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その8.タマシイノイチブ(2)

「ホンキで、なんにも、ねえ」


 俺は、思いっ切り言っちまった。

 流離人の館の魔法陣から飛んで来た先の、ルルドニア魔界は、真っ黒だった。

 どっち向いても、黒、黒、黒っ!!!!


「上下左右がねえっ!!!」


 周りを見回して、力いっぱい叫んだ俺に、ナイトロードが「いや、そうではない」と言った。


「気配はある。大地としての気配は、まだ消えていない。――一輝」


 呼ばれて、俺は「おうっ」と相棒を振り返った。


「自分の《目》に頼ってはいけない。足の裏の感触や、においや気配。そういったものを信じろ。進む方向は、一輝の五感が教えてくれる」


「……分かった」


 俺は足元を見た。そこには、流離人が描いた魔法陣が、真っ黒な空間の上に白く光って浮いている。

 俺とナイトロードは、その魔法陣の上に、乗っかっていたんだ。

 で、ナイトロードは、魔法陣から外へは動けない。

 動いたら最後、この、ルルドニア魔界の大量の魔力ってヤツに、飲み込まれちまうんだ。

 俺は、二人並んで少し余裕のある魔法陣の中で、相棒に向き直った。


「んじゃあ、ちょっくらマオーんとこ、行ってくらあ」


「……任せた」


 右手の親指を立てて見せた俺に、ナイトロードも僅かに笑って、おんなじように返して来た。

 俺は、大きく息を吸い込むと、一歩、魔法陣から出た――

 途端。

 真っ黒な魔界の大気に、俺は包まれた。

 一瞬、こっ恥ずかしくもビビッて、相棒の居る筈の背後を振り返ったが。

 そこには、もう、黒い大気しかなかった。


 ******


 俺は、ナイトロードに言われた通り、自分のカンだけで前進した。

 もっと言うと、ルルドニア異界で臭ってたサカナ臭が、ルルドニア魔界では、一方向から強く臭っている。

 そいつを、俺は追っていく。

 途中、岩みたいなもんにけっ躓いたりもしたが、それで行く方向を変えたりはしなかった。


 どれくらい歩いたんだか。

 相変わらず、前後上下左右は、真っ黒。なんも見えねえ。

 けど、魚の腐ったみたいな臭いは、どんどん強くなる。強くなる方向を辿って、俺は歩いてる。

 時間も、全くわからねえ。

 けど、何かヤバいもんがどんどん近くなってるのは、カンで分かる。見えてはねぇけど、でかいグループの頭とタイマン張った時の感覚が、どーんと強くなってる。


 やがて。

 猛烈なサカナ臭が、俺の足を止めた。


「ゲホッ、うえぇ~~っ」


 息を吸い込んだだけで肺まで腐りそうな、すっげえ臭いっ!!!

 むせ込んだ俺は、口を押さえて暫く吐き気をやり過ごす。

 と。

 ばさぁっ、という、でっかい看板かなにかが風に煽られて飛ばされたみたいな音がした。

 顔を上げた。そこに、真っ黒な周囲よりもっと真っ黒な羽をつけた、異様なカッコのヤローが、宙に浮いてやがった。


 ナイトロードとくっついちまってからこっち、いろんな、ほんとーにいろんなコトがあったもんで、もーちっとやそっとの奇天烈ヤローには、驚かなくなってた。


 けどっ!!!!


 こいつには驚いたっ!!!!


 なにがって、カッコーよりも、そのでっかさにっ!!!!


