その2.え? もしかして(4)
でっかい人間は、前髪からサイドにかけて短めに切っていて、後ろ髪の一部だけを長く伸ばしていた。染めてるんか、一房金色が混じっている黒髪は、銀色に黒の大きな花模様の、裾が少し広がったドレスの背中で揺れている。
居並ぶおっさん達が、一斉に立ち上がって頭を下げた。
ってコトは、これがセンドランドの女王様っ?!
確かに、ティアラってんだけ? を、頭に乗っけてっから間違いないんだろーけど……
にしても、でっけーっ!! ぜってー、190センチはあるぜっ!!
って、俺も、こう見えて193センチはあんだけどよ……。今はヤンキーで慣らしてっけど、ちゅーぼーの時はバスケやってたんだ。
高校では、センパイから部活入ってくれって言われたんだけど、中年の顧問のオヤジ教師が、俺を見た途端、
「何だっ?! おまえのその真っ赤っかな頭はっ!! 髪型はっ!! 前髪、潜水艦だか鳥籠だかみたいにしやがってっ!! 坊主にして出直して来いっ!!」
なんて怒鳴りやがるもんだから、一発ぶん殴っちまったんだ。
それで、部活入りはパア、になった。
俺の過去バナはいいとして。
女の190なんて、バレーかバスケの選手ぐらいじゃねーの?!
女王様、そーいうスポーツ、やってんのかなあ?
意識で首を捻った俺に、ナイトロードが『無いと……、思うぞ』って、言って来た。
……あれ? ナイトロードの声が、ちょっとだけ動揺してるぜ。
やっぱ、でっかい女にびっくりしたのか?
つか、ナイトロードでも、びっくりするコトって、あんだ?
これまで魔力で鉄壁に俺に感情を読ませなかったナイトロードの気持ちが、少しだけでも感じられたのが、俺は、なんだかとっても楽しくなった。
身体の本当の持ち主の俺は、顔の筋肉が動かせたら、ニヤァっ、と、変な笑い方をしたかもしれねえ。
けど、今はナイトロードに明け渡してる身体は、内側のびっくりを隠したまま、平然とした顔で、おっさん達と一緒に、でっかい女王様が席の前へ来るまで立っていた。
いつの間にか俺(達)の斜め左前の席に陣取っていた魔導師長が、コホン、と咳払いをした。
「黒竜殿、ご紹介申し上げよう。こちらにおわすのが、我がセンドランドの主、女王セイレィニア・エレナ・センドランド2世陛下だ」
ナイトロードは、改めて女王様に向き直ると、その、ガタイとおんなじで、やっぱ女にしてはでっかい手を恭しく取った。
あーでも。女の手だなぁ、でっかくでも。指が長くてほっそりしてる。
俺もどっきりしたけど、ナイトロードも少しドキッ、としたらしい。
それでも、さすが竜王陛下。堂々と挨拶して退けた。
「お初にお目にかかる。私は、こちらからは異界となるハイ・グローバの竜王、ナイトロード。こちらへは奇妙な形で訪問する事となったが、その辺りはお気を使われぬよう願いたい」
「りっ、竜王陛下っ?!」
食堂の、扉に近い隅っこの方から、甲高い素っ頓狂な二重唱が聞こえた。
あ、来てやがったのか。チビ犬ども。
こっちを覗き込んでいるちっこい魔導師二人に、魔導師長が、多分、すっこんでろ、という意味だろう、咳払いをした。
気付かないバカ2匹は、まだ遠くでわーきゃー言ってやがる。
あーあ、やっぱり首根っこ掴まれて下がらされた。ざまみろ。
バカ共は置いといて。
魔導師長を除いて、他のお偉いさん達も、殆どチビ犬とおんなじような、いや、叫びはしなかったけど、顔が引き攣った状態で、ナイトロードを見てた。
そんな中で、手を取られた女王様だけが、全く表情を変えていない。ゆっくりと頷くと、
「こちらこそ。ハイ・グローバの主にして全生命の長たる竜王陛下にお目に掛かれ、望外の喜び。こちらに居られる間は、我らが国の者がねんごろにお世話させて頂きますゆえ」
女王様は、女にしてはかなり低音なハスキーボイスで、一語一語、周りに言い聞かせるようにはっきりと喋った。
に、しても、無表情だなー。
返答の最中も、ぜんっぜん、にこりともしねーの。
もしかして、顔の筋肉がねーのか? 女王サマ?
