼の飼い犬“モコモコ”に顔を向け、彼が吠えている方に目を動かした。
「! 葵」
その先には、背が高い少年が立っていた。
美しく整った顔立ちのその少年の瞳と、真っ直ぐにすればおかっぱになるであろう癖のついた髪は、どちらも漆黒に染まっている。
自分が吠えられていることに気が付いた彼は、自分に向かって吠えているモコモコに目を向けた後、その隣に立っている銀髪の少年の名前を呟いた。
「あ、おはよう、悠」
葵と呼ばれた銀髪の少年、“日向 葵”は、自分の名前を呼んだ少年に微笑みを向けながら挨拶をした。
「散歩か?」
悠と呼ばれた黒髪の少年、“石黒 悠”は、葵の挨拶を小さく頷いて返した後でそう尋ねた。
「うん。悠は何をしてるの?」
その質問に答えた後、まだ吠えているモコモコを静かにさせ、悠に同じ質問をする葵。
「まあ、そっちと同じようなものだ」
「え? 悠もマーキングしてるの?」
「……変質者か、俺は?」
二人がそんな会話をしていると、
「あ! おっはよー、葵、悠! 何してるのー?」
「麗、近所迷惑、です」
彼らの後ろから、二人の少女が現れた。
「あ、おはよう、麗と鈴」
「……散歩だ」
少女の挨拶に応える葵と少女の質問に答える悠。
「うっわ、暇だねあんたら?」
それを聞いて、二人に挨拶と質問をした少女“芦川 麗”がそう言った。
どこか猫を思わせる顔をした彼女は、長い、狐色の髪を二つに分けて、耳の上で縛っている。
「そっちは何してるの?」
麗の言葉を聞いて、葵が尋ね返すと、
「鈴、麗に呼び出された、です」
機械のような淡々とした口調で、もう一人の少女が答えた。
自分のことを鈴と言うその少女の名前は“白鳥 鈴”。
彼女の肩まである髪と、まるで感情が篭っていないような瞳は栗色をしている。
「呼び出された?」
鈴の言葉に、葵は首を傾げながら麗の方を向いた。
「あ、そうそう、丁度よかった! 暇なんでしょ? なら、葵と悠も手伝ってよ!」
ぽん、と手を叩きながら麗が言うと、
「何を?」
「断る」
葵は目的語を尋ね、悠はさらりと断った。
「……で、なんで僕の家なの?」
冷たいお茶をそれぞれに出した後、一息置いてから葵が麗に尋ねると、
「だって、あそこから葵の家が一番近かったんだもーん」
麗は荷物を降ろしながらけろりと答えた。
「……と言うか、俺は断った筈だが?」
「今日の運勢、天秤座は最下位、です」
「そうか。だが、俺は水瓶座だからそれは特に関係ないと思うぞ?」
「鈴、天秤座、です」
「どんまい」
彼女の隣でお茶を頂きながら、そんな会話をする悠と鈴。
「じゃあ、早速やりますか!」
麗はそう言って、鞄から夏休みの宿題をどっさり出した。
夏休みの最終日という今日の日に宿題を終わらせるべく、麗は三人に助けを求めたのであった。
「うん。頑張って」
「ファイト、です」
「……一応応援しておく」
が、三人は応援の言葉を贈っただけで、それ以上は特に行動を示さなかった。
「……え? あれれ!? 手伝ってくれないの?!」
手伝う気が皆無な三人を見て焦り出す麗。
「宿題は自分でやるもの、です」
「めんどい。そして以下同文」
そんな彼女に鈴と悠がさらりとそう言った。
「そっ、そんな殺生なぁ〜……」
二人の冷たい態度に、思わず日常会話に用いないような言葉を発する麗。
「? なんだろ、これ?」
その時、自分の机の上に一枚のディスクが置いてあることに気が付いた葵は、それを手に取ってタイトルを読みあげてみた。
「“ろーぷれ”」
と。
「……随分とぞんざいなタイトルだな?」
「うん。……こんなの家にあったっけ?」
隣から覗き込んできた悠の言葉に頷いた後、小首を傾げる葵。
「……それは、ゲーム、ですか?」
「うん。多分」
反対隣から覗き込んできた鈴の言葉に葵が頷くと、
「……暇潰しには丁度いいな?」
悠がにやりと笑いながらそう言った。
「!? ちょっと?! 私がお勉強してるのにゲームなんかやる気!?」
その言葉を聞いて、麗が勢いよく振り向いた。
「だって暇じゃん。ぷ」
「くそぅ、腹黒!! 今度から石黒悠じゃなくて腹黒悠って呼んでやるッ!!」
右手を口元に当てながら言った悠の言葉に、声を荒げる麗。
「麗」
すると、そんな彼女に鈴が静かに声をかけた。
「あによ!?」
麗が鈴の方を向くと、
「……夏休み終了まで、あと十四時間、です」
さらりと鈴がそう言った。
「危機感MAXなカウントダウンやめてよ、鈴?!」
「わあ、ゲームなんて久しぶりだなぁ」
ヒステリックな麗を気にも留めずに、葵はディスクを機械にセットした。
「って、ちょっと葵!?」
麗の突っ込みも虚しく、葵はそのまま電源を入れるスイッチを押した。
――その次の瞬間、
「「?!」」
フッ、と足場が消え、その代わりに現れた暗闇の世界に、四人は落ちていった。