 竜だった俺(ナイトロードの本体だけどよ)より、2、3倍は、絶対デカイ。

 羽の数も、2枚じゃなくって、よく見ると、6枚。左右に3枚ずつくっついてる。

 身体や顔は人間に似てるけど、頭にはでっかい角が2本、生えてた。

 顔も身体も、羽とおんなじで真っ黒。目は、閉じられててわかんねえ。

 口から上向きにニョッキリ付き出た牙が、妙に作り物っぽいな~~と、我ながら冷静に観察していた時。


「ここまで……、来られる人がいるなんて、思わなかった」


 突然、そいつの足元から、女の声がした。


「うわあっ!!」


 俺は、本気でびっくりして、3歩くらいびょんっ、と後ろへ飛び退いてしまった。


 ちっ、こんなに驚くなんて、ヤンキー失格だぜ全く……。


 俺は、改めてデカブツの顔から、目線を足元に下げた。

 そこには。

 赤金の真っ直ぐな長い髪をした、色白の美女が立ってた。

 歳は、俺とタメか、少し上みたいだ。

 黄緑っぽい色をした大きな目から、女の子はポロポロっ、と涙を零した。

 けど。

 その涙は、真っ黒だった。

 俺は、ぎょっとした。


「あなたは……、どこからいらしたの? ――聞いてもしょぅがないのだけれど。私もう何年も、誰にも会っていなかったから……」


「おっ、俺はっ、ルルドニア異界から……」俺は、さっきまで居た場所の名前を言った。


 女の子は、黄緑の目を大きく開いた。


「ルルドニア異界に、まだ人がいたの? ……よかった……。私が、私と魔王が、ルルドニア異界の人々は全て死なしてしまったと思っていたから……」


 俺は、思い切って女の子に訊いた。


「あっ、あんたの後ろのそいつがっ、そのっ……、マオーってヤツかっ!?」


「そう……」女の子は、悲しげに項垂れた。


「魔王は、《目の見えない者、音の聞こえない者、喋ることの出来ない者、動けない者》。でも、《感じる者、悪意を抱く者》。……私が、マーヤに悪意を持ったから、魔王に取り込まれてしまったの」


「……えーっと」


 しまった。俺じゃあよく分からねぇ。参ったな。

 と、思った時。

 頭の中にナイトロードの声が聞こえた。


『一輝。それは、魔王には意思が無い、という意味だ。ただ、人間の嫌悪や憎悪、怨嗟や嫉妬という、負の感情を感じ取り、その感情を発した者を取り込んで初めて、魔力を発揮するのだ』


「えっ。じゃ、じゃあ、どーやってこいつを止めるんだよっ!?」


 俺の、はっきり言って独り言にしか見えねえハナシに、女の子が首を傾げる。


「あっ、いやその……。別に俺は頭イッちゃってるワケじゃねえんで……」


 そこであれっ? っと俺は気が付いた。

 さっきこの子、言ったよな?


「私が、マーヤに悪意を持ったから」って。


「あっ、のよ」俺は、コレはこの子から経緯を聞かねえとマズいんじゃねーかと、思った。


「その、マーヤって、誰?」


「マーヤは……、シュナワ国の第二王女。私は、ハルバヤシュ。シュナワ国の第一王女だけど、私のお母さんは、貴族じゃない。ただの端女だったの。だから、マーヤには、大国センドランドの王族からの求婚があった。けど私は、母が死んだら、途端に城を追い出されて……。第二都市のサワドの娼館に売られたの」


「ええっ!? 王女サマを娼婦にしちまうのか? あんたの国じゃ?」


 シュナワ国の王女ハルバヤシュは、頷くと、ぽろぽろと涙を零した。


「王女なんて……、王のお父様には何十人も居るの。母親の身分が高ければ政略結婚にも使えるけど、私のように、母親が身分も最低な下女じゃ、王女といっても何処にも嫁がせてもらえない。――私とマーヤは、同い年で仲も良かった。でも、マーヤはお母様が首席大臣の娘。だから、13の歳に、センドランドの王子との婚約が決まったの。一方私は……」


 同じ歳に母親が死んで、他に身寄りもないので、少しの金と身の回りのものを持たされて、城から出されたのだという。

 で、ハルバヤシュは、以前から知っていた神殿の司祭に、尼僧になれないか相談に行ったんだと。けど、その司祭ってヤローがむっちゃ悪人で、ハルバヤシュを手籠めにした挙句、娼館に売っちまったんだ。


「……早くに死んだ母方のお祖父様が魔導師だったって聞いたことがあったの。そのせいか、私も少しだけ魔法が使えた。それが、悪かったのね。

 私、娼館に売られてから、色んな人を憎んだの。司祭も、お父様も、お母様も、それに、マーヤも。特にマーヤは、私と同じ歳に生まれて、12歳までは全くおんなじように育てられたのに、どうしてこんなに違ってしまうの? って。だって、そうでしょう? 私のほうが月上で第一王女なのに、母が大臣の娘ってだけで、第二王女のマーヤが、どうして大国にお嫁に行けるの? どうして私は……、私は、無理矢理犯されて、娼館に売られなければならないの……?」


 話しているうちに、ハルバヤシュの顔付がどんどん変わって来た。

 最初の、大人しい美少女って顔から、まるで、鬼みたいな目つきになっている。気が付くと、赤い髪の間から角が二本、上に向かって生えている。


 可愛い口からも、後ろのマオーとおんなじよーに、下向きの牙が二本、長く延びていた。


「14歳で、毎晩色んなお客の相手をさせられた。その度に、私、思ったの。王宮にいたのに。私は王女だったのに。なんでこんな……、お酒臭い男の人に酷い事されてなくちゃいけないんだろうって。そう思っているうちに、いつの間にか、魔王の影が近付いて来てて……。ある日、聞いたの。《おまえは、自由になりたいのか?》って声を。私、なりたいって答えた。そうしたら、ここに……。ルルドニア魔界に来ていた」


 ひゅうっ、と、ハルバヤシュが息を吸い込んだ。途端、黄緑の目が真っ赤に変わって、血の涙がどっと溢れ出た。


「ワタシハ、マオウト、ケイヤクシタノ……。ニクイヒトタチヲコロスマデ、イッショニイルト」


「憎い人達って……。ハルバヤシュの故郷って、何処だよっ!? 」


「ロードラスト……。イリス大陸ノ、南東。シュナワコク」


 待てよ? ロードラストって、セイルの居る世界のコトだろー?

