その7.異界と魔界と別界と(2)
『いいのかよ?』俺は、最愛の(前妻の忘れ形見ってコトで、ずいぶん本当は大事に思ってる)娘をほっぽらかして行こうとするオヤジに言った。
『あんな、一撃で魔法ナシにされたんじゃ、あの娘立ち直るの大変なんじゃねぇの?』
『気位が高いのも、母譲りだからな』
分かっててやってんのかよ、タチがわりぃのっ!!
俺の非難に、ナイトロードは苦笑いを返す。
――ふんとにもー!! オヤジなんて、どいつもこいつも身勝手だよなっ。
俺のオヤジも、トラックの運転手だったけど、稼ぎを一円も家へ入れずに、散々競馬やら競輪やらサケなんかに突っ込んで、挙句の果てに、高速で追突事故に巻き込まれて死んじまいやがった。
俺が小4の時だ。
じいちゃんは、通夜の席で、オヤジの生前の素行の悪さをお袋に泣いて謝ってた。
でも、お袋は、あれでもいい人だった、って、じいちゃんに言った。
お袋はオヤジの後継ぐみたいに、女だてらに4トンの運ちゃんをやって、俺ら兄弟3人を育ててくれた。
くれたってのに、俺も兄貴達も、そろってお袋に逆らってヤンキーになった。
今更だけど、俺は、すっげーそのコトを反省している。
だから、一度は家へ帰る。帰って、お袋に土下座する。
けど、俺にはセイルとの約束がある。俺は兄貴の容体とお袋の顔を見たら、セイルのところへ行くつもりだ。
セイルの世界――テシア異界で、ずっと暮らすつもりだ。
お袋、ごめん。
ろくな親孝行もしねーで、まだ成人式も済まさねーヒヨッコのうちに、家出ちまうけど。
……って、俺が感傷に浸ってるうちに、ナイトロードとエイミーは長老の家へ戻って来てた。
足の速いやつらだぜっ。
******
大主様は、もう長老の家に行ってた。
でもって、ナイトロードとアルティミシアの親子喧嘩のことを、どこから見てたのか、知っていた。
「仕方ないな。アルティミシアの気持は、吾も分からぬではないが……。だが、まだこのような大役は務まるまい」
「何よりも、ルルドニア異界は内容が掴めぬ場所。そのようなところへ、姫をお独りで行かせるわけには参りません」
言葉を足した長老に、大主様も「うむ」と頷いた。
なんだ、姫さま、ずいぶん愛されてるじゃねー。
ナイトロードに捨てられた、なんて、拗ねるコトがどこにあんだよ?
「母親を生まれてすぐに亡くした不憫な娘。この里の誰もが、アルティミシアには、母のように、あるいは姉のように心を寄せて育てて来た」
――あ、そっか。
ナイトロードは、母親の代わりになる人がここに居るのを知ってたから、この里へ姫君を預けたのか。
「察しがよいの。アルシオン異界の人間」金色の大主様が、くっ、と目を細めた。
褒めてくれるのはうれしーけどよ、いい加減その《アルシオン異界の人間》っての、やめてくんねーかな?
俺にはこれでも、安積一輝って名前があんだからよっ。
今度は、大主様は声を上げて笑った。
「あい分かった。一輝よ」
無駄話はこれくらいって感じで、大主様は長老の家の大広間の中央に、大主様はふわりと浮かんだ。
実態じゃないから、宙に浮かぼうがどっからか突然現れようが、自在なんだ。
ちょっくらユーレイと似てるって思っちまったら、ナイトロードに苦笑された。
大主様は、なにやら小声でブツブツ唱えながら、掌を下に向けて床に円を描くように腕を何回かまわした。
すると、白木っぽい床に金色の線書きで模様が現れた。
円陣は、ちょうど人間が一人分くらいの大きさだ。
「――呪陣反転」大主様が最後にはっきりした声で唱える。
途端。きれいに書き上がっていた円陣が、ぐにゃり、とひしゃげた。
床の上で、まるで生き物みたいにぐるぐると丸まった円陣は、あっという間に裏返しになった。
で、不思議なコトに、色も、金から赤へと早変わりした。
ナイトロードは、驚きもせずに円の中へと入った。
「頼むぞ」大主様の言葉に、「お任せを」と、頼もしい返事をする。かっけーぜっ!! 相棒っ!!
見る間に、円の文字から光が上がった。
目の前が真っ白になって、次に真っ暗になる。ぐるぐる、グルグル、周りが回ってる気がする。
『キモチわりぃ。吐きそうだぜ~~』
思わず弱音を吐いた俺に、ナイトロードが真面目な声で言った。
『着いたぞ。』
******
相棒の声に目を開けると、一面の草っぱらの真ん中に、俺らは立っていた。
見渡す限りの草原ってヤツか。
夜らしくって、空は、地球とおんなじに黒、てか、グンジョウイロってか。
細かい白い点は星らしい。
「風が……、臭うな」ナイトロードが呟く。
臭うって……?
んあ?
ああ、そういや、なんかちっと生臭いみたいな。サカナ腐らせたみたいな臭いがしてる。
膝ぐらいまで丈がある草を風が揺らしていく度に、ぷわぁん、って感じで、その臭いがしている。
『なんだよ? このクサさ?』
『さあな。この草原から海が近いようでもないしな』
人間なんかよりはるかに遠目の利く竜が言うんだから、間違いない。ってか、竜と同化してる俺にも今は、ナイトロードが見ているものが見えてる。
ここには、はるか彼方にちっこい城みたいのがぽつん、と見えるだけで、他は全部、草しかない。
なんつー世界だっ、ルルドニア異界って。
「何も無い場所で、申し訳ないな」
突然背中から声が掛かって、さすがの竜王もギクッっとした。
素早く振り向く。と、灰色の魔導師用の(と、ナイトロードが心中で解説してくれた。センドランドの魔導師連中とは、ズイブン違う形だよな)外套を着た、長身の男が立っていた。
でかいと言われる俺よりでかい。けど、横幅がねえ。
拳なら、きっと俺のほうが強えかも。なんて、勝手にイキガってみたりして。
ひょろっとした感じの男は、魔法で掌に光の球を創り出すと、頭に被っていた外套のフードを外した。
ちっちゃい光が照らし出した男の顔は、30行ってるか行かないかくらいの感じだ。肌は日サロ行き過ぎましたってくらいの色。
俺がびっくりしたのは、男の眼の色と髪の色だった。
男のくせにめっちゃ伸ばしてる髪は、頭のてっぺんからその先まで、真っ白だった。
おまけに、眼は真っ赤。
ハイ・グローバの記憶バンク、ドラゴン・オーブにナイトロードが俺の記憶を魔法で再生して入れた時に見た、俺が事故った場面の血の色みたいな赤だった。
「初めまして。ハイ・グローバの竜王陛下」
男は、にやり、と笑って俺らに挨拶した。