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二.かおあわせ

「とにかくさ……一度、お部屋の中へ入れてくれないかな?こんなお話、玄関先なんかでするべきではないと思うし……」


 と、黒髪に純白ワンピースの『お嬢様』……三善愛美さんが、オレに言う。

 ……しかし。

 その瞬間……思考停止していたオレの頭脳が、にわかにクルルングルルンと高速回転して…!


「いいえ……それは、できないですッ!」


 I turn down it. (わたしは、それを拒絶する)


「……え……何でよ?!」


 三善さんの綺麗な顔が……困惑する!


「だって……『知らない人』を、自分の家に上げるわけにはいかないでしょう?」


 オレは……そう思う。

 こんなこと、バァちゃんが生きていたら絶対に許さないはずだ。


「でも……あたしは、あなたのお姉ちゃんなのよっ?」


 三善さんが、叫ぶ。


「それ……『多分』なんですよね?」

「……『多分』だからこそよっ!」


 そんなこと……言われたって。


「……そんな話、そうそう簡単に信じられるわけがないでしょ?あんまり考えたくないけど……あなたは、オレをダマしに来た悪い人なのもしれないし……!」


 オレは……三善さんの顔を見上げる。

 ……とはいうものの。

 こんな綺麗で上品そうな『お嬢様』が、オレみたいな貧乏中学生をダマしに来る理由なんて一つも思い浮かばないけど……。

 ……でも。

 突然現れて……いきなり、『あなたのお姉ちゃんです』は、無いよな。

 ……こんなこと。

 どうにも、納得できない……!


「……そうね。あなたには突然過ぎるお話だから……そんな風に思われたって仕方のないことなのかもしれないけれど……!」


 『美少女』三善さんは……それでも一生懸命、オレに話し掛けてくれようとする……。

 三善さんのつるつるの白い額に……丸い汗の玉が見えた。


「だけど……ねえ、恵介くん」


 三善さんは、別の方向から話を切り出す。


「今まで、誰からもそういう話をされてこなかったとしても……『自分には、もしかしたら知らされていない兄弟がいるかもしれない』って考えたことは無かったの……?」


 ……そ、それは。

 ……無いこともない。

 というか…ホントのところ、何度もある。

オレの戸籍には……母親の名前しか書いてないらしい。

 自分でじっくり見たことは無いんだけど……。

 オレの父親が……どこの誰か判らない。

 一度も会ったことがないし……顔も知らない。

 だから……オレに判っていることは、自分はおそらく誰かの『隠し子』なんだろうってことだけだ。

 だから……もしかしたら、オレの父親には、ちゃんとした『家庭』があって……そこにはオレの母親でない本物の奥さんがいて……もしかしたら『子供』もいるのかもしれない。

 そういう可能性は……否定できない……。


「……そういうことを……一度も考えなかったわけではないですけど」


 オレは……正直に答えた。


「……そうでしょう!そして、あたしが、あなたのお姉ちゃんなんですっ!!」


 三善さんが……妙に勝ち誇った顔をして、力強く宣言する……。


「……でも……そんなわけないですよ」


 オレは……彼女の宣言を即座に全否定する。


「……どうして信用してくれないのよっ?!」


 そ……それは。


「……そんなの……あ、ありえないからです!」


 三善さんは、完治ときたらしい。


「……全然ありえることでしょう?!可能性としてなら!」


 うん……オレには、もしかしたら母親違いの秘密の兄弟姉妹がいるかもしれない。

 そういう可能性については……理解できる。

 ……頭では。

 だけど、だけど、だけど……!


「いったい、何が納得できないのよ……?」


 三善さんの大きな目が、オレに強く訴え掛ける。

 ……それは。

 ……だって。

 こんな綺麗な『お嬢様』が……僕の姉さんだなんて。

 ……そんなことがあるわけないじゃないかッ!!!


「……なあに?」

「……いえ、何でもないです!」


 これが……もうちょっと普通の……いや、並みよりも多少ブサイクくらいの女性だったなら。

 そんな女性がニュウッとやって来て、下品で野太い声で……。


『あたしが、恵介ちゃんのお姉ちゃんでぇーす。げしょげしょ』


 とか言ってくるってんなら……まだ信憑性がある。

 オレだって、素直に信じてしまうかもしれない。

 ……でも。

 白いワンピースに、つば広の帽子に、黒髪の美少女の……『お嬢様』だぜ?

 ……こんなの。

 見るからに違う……。

 オレとは……住む世界が。

 ……階級が。

 ……もう、生きているジャンルが違う!

 こんな馬鹿げたこと……ありえていいはずがない……!!!


「……ちょっと、恵介くん。お姉ちゃんに判るようにきちんと説明して!」


 三善さんが、オレを見下ろしている。


「……ちゃんと、あたしの眼を見て!こっちを向きなさいっ!」


 ……み、見られないよ。

 ……そんなの。

 意識しちゃったら、余計見られない。

 ……見られないってば!!

