その7.異界と魔界と別界と(3)
「私が竜王であったのを知っている、ということは、私達が来るのを待っていたのか? 魔導師」
ナイトロードは、警戒レベル10ってな感じで用心しつつ、現れた日サロ焼け魔導師に言った。
――ん? てコトは……
こいつ、俺らが来るのを、ここで張ってたのか?
「そういうことらしいな」ナイトロードが、ナゼか声に出して答えた。
「どうやら、私達はこの男におびき出されたようだ」
「それは、人聞きの悪い」日サロ野郎はくっくっ、と笑った。
「正確には、ここへ来られるよう、誘導したのだ。私はただ、ルルドニア異界の現状を食い止める手助けをして頂ける方を、待っていただけだ。竜王どの」
また、風が吹いて来た。
生臭いニオイが身体にまとわり付くみたいに臭って来て、ナイトロードは、らしくなくムッとして顔を顰めた。
「私は、今は竜王ではない」
「では、元竜王どの、でよろしいか?」
うーっ!! どうみても、この日サロ野郎、俺らをからかってるとしか思えねぇっ!!!!
『おうっ、俺と交代しろや相棒っ!! 俺、どーしてもコイツ一発殴りてぇっ!!!!』
いけすかねぇっ!!!!
唸る俺に、ナイトロードはふっ、と微笑った。
「と、私の中の相棒が言っているのだが? 彼と入れ替わってもいいか?」
「殴られるような真似をした覚えはないが……。あなたの中の御仁が、私に怒っているのなら仕方なかろう。だがその前に、ルルドニア異界の現状を話させてくれないか?」
男は言いながら、もうそのつもりらしく、手の上の光を上へ、ぽん、と放り投げた。
途端に、俺らと日サロ野郎の周囲が、ぐっと明るくなる。光の球が大きくなったんだ。
「と、いうことだが、構わないか? 一輝」
ナイトロードが、また声に出して、俺に訊いてきた。声に出して訊くのは、多分この日サロも、相当に腕の立つ魔導師だからなんだろう。
脳内会話してても、こいつに筒抜けってワケだ。
『いいぜ』
俺が許可したんで、ナイトロードは、草に隠れて見えない円陣の中から、一歩外へ出た。
「有難い。――ああ、名乗るのが遅くなってしまったが。私のことは、……そうだな。流離人、とでも呼んでくれ」
――っかあぁ!! いい度胸じゃねぇかっ!! 俺らに本名隠すってのかよっ!!
唸った俺に、日サロヤロー(ヤツのいいようになんか呼んでやるかよっ)は、困ったな、と苦笑しやがった。
「アルシオン異界の御仁を、ますます怒らせてしまったか。……どうも、私は人を怒らせるのが得意なようだな」
「気にするな」とナイトロード。「名を名乗らぬのには、別に他意は無いのだろう? 先を続けてくれ」
ちぇ。また俺のキモチ無視かよっ。
けど……。
ヤツの意図も聞かずにぶん殴っちまうのは、確かにセイギに反するかもな。
ちょっくら反省……。
******
日サロ、改め、流離人は、俺らを、さっき遠目で見えてた城に案内した。
まあ、魔導師ってのは、いろいろ便利なんだけどよ。一挙に草っぱら飛んで城の中にご到着って魔法は、便利っちゃあベンリだけど、俺は少々じゃないくらい、目が回った。
頭ン中の俺が目ぇグルグルなのに、俺の身体を使ってるナイトロードがダイジョーブってのは、なんでなんだ?
