一.まくあき
「……人間というのものは、ほんの少しでも良いことがあると『自分は誰よりも幸運だ』と舞い上がるし、悪いことが一つでも起きれば『自分ほど不運な人間はいない』と落ち込んだりする生き物なんだよ。
だから……驕らず、へこたれず、いつだって穏やかに、強い気持ちで生きていくんだよ……」
……バァちゃんは、オレにそう言ってくれた。
亡くなる数日前、病室の中で……。
最期まで……オレには、とっても優しい祖母だった。
二週間前に、仕事先の青果市場でバァちゃんは倒れた。
亡くなったのが十日前……それから通夜、告別式が一週間前。
ずっとオレと二人きりで暮らしてきたアパートの部屋に、今は祭壇が飾られ、バァちゃんの遺影と遺骨が安置されている…。
何もかもが、あっという間に過ぎ去っていった。
今のオレには、まだ祖母が死んだという実感が薄い……。
ホントのとこ……まだ、そんなに悲しくもない。
世界に……一人ぼっちになってしまったというのに……。
オレは、山田恵介……十五歳。中学三年生
クラスで一番背が低くて、いつも小学生に間違われている。
そんなチビのオレが……今は、たった一人で侘びしく暮らしている。
母親は、もういない。
父親は……顔を見たことみない。
毎月、銀行口座に『養育費』というものが振り込まれてくるところをみると……おそらく多分、オレは、世間で言うところの『隠し子』というやつなんだろう……。
今はまだバァちゃんの残してくれた貯金も残っているし……とにかく、中学を卒業する来年の春までは、何とか生活を切り詰めて、どうにか生きていくしかない。
つつましく……たくましく。
身の丈に合わせて……身体を小さく縮めて……。
今日は、バァちゃんのお葬式の後の最初の日曜日……。
ようやく、落ち着いて……遺品の整理ができる。
オレが、押し入れの中の荷物を一つずつ取り出していると……一番奥の段の一番下から、大きな段ボール箱がドスンと出てきた。
……とにかく、開けてみると。
それは全て、芸能関係の古雑誌だった。
うん……歌舞伎とかお芝居関係の本が多いな。
どれもこれも十六~七年前の……オレが、生まれる前に出版されたものばかりだ。
……バァちゃん、こういうの好きだったのかな?
生前のバァちゃんは、ほとんどテレビを観なかった。
ずっと一緒に暮らしてきたけれど、オレと一緒に映画に行ったことも無い。
ましてや、『歌舞伎』とか『芝居』なんて……。
何か、バァちゃんの性格には、合わないような気がする。
……とすると?
これって、やっぱり……オレの母親の物なんだろうか?
オレは……母親のことを何も知らない。
顔すら知らない。
写真一枚、見たことはない……。
とりあえず芸能雑誌を一冊……箱の中から取り出して、パラパラと捲ってみる……。
顔を白塗りにして変な表情をしたおサムライさんが、ギャッと大きく目を剥いて、こちらの方を睨んでいる……。
うん……どうでもいいな。こんなの。
オレも……こういう物には、特に興味は沸かない。
……これはもう、箱ごと処分するしかないな。
こういう古い雑誌って、少しは高く売れるだろうか?
駅前の古本屋の大手チェーンじゃあ、買い叩かれるだろうな……こんなの。
母の持ち物を売り払うのは、悪いことだと思うが仕方が無い。
オレは、もうすぐこのアパートを出なくてはいけないのだから。
持ち物は、できる限り少なくするしかない……。
グゥっと、大きく背伸びをして……スーハーと深く深呼吸する。
……ゲホッッ!
押し入れを引っかき回したから……部屋の中は、ホコリがすごい。
ちょっと、換気をしよう。
オレは……アパートの錆の浮いた鉄枠の窓をガラガラと開ける。
ここは、築四〇年を越えるという木造のボロアパートだ。
二階の角っこのオレとバァちゃんのこの部屋には、ベランダなんていうご立派なものは付いていない。
ただ金属製の鉄柵と、洗濯物を干すための鉄棒があつて……さっき干したばかりの洗濯物が、ぺらぺらと風に揺れている。
今日は……六月の最後の日曜日だっけ。
空は、雲一つ無く晴れている。
先週末、気象庁が梅雨明けの宣言を出した。もう夏がすぐそこまで迫って来ているのだろう……日差しが眩しいし、少し暑い。
新鮮な空気をすぅっと肺の中に充満させて、ゆっくりと吐く…!
