その2.え? もしかして(3)
入って来た、魔導師連中とは違う、短い上着にズボンを履いた若いにーちゃんが、夕飯の支度ができたんで食堂に来てくれって言った。
俺はメシって聞いて、改めて自分が午前中から何にも食ってないのを思い出した。
ったら、急にハラが鳴った。
くっくっ、と、ナイトロードが遠慮なしに笑ってくれる。ちきしょっ。
「仕方ねえだろっ!! 昼メシ食ってねーんだからっ!!」
頭ん中の竜王に文句を言ったんだけど、俺の目の前にはにーちゃんしか居ない。にーちゃんは、俺がなんでムクれてるのか分かんないまま、「すみません」と謝って来た。
「あ、や、あんたじゃねーんだ……」
俺は、照れ隠しと困った隠しに、ぽりぽりとモミアゲを掻いた。
にーちゃんの案内で、俺は食堂へと向かった。
部屋を出る前に、にーちゃんは着替えろって言って、俺にこの世界の服を渡して来た。
魔導師達が着てる、ズルズルした感じの服だ。
「なんで?」って聞き返すと、にーちゃんは、
「晩餐には、女王陛下もいらっしゃいます。失礼ですが、黒竜閣下のお召し物には、血がついておられますので……」
要は、女王様と一緒の メシの場に、血だらけのガクランで行くなってコトだった。
そーいや、俺の服、軽トラとタイマン張った時にボッキリ肋骨折れて肺に突き刺さって、口から大量に血ぃ吐いてドロドロだったんだ。
血のシミは、他にも頭が切れて大出血してたのが背中に流れて出来てる。
うーん、よく考えたら、確かにゾンビの格好だよな……
仕方無く、俺はこっちの服に着替えた。服は、上半身は中に薄いハイネックのシャツを着て、その上からズルズル足首まである上着を羽織る。上着は二重になっていて、ダブダブだけど見た目より柔らけーし軽い。
下半身には、オヤジが履くよーな、これも薄いけどぴったりしたモモヒキを履いて、にーちゃんのとはちょっと違うダブッとしたズボンを履く。
こっちも、あったけーし軽い。
そこで俺は初めて、こっちの世界がやけに寒いのに気が付いた。
そーいや、魔導師達もにーちゃんも、ずいぶんと厚着してる。
……どーして俺、今のいままで寒さが分かんなかったんだろう?
『竜は、人間よりも気温の変化に鈍感だからな』
ナイトロードの説明で、俺は、こっちに来た時は竜の身体だったことを、思い出した。
――そっか、竜って、ニブいのか。
納得して部屋を出掛かった俺に、
『ニブい、というのとも、違うのだが……』と、困った感じのナイトロードの声が答えたが、無視した。
俺は、「こちらです」と、前を歩き始めたにーちゃんの後に付いて、石造りの廊下を歩いた。
それにしても、どーしてここんちはあっちもこっちも薄暗いんだろ?
昔、じいちゃん家のベンジョの電球が10ワットで、もンのすごーく薄暗くって、えっれー恐かったのを思い出した。
……そーいや俺、妖怪戦争っておっかねー映画観た後にじーちゃん家のベンジョに入って、あんまり恐すぎてウ○コが途中で止まっちまったんだよな。
まだ、4つくらいだったけど。
『それは、難儀だったな』しんみりしたナイトロードの声に、俺はしまった、と思った。
『ひ、ヒトの頭ン中、勝手に見るなっ』。
『そう、言われても、な。今、一輝と私は意識も肉体も混在してしまっているのだ。お互いに隠し事など、出来ないぞ?』
うー……。確かにそーなんだけどよっ。
『けどよ。俺はあんたが考えてるコト、さっぱ分かんねーぜ? それ、どーしてだよ?』
『それは、伊達に私が一輝より年寄りではない、ということだろうな』
何歳なんだよ? と思った俺に、ナイトロードの意識が『300歳だ』と、しれっと答えた。
「さっ、300歳っ?!」
なんだよそれっ?!!
びっくりし過ぎて大声で叫んじまった俺に、にーちゃんは「どういたしましたかっ?!」と慌てて振り向く。
「う……、あ、いや、何でも……、ないっス」
気が付くと、食堂の前に陣取ってる兵隊さんたちも、なんだろって顔でこっちを見てた。
いつもなら「ガン飛ばすんじゃねぇっ!!」って怒鳴れんだけど、ここは異世界。
どーしていいんだか分かんなくなって、俺は恥ずかしさに耳が熱くなった。
きっと首まで真っ赤っかになっちまってる俺を、にーちゃんと兵隊さん達は、心配そうな顔で見てる。
『……竜を知っているこちらの人間なら、私の年齢を聞いて驚きもしないのだが。一輝は別世界の人間だったな。――済まなかったな、驚かせて』
ナイトロードにまで気ぃ使われて、俺は、とっても自分が情けなくなった。
******
食堂は、こりゃまた西洋のおとぎ話の世界とうり二つの、でっかくて長い食卓が置かれていた。
ちなみに、[こりゃまた]とかいう言い方は、じいちゃんと観てた時代劇によく出て来た。ヤンキー仲間に使うと「っんだよその言い方よっ」って、笑われっけど。
ドアから真正面の、時代劇で言うところの床の間側には、何だよそれよっ、て突っ込みたくなるような、べらぼうに背凭れの高い、真っ赤な布張りの椅子が、でんっ、と居座っている。
これが、女王様の座る場所かぁ、と、ぼーっと見てたら、案内のにーちゃんにそのすぐ右隣の席を勧められた。
え? 俺がここ?
戸惑った俺に、ナイトロードが、
『女王陛下には、何か私たちにお話があるのかも知れぬ』と言って来た。
そんなん。
俺に話し掛けられたって、分かんねーぞ。
『私が代わろう』ナイトロードの断固とした声が、頭に響く。
『一輝は意識を開けて、内容だけ聞いておいてくれ。陛下とは、私が直接話す』
『おいおいっ、そんな簡単に出たり代わったりって……』
出来んのかって言う前に、俺の意識は奥へ引っ込まされて、俺の身体はナイトロードの支配下に治まってしまった。
ちくしょーっ。俺だって、魔法ってヤツがちょっとでも分かれば、ナイトロードに出しゃばられないで済むのに、と思ってから、はっとした。
考えは全部筒抜けなんだと慌てたが、後の祭りだ。ナイトロードが俺の顔を使って、にやっ、て笑いやがった。
俺、ってか、ナイトロードがにーちゃんに勧められた席に、優雅に座る。
……ほんと、俺の身体なのに、俺じゃぜってー出来ない動き方で、王様らしく堂々と座りやがった。
ナイトロードが座った直後。
赤い椅子の右側の、俺らの背後の扉が開いた。
最初に入って来たのは、髭面の大男。魔導師のとはまたちょっと違う、ブワっとした膝までの上着を着ている。
上着が何となく派手っぽい緑色なんで、多分偉いさんなんだろう。
『この人物が、恐らくセンドランドの宰相閣下だろう』
ナイトロードの脳内説明に、俺はふんふん、と頷いた。っても、頷いた意識だけだけど。
大男の偉いさんの後ろから、更にでっかい人間が入場して来て、俺はあっけに取られた。