女王様の挨拶でどーにか落ち着いたらしいでかい宰相閣下が、ナイトロードに頭を下げた。
「わたくしは、センドランドの宰相を勤めます、ヴィクターと申します。セイレィニア陛下のお言葉の通り、我が国人一同、竜王陛下のご滞在を、歓迎致します」
「では、竜王陛下と、我が国の女王陛下のご対面を祝し、乾杯を致しましょう」
……これ以上、仔イヌやら訳わかってねー若い魔導師やらが粗相をおっ始める前に締め括っちまえ、と言わんばかりに、魔導師長が銀色のコップを手に掲げた。
みんなもそれに倣う。
ナイトロードが、内心で苦笑するのを感じながら、俺は、ナイトロードの目を通して、センドランドの家臣さん達が、慌てて「乾杯っ!!」と叫ぶ姿を見ていた。
宴が始まってすぐに。
魔導師長が、魔法の《声》で話し掛けて来た。
現在はナイトロードの奥に引っ込んでいる状態の俺は、ナイトロードの耳を通して聞こえる音ではなくて、ダイレクトにこっちにも聞こえてきた《声》に、ぎくっとした。
『竜王陛下を召還した魔法陣の件ですが……。やはり、アレクサンダーの書き込み間違いが夥しく、何処でどう、呪文が誤発動しておるのか、我等でも判り兼ねます』
うおぉっ!! やっぱりチビ犬ども、飛んでもねーヨタ魔導師だったんだ。
ちっくしょー!! ってコトは、元に戻れるかどーか、わかんねーって話かよ。
ムクれ返った俺とは反対に、ナイトロードは不測の事態を聞いても、平然と頷いていた。
『で、あろうな。本来ならば、ハイ・グローバの住人でしかない私が、こちらに召還されることは無い。いくら竜が魔法で人間の姿を作れるとはいっても、それは、召還条件には当て嵌まらない』
おお? 何の話だ?
『左様ですか』
ナイトロードからすれば頭の中でごちゃごちゃ抜かしている俺の言葉は、しかし魔導師長へは聞こえないらしい。
魔法の《声》には魔法の《声》で返したナイトロードに、魔導師長はこっちを見ずに答えて来た。
に、しても。何でまともに口で会話しねーんだ?
俺の疑問に、ナイトロードが『宰相閣下や女王陛下には、聞かれたくないらしい』と説明してくれた。
よくわかんねーけど、そういうんなら仕方ねーんだろーな。
『ですが。とすれば、竜王陛下がこちらへお渡りになられたのは、どういう経緯になるのでしょうか?』
魔導師長は、隣の席の後輩に口では話し掛けながら、こっちへ質問して来た。
……器用だぜ。俺にはぜってームリ。っても、魔法なんか使えねーから関係ねーけど。
『恐らく』と、ナイトロードも、宰相閣下の「こちらの風景は、いかがですか?」の質問に口で返しながら、魔導師長に《声》で答える。
『タイミングの問題だったのだろう。私は、召還魔法がこちらからハイ・グローバに達した時、死に掛けていた。そしてこの身体の持ち主、安曇一輝もまた、瀕死の状態だった。私の魔力が体力と気力を欲し、召還に一輝を巻き込んでしまったのだろう』
『と、すれば、通常の召還魔法の発動とは些か異なりますな。……契約条件が切れたからといって、召還が解けるかどうかは……』
うっわー……、絶望的。
下手すりゃ、一生ここで暮らさなきゃなんないってワケかぁ……
おふくろ、兄貴、ごめん。
やんちゃばっかしてて、ちっともいい息子じゃなかったけど、時々は思い出して手を合わせてくれ。
って。俺、まだ死んでねー。
『問題はないだろう』と、ナイトロードがゆったりとした雰囲気で言った。
『召還魔法で招かれたものは、こちらの《気》にとって、言わば邪魔者。魔法の《約定》に干渉されないのなら、《気》が、そのうちさっさと我等を追い出す』
ほー。
よくわからないけど、何とかはなるんか?
俺が首を捻っていると、不意に女王様がナイトロードにお声を掛けて来られた。
「不躾ながら。晩餐の後、お話ししたい儀があるのだが」
やや低音のハスキーボイスに、ナイトロードは、鷹揚に頷いた。
「承知した」
……俺は全く承知じゃないんだけど、ナイトロードは分かってるみたいだ。
なんだろー?