時計を見ると…十一時二十八分。
うん……少し早いけれど、そろそろ昼ご飯にしようかな?
冷蔵庫の中に、昨夜の豆腐が半パック残っているはずだ。あれで簡単に済まそうか?
それとも、安売りスーパーで三玉入り九十八円のうどんでも買ってくるか…。
野菜は何か残ってたっけ……できれば、玉子くらいは落としたいな…。
さて、どうしようかと考えながら……オレは、右手で頭の毛をモシャモシャと掻き上げる。
うわっ……ちょっと髪が伸び過ぎているかも。
……暑苦しいな。
そろそろ散髪に行かないといけない。
また余計な金が要る……参ったな。
夏休みまでには、なるべく金を使いたくないのに……。
このアパートは、バァちゃんが働いていた青果市場の会社が社宅的に借り上げていて、家賃を補助してくれている。
だから、従業員であるバァちゃんが死んでしまった以上……一人残されたオレは、この部屋をとっとと退去しなくてはいけない。
会社の人の話では、「とりあえず、七月いっぱいまで」という約束になった……。
つまり……オレは、この一ヶ月の間に新しい居住先を見つけないといけない。
……東京を離れることになってもいい。
どこかに、住み込みで働せてくれるところはないだろうか?
この不況の世の中で、保護者のいない中学生を何も言わずに雇ってくれるような会社があるとは、とても思えないけれど……。
オレ……チビで、小学生にしか見えないもんな……。
それでも、オレは……これから先、生きていくための場所を探さないといけない……。
カンカンカン……と、アパートの鉄階段を上がってくる足音が聞こえる。
あれ?……隣の杉山のオジさんが、市場から帰って来たのかな?
青果市場は、朝方に『競り』があるので……荷受けや分荷作業で夜中が一番忙しい。
夜勤勤務だと、だいたいお昼前のこの時間にアパートに帰って来ることが多い。
だけど、外の廊下をコツコツッと歩く足音はどうしてだか……オレの居る、この部屋の前でピタリと止まった……?!
……コンコンッ!
不意に、オレの部屋の玄関のドアがノックされるッ……?!!!
安普請のポロアパートだ。
ドアも薄くて古いから……乾いた音が、甲高く軽く響く……。
……ええっ?
オ、オレの部屋を……誰かが訪ねて来た?!
だ、誰が……何の用で?
郵便や宅配便なら、必ず名乗るしはずだし……。
アパートの住人なら「……**だけど、山田さんいるぅ?」とかの声が続くはずだ。
今日は……親父の弁護士さんとやらが、オレに会いに来る日でもないし……。
となると…こんな日曜の真っ昼間にやって来るのは……。
新聞の勧誘屋か……あるいは、某国営放送局に違いない……!
とにかく、下手に対応すると時間の無駄になるだけだから……ここは一つジッと身を潜めて居留守を決め込むことにする……!
ジッと静かに……身動きせず。
物音を立てず……死んだふり、死んだふりっ……!!!
………ところが。
……あれれ?
ドアをノックする相手は……なかなか、諦めて帰ってはくれない……!
さらに一分以上……「コンコンココンッ!ヶと、力強くドアを叩く音が続いた……。
そのうち「ダンダンダダダンッ!」と、力強くなる……!
あれ……このドアを叩く、力強い音の響き……?!
何か、嫌な記憶が……フラッシュ・バックしてくるぞ。
そうだ……あれは、僕がまだ小学三年生だった頃。
このアパートの下の階に住んでいた岡田さんの部屋から……。
時々、こんな勢いでやかましいノックの音が聞こえてきたっけ……。
……冬の朝だった。
最初は、玄関のドアを力強く叩く「ドンドンドドン」という音が響いてきて……。
その後に……オッサンの濁った怒鳴り声が続くんだ……!
『―オカダぁっ!居るのは判ってんだぞ!今日こそ、耳を揃えてキッチリ払って貰うからなぁ!出てこんかいぃ!こらぁぁぁ!オカダァッッ!!』
……岡田さんの一家が夜逃げしたのは、その年のクリスマスだったと思う。
どうしよう……ノックの主が、ヤクザ屋さんか何かだったら?!
オレの家にヤクザ屋さんと関わるような何も無いはずだけど……。
でも……ああいう人たちは、理屈が通じない世界で生きている人たちだから……!