って思ったら、二人の意識が違うから、魔法慣れしてるうえに竜のナイトロードは大丈夫で、慣れてない俺はどーしても目が回るって説明された。
うー、そーいうもんなのか……
流離人は、俺らの、ってか、ナイトロードの名前を最初っから知ってた。
ハイ・グローバの二形達から聞いたらしい。
どーやら、レジーナが《忘れられた里》に戻った時に、セイルの世界で俺らと会ったことを長老に話して、それで里の連中が知ったみたいだ。
おしゃべりデハデハ凶暴魔女め。
でも、まあそれはいいとして。(俺もココロが広くなったぜ)
ルルドニア異界のコトだぜっ、今は。
流離人の話だと、今、ルルドニア異界は危機に直面している。
早いハナシが、ゲームによくある『魔王現るっ!!』な状態らしい。
まあ、これも翼からの受け売りだけどよ。
あいつのハナシだと、マオーってのは大体、ラスボス(ってなんだ?)で出てくんだと。
めっちゃ強くって、モノによっちゃあ倒すのに時間が掛かるだのなんだの。
うん、俺流に言うと、グループの頭ってコトだろーな。なら、倒すのは難儀だべ。
けど、タイマン張れば、頭だろーがなんだろーが、俺はぜってー、負けねえけどよっ。
「一対一でやり合えたとしても、相当な力がこちらに必要になるよ」
れっ。流離人のヤツ、俺の考え事まで読みやがった。なんかハラタツ。
暗い外が見える窓の側の、椅子兼衣装バコ――これは、セイルの世界で、おんなじようなもんが窓の下に置いてあったんで、教えてもらった――に腰掛けた流離人は、くっ、と赤い目を細めた。
「と、いう訳で、私としては、魔王が完全に本来の力をつけ、覚醒する前に、封じ込めてしまいたいと思うのだ。だがそれには、いくつかの小細工と、小細工に使用する魔法を、十分な魔力で操れる人物が必要なのだ」
「それで、ハイ・グローバの者達に当たりを付けたのか」と、ナイトロード。
「特殊な能力を持つものも多いと聞いていたのでね」
流離人がしれっと言った言葉に、ナゼか俺だけじゃなくって、ナイトロードも引っ掛かった。
「……どこの誰から、ハイ・グローバの二形の話を聞いた?」
流離人は、ちっと困ったって風に、白い眉毛を片方上げた。
「情報の出所は、とある人物、としか答えられんな。あちらに被害が及ぶのは、私としては極力避けたいのでね」
「というと、別界の人間か――」呟いたナイトロードに、流離人は、「さすがは竜王」と、大袈裟に驚いてみせやがった。
「そう……。別界は、繋がりがある異界同士とは異なり、独立している。異界へはある程度の魔力と、移動する、あるいは召還する術を知っていれば、自分がそちらに行ったり誰かを召還したり出来る。が別界は魔法では渡れない。神力を借りなければ、無理だ。
しかし、魔王はそのセオリーさえ無視出来るほどの、破格の魔力をどうやら有しているらしくてね。……もし、私が《言葉》にしてその人物をあなた達に伝えれば、たちまちのうちに、半覚醒状態の魔王に知れてしまう」
「半覚醒状態で、周囲の魔力に反応するのか?」
珍しく本気でぶったまげてるナイトロードに、流離人は真面目な顔で頷いた。
「私も、最初はまさか、と思ったよ。だが、乞われてこちらに来て、こんな非常識な魔力の持ち主に出会うとは思わなかった」
ちょい待て、と、俺はナイトロードに言った。
『言葉に出して人の名前を言うのと、魔力と、どーいう関係があんだよっ?』
「ああ。一輝には話してなかったな。言葉には、特にものの名前などには《言霊》という魔力がこもる。それは、私や流離人が持つ魔力と、なんら変りないものなのだ。一輝達アルシオン異界の人間のほうが、その現象には詳しいのだが」
「魔力は便利なものだが、時として自分自身を傷付ける刃にもなる」とは、流離人。
「私も、いくつもの異界や別界を旅したが、大気が含む魔力が強すぎて四苦八苦する界もいくつかあった。そういった界の住人は、魔法の使用を抑えるか、魔法自体を使わないと決めている場合もあったな」
突然。
夜空に稲光が走った。
雲ひとつないよーに見えたんだけどよ?
びっくりした俺に、ナイトロードが険しい声で言った。
「あれが、魔王の魔力の放出か。――しかし、ここからは随分と遠いように思うが?」
流離人が、窓に目を向けながら答えた。
「お察しの通りだよ。――魔王は、ルルドニア魔界に、いる」