 こんな綺麗な人と顔を突き合わせて……。

 眼と眼を合わせて会話しろったって……!

 オレは……ごく普通の……健康的な中三男子なんだから……!


「……あの……その……済みません……!」


 オレが、そんな風にモジモジしていると……。

 三善さんは、しびれを切らしたのか……こんな提案をしてきた。


「……判ったわ。とにかく、このまま玄関で立ち話を続けるのはやめましょう。そうね、どこか静かな場所で、二人で落ち着いてお話する方がいいと思うの。……ところで、恵介くんは、お昼はもう済ませた?」


 ……昼を済ます?

 ……昼ご飯のことか?


「……ま、まだですけど」

「じゃあ、こうしましょう。これから表へ出て、どこかのお店に入って、一緒にお昼を食べながら、お姉ちゃんとお話の続きをする……それでどうかしら?」


 ……それは。

 ……ええっと。

 うわっ、困った……。


「……恵介くん、あたしと二人でご飯を食べるのも嫌なの?」


 ……そういうことじゃなくて。

 ……ええい、正直に言っちまえ。


「あの……オレ、今ちょっと、『外食』する余裕が無くって……!」

「……余裕?」

「金銭的な意味での、『余裕』です……!」


 そうだ……次の『養育費』が振り込まれるのは来週の水曜日。

 予定に無い出費は、できることなら、なるべく避けたい。

 お金は、命の次に大事なものなのだから……。


「……何よ、それ」


 三善さんは、そんなオレを「ふはっ」と笑う……。


「お昼ご飯ぐらい御馳走してあげるわよ……あたしが誘っているんだし」

「……いや、でも」


 オレの煮え切らない態度に、三善さんはまたキレる。


「……あたし、あなたのお姉ちゃんなのよ。お昼ぐらい出してあげるわよっ!」

「……いやだから、そもそも……そういう事柄を受け入れるかどうかっていうところからして、すでに問題があるわけで……」

「……ああ、もう!いいから、黙ってあたしについて来なさいってのッ!!!」


 黒髪美少女のカンシャクが、華麗に炸裂する……!


「……わ、判りましたよ!じゃあ……お供します」


 ……はぁ。

 もういいや……もう何でも。

 とにかく……この『お嬢様』と昼飯を食べて来ればいいんだろ。

 とっとと済ませよう……。

 どうせ、長くても一、二時間のことだろうし……。

 オレは玄関に転がってたゴム草履を履いて、そのまま外に出ようとした。


「……え、ちょっと待って?!あなた、その格好で表に出るつもり?」


 オレの格好……?

 ええっと、現在のオレの装備は…。

 上は緑色のランニング・シャツ一枚で、下は学校指定の青いトレパン……。

 ……うん。

 オレが、一人でご近所のコンビニへでも行くのなら……こんな格好でも、まあいいんだろうけど……。

 この純白ワンピースの『お嬢様』と表通りを歩くのは……確かにちょっと問題かもしれない。


「……じゃあ、オレ、着替えるんで、ちょっと待ってて下さい」


 オレは玄関のドアを一度閉めて……急いで着替えを探す。

 といっても、何か特別な服があるわけでもないから……。

 上は洗濯済みのTシャツで……下は中学の制服のズボン。

 ……他に選択肢が無い。

 靴下も履く。

 あーあ……また余計な洗濯物が増える。

 それから……ちらりと祭壇の上のバァちゃんの遺影を見た……。


(バァちゃん……あの人、信じられるのかな?オレのお姉さんだって言ってるけど……?!)


 バァちゃんの遺影は……ムッとした顔で、こっちを見ている。

 元から……そんなに笑う人では無かった。

 遺影を選ぶ時に、アルバムを見たんだけど…バァちゃん、笑っている写真が一枚も無かった。


(でも、バァちゃん……とりあえず、見た目はとても綺麗で、お嬢様っぽくて……まあ、悪い人じゃあなさそうなんだけど……)


 遺影の中のバァちゃんの顔は、ムッとしたままだ。 

 ずっと苦労を重ねてきた人だから……遺影も、厳しい表情をしている。

 そうだ…子供の頃からバァちゃんは、オレによくこう言ってくれた。


『……決して他人様の言うことを信じてはいけないよ。世の中は、あんたをダマそうとする悪い人ばかりなんだから。いつだって用心に用心を重ねるんだ……いいね……!』


 ……うん。判ってるよ……バァちゃん。


『無闇に、他人を信じてはいけない。意味もなく親切にしてくれる人は特に怪しいんだから……!』


 ……そうだったよね。


「まだなの……早くしてくれないっ!」


 ドアの向こうから……三善さんの声がする。


「今行きますからっ!」


 オレは……大きな声で、そう返事をした……。





 ということで、初日は2章分、投稿してみました。

 一応、ラストまで完成している作品なので……ストーリーの変更はありません。

 どうか、最後までお付き合い下さい。

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