もしかして……バァちゃんが借金をしていたとか……。
あの実直なバァちゃんが、ヤクザみたいな奴らから金を借りることなんか無いと思うけれど……。
誰かの借金の保証人になっていたとか……。
そういうことなら……あり得なくもなくないかもかもかもかも……!!!
一瞬にして冷たい恐怖感が、僕の背筋をゾワワワッっと駆け上がる……!
「……ドンドンドドドンッッ!」
……ドアを叩く音がさらに強くなった!
……ヤバイ、ヤバイ……これは、ヤバイぞ……!!!
そして、ついに怒りの雄叫びが……!
ドアの向こうから、力強く発せられるッ……!!!
「……さっき窓に人が居るのが見えたわっ!そこに居ることは判っているのよっ!!今すぐに、このドアを開けなさいっ……!!」
……へ???
これは……雄叫びではない?
むしろ……雌叫び???
それは……どう聞いても、うら若き女性の発する怒声だった……。
「とにかく、ここを開けなさいっ!さあ……!!!」
……オレは。
……おそるおそる、鍵を開ける。
ボロアパートは、鍵までチャチだから……カチャンと軽い音がするだけ……。
ドアを開く音も……キーッと軽い。
オレは、ドアの向こうの……人影を見上げる。
「……あ!」
そこには……一人の女の人が立っていた…!
背が高い……って言っても、別に物凄く身長が高いということではない。
えっと……百七十センチちょいぐらいかな。
それでも……小柄なオレよりは、おおよそ十五センチ以上も高い。
オレがその人を見上げると……その人もオレを見下ろしてきた。
……大きな、二重の綺麗な瞳で。
背中まである長い黒髪は……さらさらに梳かれていて、六月の風に揺れていた……。
日本人形みたいに綺麗な顔……!
うん……『美しい』としか言いようが無い。
綺麗な……女の人。
服装は、涼しげな純白のワンピース……。
頭には、つばの広い大きな白い帽子を被っている。
まるで、外国の『高級リゾート地』から抜け出して来たかのような姿だ。
手には、クリーム色の籠のバッグを下げている……。
革のサンダルに素足……うわっ、足首が細い……。
全体的に、スラッとしててスタイルが良い……。
年齢は……間違いなく、オレよりずっと上だろう。
……高校生かな?
もしかしたら、大学生なのかもしれない。
何て言うか……全身から、上品そうな雰囲気をぷんぷんと醸し出している。
これが世に聞く……『お嬢様』ってやつなんだろうか……!!
……あれれれれ?!
……え、ええっと。
何で……こんな美人の『お嬢様』がオレなんかのアパートを訪ねてくるんだっ……???!
というか……この人、何でオレのことをジッと睨んでいるの……???!
……オレは。
とりあえず……『お嬢様』に声を掛けてみることにする……!
「……こっ、こんにちわっ!」
自分でも馬鹿みたいだと思うが……。
どうしてだか……そんな軽い挨拶してしまった……。
すると……黒髪ロングの『お嬢様』も強張った表情のまんま……!
「こ…こんにちわっ!」
そのまま……一分間ほど無言の時間が続く。
お互いの顔を……ジッと見つめ合ったまま……。
オレは……『お嬢様』の美貌を見上げ続けたまま……。
『お嬢様』も……オレのマヌケな顔をジッと見ている……。
……時間が、凍ったみたいだった。
生ぬるーい風が、オレたち二人の間をピョルリラと吹き抜けていく…。
……すると。
『お嬢様』が突然、……口を開いたッ……!
「……あ、あなた、山田……恵介くんよねっ?」
オレの名前を……知っている?!
「……あ、はい……そうですけど…?」
「……やっぱり……そうなのねっ!」
『お嬢様』の大きな瞳が……オレの顔を覗き込むように、グググググーッと接近するッ……!
……ち、近い!
……お顔が近いですってば!
「……あ、あの……どちら様でしょうか?」
一か八か……。
オレが、『お嬢様』に尋ねた瞬間……!!
彼女は……叫んだ!
「……か、かっわいいーッッ!!!」
……はいいいい???!
『お嬢様』は……突然、オレの身体をギュギュギュギュギューっとと抱きしめるーッ?!!!
……なななな、何でぇぇぇぇ????!!!
オレは……確かに、クラスで一番背が低い。
もしかしたら、学年一かも。
だから、小学生に間違われることは……しょっちゅうある。
……だけど、だけど、だけど。
女の人から……『可愛い』となんて、言われたことなんか一度も無い!
ましてや……この背の高い『お嬢様』に抱きしめられるなんて……!!!