 そこの、イリス大陸ってとこにあるシュナワ国の姫さんか、ハルバヤシュは。

 そこで、俺は大事なことに気が付いた。


『第二王女のマーヤは、センドランドの王子に嫁いだ』って、言ってたよな?

 でも、センドランドの王子って、居ないんじゃ……?


「ハルバヤシュっ!!」俺は、もう俺の方をみていないっぽい、マオーと一体化しちまってる王女サマに、大声で呼び掛けた。


「センドランドに妹が嫁に行ったって? んなワケねーっ!! センドランドには、今、王子なんか居ねーぞっ!!」


 俺の声に反応したのは、けどハルバヤシュじゃなかった。後ろのデカブツヤローの羽の一枚が、大きくばっさ、と振り回された。

 生臭いサカナ臭と一緒に、大風が俺を突き倒す。足元から煽られて、立ってられずに、俺は仰向けに倒れて、そのままころんとでんぐり返った。


 ……はなはだ、かっこわりい。


 でもっ、そんなコトは言ってらんなかった。

 俺の言葉を完全無視したハルバヤシュが、大声で泣き始めた。


「ワタシハッ、イツデモフコウダッタ!! オウジョウデモ、サベツサレテタッ!! ハシタメノムスメダカラッ!! ハハガコジダッタカラッ!! ダレモ、ワタシニハコエヲカケテクレナカッタッ!!!!」


「そーじゃねえだろっ!? マーヤとは仲が良かったんだろっ!? 友達だったんだろっ!?」


 ああ~~もうっ。

 女の子のこーゆーダダって、俺、わかんねーんだよっ!!


「ナイトロードっ!!」


 俺は、聞いてるか聞いていないか分からないが、相棒を呼んだ。


「もーめんどくせえっ!! でもっ、女は殴れねえぞ俺はっ!! どーすりゃいいんだよっ!? 」


 喧嘩上等のヤンキーだけど、だからっ、基本女は殴らねぇ、と、俺は誓いを立ててる。

 尤も、レディースのアタマみたいな女は別だ。ありゃあっちから大人数で最初に仕掛けて来やがったし。売られた喧嘩だ、たとえ相手が女でも、喧嘩買わなきゃヤンキーじゃねぇ。

 本心は、あんま殴りたくはなかったけどな。

 俺のイライラを聞き取ったナイトロードが、俺の《脳内》に返事をして来た。


『ハルバヤシュは自分の不幸に酔ってしまっている。半分は、同化している魔王のせいだ。彼女を魔王から引き離すには、はっきりと己の意思を取り戻させるしかない』


「って、だからっ、どーやってっ!?」


『思い切り、ハルバヤシュを殴れ』


 ――へ?


 竜王のあまりに冷徹なお言葉に、俺のイライラがすっぽ抜けた。


「いっ……、いいのかよっ、ってか、それでほんとに、ハルバヤシュが目ぇ覚ますのかよっ!?」


 殴りたくない気持と、半信半疑なのが重なって、俺は気弱に訊き返した。

 が。ナイトロードは力強く『殴れ』と返して来た。


『女の子だと思うから、一輝は殴れないのだろうが、今のハルバヤシュ姫は、魔王の一部だ。背後の醜い生き物と同等だと思えば、殴れるだろう?』


 そう、無理矢理、自分に思い込ませられれば。

 いや、思い込まなきゃ、もうヤバいんだろう。

 ハルバヤシュの嘆きはますます大袈裟になっていくし、それに吊られて、後ろのマオーは、目を開けた。


 金と赤がまだらに入った、不気味な目玉が、俺を見下ろしてる。


《魔王は、目の見えない者》って、さっきハルバヤシュが言ってたけど、多分、ハルバヤシュが憎悪で『観て』いる者は、マオーも『観え』るんだ。

 マオーが相手を『観た』ら、それはその相手を完全に殺すってことだ。

 今、マオーは俺を『観て』る。自分とハルバヤシュを分断しようとしている《敵》として。


 俺は、ぎゅっ、と拳を握った。

 そうするしか、ハルバヤシュを助ける方法は、無い。

 俺も、自分が助かるにはこれしか無い。

 固めた拳を振り上げて、俺は素早い動きでそれを振り下ろした。

 マオーの、弁慶の泣き所へ。

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