……なななな、何じゃこりゃあああ!
オレの頬が真っ赤に染まる……!
だって、オレの頭は……『お嬢様』の胸の豊かな山にズギューン、バキューンと押しつけられることになっていて……!
こんな体験……生まれて初めてだ!
……ややややや、やわらかいっ!
白ワンピースの生地の下のブラジャーの感触……!
いや……その下に隠されている温かい二つの肉塊……!
そういうもろもろの感触を、オレはほっぺたで感じる……。
「……ちょちょちょ……ちょっと、放して下さい!」
もおおお、限界だ……!
「……どうして?」
『お嬢様』が、不思議そうにオレに尋ねる。
「……く、苦しいんですッ!」
……ホントは、そんなに苦しくはない。
ただ……とにかく、即死しそうなぐらい、恥ずかしい!
自分の家の前でこんな……。
オレは……健全な、中三男子だぞ……!
「……あっ、ごめんなさい、苦しかった?」
『お嬢様』の両手の包囲網が……解ける。
オレは……胸の山から逃げ出すようにして、彼女から身体を離した……!
慎重に距離を取って……。
改めて……彼女を見る。
うん……やっぱり凄い。
これは……『美少女様』だ。
『美少女様』として、崇め奉るしかないくらいの『美少女様』だ……。
そんなお美しい『お嬢様』が……。
満面の笑みで……オレに言った。
「……あたし、三善愛美ですっ!」
……は?
「三善愛美よ……恵介くん……判るわよねっ?!」
……えっ、えっ、えええええええ???!
……わ、判るって?
な、何がっ?!
「……ミヨシ・マナミさん?」
とりあえず……オウム返しで、そう答えた。
「……そうよっ!あたしは三善愛美っ!」
……うん、なるほど。
「……で、あなたは山田恵介くんよねっ!」
……はいっ、そうですが。
「……だから……判るでしょ?」
……んんんんん?
何だ……その論理の飛躍は?!
「……だ、誰なんですか、あなた?」
自分でも、マヌケ過ぎる質問をしてしまった……。
「だから、さっきから何度も言ってるでしょっ!あたしは、三善愛美ですっ!」
……それは。
……判っているんですけれど。
「そ……その、どちらの三善さんですか?!」
……どちらもこちらも。
オレは……三善さんなんて家の人は知らない。
知っている筈がない……。
「……判らないの?忘れちゃった?」
……いや。
判るも何も……。
こんな綺麗な人に会うのは……今日が、初めてのはずだ……。
どっかで一回でもどこかで会ってたら……。
絶対に忘れないよ……こんな綺麗な人。
「ごめんなさい……オレの記憶の中には……『三善』という人はいないんですけれど……!」
オレ……バァちゃんが死んだショックで、頭が変になっちゃったのかなあ。
それとも……この綺麗な人の方が『変』なのか……。
「……まさか、本当に知らないの?!」
自称『三善さん』の顔が……みるみるうちに曇っていく。
「……あの……すいません。本当に判らないんです!」
嘘じゃないですっ!
この眼を見て、信じて下さい……!
オレは、必死で彼女の眼に訴える……!
「……ええええーっ、何で判らないのぉっ!!!」
『三善さん』は、キレた……。
……何で?
「知らないはずが無いでしょうっ!愛美のこと、からかっているのっ……!」
……そ、そんな。
こんな綺麗な女の人を『からかう』なんて……トンデモない。
「よーくよーく、考えて思い出しなさい……あなた、絶対に知っているはずよ……!」
……ええっと。
……何じゃこりゃ。
これって……もしかして、新手の訪問詐欺か何かなのだろうか……?
いや……こんな見目麗しい『お嬢様』が、わざわざ貧乏人のアパートに来て詐欺ってことは無いよなあ……!
あ……もしかして、これテレビか何かの企画ですか?
美少女アイドルが……庶民の家に突然訪問とか?
……そんなわけ無いよな。
彼女の後ろに、テレビカメラとかスタッフとか見当たらないし……。
何より……このお上品な『お嬢様』からは、ゲーノージンみたいな安っぽさは少しも感じられない…。
オレが、何をどう答えたら良いのか判らないまま……バカみたいに大口を開いてしばらくぽかーんとその場に固まっていると……。
「……ええええ……もしかして、あなた……ホントに知らないのぉ…?!」
突然、ハッとした『お嬢様』が……驚いたようにそう言う。
「……だからぁ……さっきから、何度もそう言ってるじゃないですかっ!!」
オレの絶叫が晴天に轟く……!
『お嬢様』は、ハァと大きく溜息を吐いて……。
「判ったわ……もう一回、最初から説明するわよ」
……うん、説明してもらおうか。
「あたしは三善愛美で、あなたは山田恵介くんよね?……ここまでのところは、アンダスタァーン?」
何で、英語になるのかよく判らないけれど……。
「……はい。そこまでのところは、アンダスタァーンです……!」
『お嬢様』は、ギッとオレの眼を睨む……!
「……じゃあ、何で判らないのよぉっ!!!」
……おい、おい、おーいッ!
全然説明になってないじゃんかぁッ!
「……ええっと……あなた、今、ご家族は?」
『お嬢様』が、アパートの部屋の奥を覗き込む……。
……オレは。
見ず知らずの他人に……いきなり自分の個人情報を晒すのはどうかとも思うけど……。
とにかく、ここは正直にお答えすることにする……!
「……一緒に住んでいる家族はいませんッ!」
「……外出中なの?」
いや……そういうことじゃない!
……でも。
そうだよな。
男子中学生が、こんな安アパートに一人暮らしとは思わないよな……普通。
「……えっとさ。あなた、どこかに兄弟とかいる?……いるわよね?!」
『お嬢様』は、少しモジモジしながら、オレに尋ねる……。
「……はい?あの……質問の主旨が、よく判らないんですけど?」
……『どこか』ってどこだよ?!
「……いいから、答えなさいっ!」
オレは……ちょっとムッとして答えた。
「……オレ、一人っ子ですけど」
『お嬢様』は、びっくりした顔をする……!
「……嘘?」
「嘘じゃありません……オレの母親が産んだ子供は、確実にオレ一人だけのはずですっ!」
オレは、吐き捨てる様に言った。
「あたしが聞いているのは、そういうことじゃないわよ……!」
……何じゃそりゃ?!
「オレに兄弟がいるかどうかを聞いたんでしょ?!」
「そうよ……そうなんだけどっ……!」
彼女は……困惑した顔で、オレに言った。
「……あなた……どこか遠くに『秘密の兄弟』がいるとか……そういうことを、親族の誰かから聞いたことはないのっ?!」
……はい???!
……あれれ。
話が……急にミステリーの領域に突入したぞ。
「……だからっ!『お前には、生まれてから一度も会ったことのない兄弟がいるのだッ!』とか何とか……親戚の誰かに教えてもらったことは無いのって聞いているのよッ……!」
三善さんの大きな瞳がさらに大きく見開かれて、オレにグングン詰め寄って来る!
……ちょっ、ちょっと離れて!
お願いだから、もうちょっと離れて……!
「…な、無いですよっ!」
そもそも……オレには、バァちゃん以外に縁故者がいない。
そのバァちゃんから何も聞かされていない以上……。
他に……何も知りようがない。
「……ホントに無いのね?!」
大きな瞳が、力強く問い詰めるから……オレも強い眼で押し返すように返答する…!
「……ホントにホントにですってば。天地神明に誓って、何も聞いたことはありませんッ!」
……すると。
白いリゾート・ワンピースの『美少女様』は……。
「……そっか。恵介くん、ホントに何も知らないんだね……」
『三善さん』は……何やら、ひどくガックリときているようだった……。
「……それが、何だって言うんですか?」
オレは……とにかく、このプレッシャーから逃れたかった。
こんな綺麗なお姉さんと差し向かいで怒鳴り合うのは……。
精神を思いっきり削られる……。
オレは、早いところ昼ご飯にしたいんだ……!
「じゃあ……改めてきちんと挨拶するわね……」
元気を無くした『美少女様』は……そう言って、オレにペコリと頭を下げる……。
「……初めまして。あたしは三善愛美です」
いや…あの。
それはもう、散々聞きましたから……。
「……それでね」
『三善さん』は、細く長い指で自分を胸先を「トン」と叩く。
そして……とんでもないことを口走った……!
「……あたしはね、あなたのお姉ちゃんなんだと思うの……多分」
……はいぃぃぃぃぃぃッッ???!!!
……な、な、な、何なんだよっ?!
……た、た、た、『多分』て?!
……ええっ?!
昔書いて、コンクールに出して落選した物です。
せっかくなので、公開することにしました。
一章ずつ、改稿しながら毎日投稿していきたいと思います。
よろしくお願いします。